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廃ビに戻ると、ダイニングで兎さんが意気揚々と土鍋の準備をしていた。蜘蛛ちゃんが昨日に続き出てきていて、既に自分の定位置についている。その手には白いビニール袋があった。恐らく鍋の具材だろう。いつ買い物にいったのだろうか。
リビングでは憂鬱そうな顔をした狐さんがソファーに寝っ転がっていた。時折深いため息をついている。闇鍋が嫌なのだろう。「なんで兎なんかに任せたかなぁ……」と、恨みがましそうに独り言を呟いているから多分そうだ。
「よーう! 待たせたか?」
後ろのドアが騒々しく開けられて、騒々しく明紀が入ってきた。こいつは楽しそうだ。妙にテンションが高くて、非常にウザい。
「さてどんな鍋が出来るんだろうな。漫画みたいに人がバタバタ倒れる鍋ができたりしてな!」
「笑えねえよ」
明紀がそんなことを言うと嫌な予感しかしない。こいつが持ってきた食材がまともなものであることを祈るばかりだが、明紀に限って普通なものは持ってこないだろうという結論に至った。もう不安しかない。
鍋の準備が出来、僕たちは定位置に座る。暗闇の中、心の中でそっと心頭滅却のための般若心経を唱えつつ(最初の方しか分からない)、蜂のチーズと僕のトマト缶を鍋の中へ投入した。もう、後には戻れない。無理そうだったらすぐにギブアップをしよう。そう心に決めながら、僕は鍋が出来上がるのを待った。
「そろそろ頃合いかしら」
そう言って兎さんが鍋の蓋を開いた。今のところ、チーズとトマトの香りしかしない。お陰で僕らの入れた食材はもうバレてしまった。
「いい? 一度取り皿に入れた具材は全部食べきらないとダメだからね?」
手元は見えて鍋の中身は見えないように部屋の明るさを調節すると、恐怖の闇鍋パーティーが幕を開ける。一人ずつ、鍋の具材を取り皿にとると、兎さんの「いただきます」という言葉を合図に、僕らは取り皿にとったものを一斉に口に運んだ。
「……ふむ」
食材に絡み付くチーズとトマト。熱で少し溶けたらしい食材。どうやら餅のようなもので包まれていたらしく、中から甘ったるいものが出てきた。餅とチーズとそれで、口の中が妙にネバネバしている。甘ったるいものを口の中で探ってみると、小さな皮のようなものの感触があった。恐らくこれはあんこだ。つまり、僕は一発目にチーズとトマトがたっぷり絡んだ大福を引き当てたということになる。それがどういうことなのかというと、つまり、
「……気持ち悪い」
不味いを通り越して気持ち悪い。喉の辺りがモヤモヤと違和感を発している。胸もなんだか苦しくて、胃の辺りが強烈な吐き気を訴えていた。一口でこれとは中々の破壊力だ。これを全て食べなければならないというのはかなりの苦行になる。ギブアップすることは出来ないだろうか。
「……だい、いっかーい……」
トイレに駆け込んでしまおうかどうしようか、なんて考えていると、隣からそんな声が聞こえた。右から聞こえたので、声の主は明紀だ。しかし明紀の声にしては抑揚がない。気になって隣を見てみると、そこにはハイライトを無くした目でじっと取り皿を見つめる明紀がいた。やっぱり明紀だった。
「……闇鍋我慢大会、開幕ー」
抑揚のない声で明紀は続ける。闇鍋我慢大会とは一体何だろうか。嫌な予感しかしない。
「ルール説明ー。一番最初にリタイアしたやつに、一番最後まで残っていた奴が命令できまーす」
「なんだその恐ろしいルール」
蜂が思わず突っ込んでいた。確かに恐ろしいルールだ。しかし、一番恐ろしいのはこれを必ず実行する明紀の方だろう。目が本気だ。
「……ちなみに俺様が一位になったら、ビリは二度と俺様に逆らえないようにするつもりだから」
「何をするつもりだよ! なあ!」
蜂だけが慌てている。狐さんと蜘蛛ちゃんはもう全てを諦めたらしく、何かを決意したような目をしていた。明紀と一年間付き合ってきたのだ。もうこうなったら逆らうことができないと分かっているのだろう。それは僕とて同じ。恨むならば、今日のこの闇鍋を回避できなかった運命を恨むべきだろう。
「マジでやるのかよ!」
そんな蜂の叫びと共に開幕する。恐怖の闇鍋我慢大会は一体いつまで続くことになるのだろうか。




