03
激しい痛みを訴えるのは右の脇腹の辺り。熱い。痛い。苦しい。苦しい。苦しい。
「う、あぁ……」
死がすぐそこまで迫ってきていることが嫌というほど分かる。その死は目の前の拳銃を持つ男が運んできているのだから、こいつを始末してしまえばまた何処かへ行ってしまうだろう。しかし、どうやって? 手負いの僕と、無傷の男。恐怖に縛られた僕と、優越感に浸る男。僕は丸腰で、男は凶器を持っている。そもそも、地べたに這いつくばった僕と、立って僕を見下ろす男ではそもそものスタートラインが違う。
手足は動かない。痛みのせいなのか、死への恐怖のせいなのか、はたまた両方か。
自分が二人いるような感覚を覚える。突然の状況に混乱して、分離してしまったのかもしれない。一人は僕。冷静に、ただ淡々と状況を分析し、痛みを理解し、思考することができる僕。もう一人は、混乱しきり、激痛に悶え、死への恐怖に震え涙する。冷静な思考など出来るはずもなく、ただ感情を爆発させる。
後者の僕が体を支配しているらしく、口からはうめき声が駄々漏れだし、視界もぼやけてきている。多分、こちらが普通の反応なのだろう。こうして冷静に思考できる僕の方が異常なのだ。死に慣れてしまっている。きっと死に直面するのが、これが初めてというわけではないからだろう。嫌な慣れだ。こういうのが早死にするんだ。
この一年間、僕が葬ってきたあの人たちもこんな思いをしていたのだろうか。命乞いをしてきた彼らの気持ちが今ならわかるかもしれない。自分が死にそうなときに理解するというのも嫌なものだけれど。
逆に、今僕に拳銃を向けている男の気持ちはよくわかる。今まで僕がいたポジションなのだから当たり前だ。大体、ここまで圧倒的に優勢になると、楽しくなってくる。反撃される可能性がほとんどなくなると、相手の反応で遊びたくなってくる。多分、その類いだ。人は、強い力を手にすると、それを長い間振るっていたいと思うようになる。
段々、二つに別れた僕の精神が一つに融け合っていくのが分かる。多くの血を失い続けているせいか、チカチカと視界が点滅しぐるぐると回る。どちらが上でどちらが下なのか、視界だけでは判別できない。地面自体もぐるぐると回っているような気がして、地球は常に回っているのだということを実感できる。
乱れた思考がどっと流れ込んでくる。そして冷静な僕の思考は薄れ、冷静な僕は消されていく。感情に僕は塗り潰される。
嫌だ、死にたくない。
死にたくない死にたくない怖い嫌だ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ熱い苦しい息が苦しい痛い怖い死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだ僕のせいだごめんなさい調子に乗っていました殺さないでください反省するから反省しますから殺さないでくださいごめんなさい蜂が僕のせいで蜂が蜂まで殺されるそれはだめだせめて蜂だけでも誰か助けて誰も助けない動けうごけうごけうごけここで死ぬのならせめて蜂を助けろせめてもの罪滅ぼしを殺すしか能がなくても死ぬときぐらいはいやだ死にたくない死にたくない死にたくない動け。
動け。
「うっ、が、あぁッ……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
動け。
「ああああああああああああああああ」
蜂を守れ。
「おっ? どうした? 元気いいじゃねーか!」
「ッ!? がッ……ぎぁ……ッ」
届きそうなのに。
辿り着けそうなのに、撃ち抜かれて。撃ち抜かれた右足がそれを阻んで。
「あ……ッ、は……」
届かない。
動かない。
目の前が暗くなる。
「ッてェ!? こいつ、意識が……ッ」
「おう。たった今戻った」
……蜂?
蜂の声が聞こえる。
「あ、ああああッ!? 足がッ! テメェ、何をしやがった!?」
「何って特製のシャー芯刺しただけだけど? へえ、それって大事な銃を落としちゃうぐらい痛いんだ。はい、あーん」
「――――ッ! ――――!!」
「試験管一本飲めばその内死ぬだろ。はい、オヤスミ」
一体、何が起こったのか。
閉じてしまった目蓋が開こうとしない。クソ、動け。
「大丈夫か。待ってろ、今止血だけしてやるから――」
「……一足、遅かったみたいね」
誰かの手が僕に触れて、僕は少し安心した。
そこに、もう一人のよく聞き慣れた声がして、さらに安心した。きっと、もう大丈夫だ。
そして、僕はそっと意識を手放した。




