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僕たちは店内に入ると、まずはお総菜コーナーへ向かった。二人とも米が食べたかったのだ。
「蜂はおにぎりどうする?」
「オンコリンカス・ケタがいいな」
「はいはい、鮭な」
そう言って僕は鮭のおにぎりを一つ取ってかごに入れた。まったく、何故わざわざ鮭を学名で言ったのだろうか。多分、あの生物教師が他のクラスでも鮭の学名云々の話をしたのだろうけど。使いたい気持ちは分からなくもないが、ここでもし僕にオンコリンカス・ケタが伝わらなかったらどうするつもりだったのだろうか。
さて、そんなことは放っておいて。僕はどうしようか。
少し悩んでから、僕は梅のおにぎりを手に取った。その隣にある焼きそばのおにぎりが微妙に気になったけれど、それら無視することにする。誰だよ、炭水化物を炭水化物で包むなんて暴挙に出た奴。因みに僕は焼きそばパンの存在も認めていない。
「熊、俺鍋にこれ入れたい」
蜂は僕が焼きそばおにぎりを睨んでいる間に何処かへ行っていたらしく、何かを持って戻ってきた。そしてその持ってきた何かを雑にかごの中に入れる。
チーズフォンデュ用チーズ、二百八十七円。二百ミリリットルのパック牛乳、九十八円。
「やるのチーズフォンデュじゃないんだけど」
「知ってる」
「いやいやいやいや」
しっかりチーズが固まらないように牛乳を持ってきている時点で勘違いしているとしか言いようがないと思う。そもそもなんだよ、鍋にチーズって。トマト鍋の締めでチーズリゾットにするという理由があるのならまだしも、これから僕たちがやるのは闇鍋だ。しかも恐らく昆布出汁だ。そこにチーズを入れるなんてどういう神経をしているのだろうか。
しかし蜂の顔を見てみると、これぞ闇鍋の醍醐味だと言わんばかりの表情を浮かべていた。非常に腹立たしい。殴りたいまでとはいかないけれど。
「それでも僕は選べる食材は選ぶぞ! わかってて不味くするなんてごめんだ!」
「あん? 熊がチーズに合う食材探せばいいんじゃね?」
チーズを元あった場所に戻そうとする僕に蜂はそんなことを言った。思わず動きが止まってしまう。チーズに合う食材、となると……?
「ピザに和風があるくらいなんだから昆布だしとチーズがあわねーってことはないと思うし」
そう言って蜂はチーズを持った僕の右手を掴むと、それをかごの中に入れチーズを無理矢理離させた。チーズはかごの中に落ち、更にはそのかごを蜂は僕からむしりとる。どうしてもチーズを鍋に入れたいようだった。仕方ない、これは僕が折れるしか無さそうだ。
「チーズか……チーズならやっぱりトマトと合わせたいよなぁ……」
「王道だな」
「いいんだよ、王道で。わざわざ不味い鍋を作る意味がわからないよ」
そんなやり取りをしながら缶詰めコーナーへ向かい、僕は適当に取ったトマトの缶詰めをかごに放り込んだ。ミートソースではないことは確かなので、どう切られているかという問題しか発生しないだろう。鍋をやるならその点は考慮しなくてもいいと踏んで、僕は何をかごに入れたのか確認せずに歩き出した。
「似ていると思ったら、やっぱりお前だったか。最近中々帰ってこないから私は寂しいぞ?」
突然後ろから聞こえた声と共に、僕の後頭部がとても柔らかいものに包まれる。この感触に凄く覚えがある。男のロマンだ。
「ここで会うなんて珍しいね。買い物?」
僕は頭を動かさずに後ろの人物は言った。後ろの人物は「そうだよ」と言いながら僕をしっかりと抱き締めて顔を僕の身体に押し付け、恐らく匂いを堪能していた。隣で蜂がドン引きしているのがわかる。やめろ、そんな目で見ないでくれ。僕も中々恥ずかしいんだ。
「紹介するよ。僕の姉さんだ」
「あ、ああ……」
「珍しいな、お前が女の子をつれて歩くなんて……赤飯でも焚こうか?」
未だに僕を抱き締めながら姉さんは言う。恥ずかしいから本当にやめてほしい。しかしこの姉には何を言ったところで無駄だろう。姉は昔から重度のブラコンなのだ。言って聞くなら今頃こんなことにはなっていない。僕の後頭部は姉のおっぱいに包まれていない。
「たまには帰ってきなさい。私はいつでもお前の帰りを待ってるんだから。姉に寂しい思いをさせるんじゃないよ」
名残惜しそうに僕から離れると、姉さんはそんなことを言った。家にいるのが姉さんだけだったら迷わず家に帰るだろう。しかし、家には当然あの人たちがいる。いや、そもそもあそこはあの人たちの居場所だ。それを考えるととても行きたくない。
「二人がどうとか関係ない。私はお前が帰ってくるまで寝ずに待っているから、私の睡眠時間を心配したくなったら帰ってきなさい」
渋る僕に脅迫紛いのことを言うと姉さんは背を向けて歩き出してしまう。暇ではないようだ。
今はまだ結論を出さないが、きっと僕は今日は家に帰るのだろう。姉さんがあそこまで言うのだ。姉に対してなら、申し訳ないという気持ちがあるから。




