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奥田が殺されたというニュースは想像以上に早く広まっていて、僕と明紀が廃ビに帰ろうとする頃には町中の噂になっていた。近所のおばさんやらがヒソヒソと井戸端会議をしている声がよく聞こえる。「怖いわねぇ」とか「警察は何をしているのかしら」なんて無責任な言葉が聞こえてきて、警察も大変だな、と改めて同情した。僕も僕で相当無責任だ。
「早速世間の話題だな。あの学校にマスコミが群れてると思うと笑える話だぜ」
「笑えねえよ」
僕よりも更に無責任な奴は隣でケラケラと笑いながら言う。
「だって餌を見つけた瞬間群れるんだぜ? 蟻んこかっての」
「そこの何処に面白さがあるのか僕には理解できないよ」
砂糖に群れる大量の蟻は気持ち悪いだけだと思う。情報に群れるマスコミが蟻みたいだというところは同意するけれど、彼らだって群れる姿は蟻同様気持ち悪いだけだ。僕は野次馬とかそういう部類がかなり嫌いなので、明紀のように面白がることは絶対にできない。
なんて会話をぐだぐだとしているうちに廃ビに到着し、地下に降りるとぐったりとした様子の狐さんと、先に帰っていたらしい蜂が出迎えてくれた。珍しく兎さんは帰ってきていないらしい。
狐さんの顔色は見るからに悪い。ソファーで横になって、顔だけ僕たちに向けてくるのだけれど、そんなに調子が悪いのなら自分の部屋で寝ればいいと思う。
「俺が帰ってくるまで部屋にいたんだよ」
どうやら僕の表情がとても分かりやすかったらしく、蜜柑の皮を剥きながら蜂は言う。
「なんでか知らないけど、俺が帰ってきてっからはここに居座っちゃってさー。渡り鳥さんが『寂しかったんだろ?』ってからかったらぎゃーぎゃー騒いで自爆したから多分図星だぜ」
「物を食べながら話をするな。あと僕にも蜜柑くれ」
「うるせー……」と死にそうな声で反論を試みる狐さんを無視して僕は蜜柑を所望する。人が食べているものはどうも美味しそうに見えてしまって困る。
「ほれ」
蜂はどこから取り出したのか分からないが、蜜柑をひとつ僕に投げてくる。僕は咄嗟のことで蜜柑を受けとることが出来ず、思わず宙を舞う蜜柑を思い切り叩いてしまった。
「ああーッ!!」
砂と化し床に山を作る蜜柑だったものを見て僕はがっくりと項垂れた。蜜柑が! 僕の蜜柑が!
「いやー、いつ見てもすげーよな、それ」
落ち込む僕を笑いながら明紀は蜜柑の皮を剥き始める。どうやら明紀も貰ったらしい。どうして僕だけ食べられないんだ。
「食らえッ! 蜜柑砂!」
八つ当たりに僕は砂と化した蜜柑を明紀目掛けて蒔いた。すると目をおさえて明紀が騒ぎ出す。
「ぎゃああああっ! なんだこれ滅茶苦茶いてえ!」
どうやら砂と化しても蜜柑の性質は変わらないらしく、とても目に沁みたようだ。案外武器として使えるかもしれない。今度から生玉ねぎを砂にして持ち歩こうか。
「ん、通り魔事件だ」
僕と明紀のやり取りに興味は無かったらしく、蜂は蜜柑を食べながら流れてきたニュースに反応した。
「この事件凄いよな。どうやったら被害者が全員暴力団関係になるんだか……おっ、今度は中学教師が被害者じゃん」
はしゃぎ気味に言う蜂。中学教師? と思ってちゃんとニュースを聞いてみると、今日の通り魔被害者は奥田だった。あいつも暴力団関係だったのか。世の中誰がどんなところに関係を持っているか分からないものだ。
「……なんで気付かなかったんだ」蜜柑砂のお陰で涙目になったまま、明紀がポツリと呟いた。「どう考えても、おかしいじゃねえか」
「どうした?」と問い掛けてみるが明紀は反応してくれない。その内、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「いつから被害者イコール暴力団関係で納得してた? いつから警察の言葉を鵜呑みにし始めた? 調べることが俺様の分野のはずだ。疑うところから始めなくて何が情報マニアだ。俺様は何時から他人の話をまともに聞くようになった? 警察の言葉を丸々信じさせるように俺様に仕向けたのは誰だ。いや、その前に警察に被害者が暴力団関係だと情報を流したのは誰だ。嘘の情報源は必ずいるはずだ。だけどどうやって? そうだと信じこませるには裏付けがないと不可能だ。となると犯人は警察関係者か?」
口許に左手をあてて、ひたすら思考したことを呟き続ける明紀に蜂がドン引きしていた。その反応を僕は懐かしく思う。初めて見たとき、僕もそうだった。
なんてことはどうでもいい。
今、蜂の呟きと明紀の考察によって状況が引っくり返された。通り魔事件の解決は僕たちの仕事。無理だと思っていた仕事に、漸く突破口が開けたかもしれない。




