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目が覚めると、僕は誰からも認識してもらえなくなっていた。
流石にこれでは格好良く言いすぎだと思うけれど、嘘は言っていない。事実だ。僕はいないものとされていた。
それは僕が中学生だった頃の話だ。始まりは些細な喧嘩だったと思う。昼休みの終わりが近づいてきたあたりで、僕は後頭部を鈍器で殴られた。後頭部を殴られたわけだから実際には何で殴られたかなんて、目が後ろについていない僕は知らないし、知ることも出来るはずがないのだけれど、殴られた箇所から出血していたらしいし、なにより殴られた感じがそれっぽかった。だから僕はそう記憶している。なんて、今となっては真実を知ることが出来ない部分は忘れておくことにして。
鈍器(仮)で殴られた僕は気を失いつつ後ろから殴ってきたそいつに反撃をした。とりあえず、殴られたら殴り返さないと気がすまない性格をしていたのだと思う。我ながら素晴らしい精神と根性だと思うけれど、結末を知っている今となっては、素直に意識を失っていればよかったのにという気持ちの方が強い。
もったいぶらずに簡潔に言おう。
僕はその日、生まれて初めて人を殺した。
意識があやふやになっていたはずなのに、その感覚だけははっきりと憶えている。別に僕は相手が死ぬまで殴り続けたわけではない。流石にそこまでやってのける根性は持ち合わせていなかった。だから、僕が相手に食らわせたのは殴られた直後の反撃ただ一発だけだ。でも、その一撃が命取りだった。勿論、僕ではなく相手の。いや、ある意味僕のといっても過言ではないけれど。
命というよりは、相手の形を奪ったと言う方が適切かもしれない。僕が殴ったその瞬間に、相手は小さな爆発を起こして砂の集まりと化した。そして重力にしたがって砂の集まりは床に落ちて山を作った。それだけだった。そのときは僕も何が起きたのか分からずただ呆然としていて、血が足りなかったのか眠くなってきて、そこで意識が途切れた。
目が覚めた後で、誰も僕を見てくれなくなって初めて自分が何をしでかしてしまったのか理解した。ああ、あの時僕は人を殺していたのだ、と。
しかし、どうしてあれだけで人を殺してしまったのか、それについては全く理解できなかった。当たり前だ。普通に考えて、人が砂と化して崩れるなんて現象が起るはずがない。今となっては、そういう力をどういうわけか得てしまったと無理矢理にでも自分を納得させることが出来るが、当時は無理だった(後日同じ現象を学校の机で起こして認めることになったのだけれど)。意味の分からないまま、人を殺したという現実は、中学生の僕にやけに重くのしかかってきて、周りの人間もそれ相応の対応をしてきた。簡単に言えば、学校に居る全ての人間が僕を無視したというだけの話だが。人を一人殺しているのだから当たり前の対応なのかもしれないけれど、あれは悲しかった。殺し方が殺し方だっただけに、警察も対処方法が分からず、騒ぎを大事にしたくない学校によって事件がもみ消され、僕はお咎め無しになった。しかし、あそこまで完璧に無視されて生活を送るぐらいだったら、いっそ捕まっていたほうが良かったのではないかと思えるくらいだ。親ですら僕をいないものと扱ったことだし。親の代わりに世話を焼いて何とか高校に入学させてくれた姉には感謝してもしきれない。
こうして、中学生で僕の人生史上最大にして最悪の出来事は起こった。そして孤立した。ぼっちだよ、おめでとう僕。嬉しくないけれど。
そこから状況はなにも変わらず、自分が『衝撃を与えたものを砂状に変える』という力を得たということを知っただけで残りの中学生活は終わった。でも、転機が訪れた。中学生を卒業した後の春休みのことだ。あまりいい思い出とは言えないアホな経験をした後、僕は人間掃除人というものになった。それで孤立した日々と別れた。結果オーライという事にしておこう。その経験については、思い出すと羞恥に悶える羽目になるし、語りだすとそう簡単には止まらない長い話になるため省略する。『衝撃を与えたものを砂状に変える力』を持った僕が、人間掃除人というものになった。それが伝わっていればそれでいいのだ。そうすれば、僕が今置かれている状況について、おそらく誤解されることがないはずだから。




