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こうして楽しい退屈な土日(土曜日はそうでもなかったけど)が過ぎると、楽しい退屈な平日が始まる。僕たちは学校へ行かなければならない。明紀と僕は同じ学校だ。
月曜日の朝行われた全校集会で、季節は二月に入ったということを知った。もう二月。早いものだ。
さて。二月の頭、ということはもしかして、もしかすると僕は部活に行かなければいけないのだろうか。そんな不安っぽい何かを抱えつつ一日を過ごそうとしていたら、ご丁寧に昼頃放送で新聞部は集まるようにというお達しを受けた。知らなかったで済ますことは出来なさそうだ。
新聞部。
僕と明紀が所属する部活である。
下手したら僕が新聞に載りかねないため、新聞部は一番避けて通りたい道だったのだが明紀に引きずられ脅迫され入部することになってしまった。非常に残念なことに、この学校には帰宅部という概念がないため、他に入る部活もない僕にとって結果的にはよかったのかもしれないけれど。活動自体は非常に少なく、新聞なんてものもほとんど作らないことだし。
ただ、二月だけは別だ。普段はほとんど活動しない新聞部だが、学年末のこの時期だけは別で、最後の最後に新聞を発行する。明紀曰く、学年末に発行する新聞の記事が、皮肉などがきいていて非常に面白いらしい。なんでも、一年間の校長の仕事っぷりに対する批評なども書かれているそうで、その内容は廃部にならないことが疑問視されるくらいの激しさだそうだ。厄介な部活である。
そんな新聞部の根城である図書室に行くと、一組のSHRはまだ終わっていないらしく明紀は居なかった。他の部員はちらほらと居るが、当然のごとく僕はこの人たちと会話をしたことすらない。……ああ、なんだか悲しくなってきた。
適当な空いている席に座り、明紀が来るのを待ちながらボーッと本棚を見つめる。本棚を見つめていたはず。なのに、その近くにいた黒髪の女子生徒と目があってしまった。そして露骨に嫌そうな顔をされた。うわ、凹む。
「うん?」
そんなわざわざ嫌そうな顔をしなくとも、即座に目をそらしてくれれば良いじゃないか。と思っていたら黒髪の女子生徒が目の前に迫ってきていた。どうした。何が起きた。
「……なんでお前がここにいるんだよ」
黒髪の女子生徒はとても不機嫌そうな顔で、不機嫌そうな声でそう言った。外見のイメージに反して言葉遣いがかなり暴力的だ。
さて、彼女はどうやら僕と顔見知りのようだけれど、一体誰だろうか。全くわからない。でも、知り合いと言われると誰かに似ているような気がしてくる。黒髪。ぱっつん前髪。うーん。
「あ、蜘蛛ちゃん?」
「ちげえよ」
怒られた。でも蜘蛛ちゃんに似ているのは確かだ。
「あー、これでわかんねえ?」
女子生徒は面倒くさそうにそう言うと、右手で右目を隠した。何故そんなことを、と思ったけれど、その疑問は直ぐに解消された。
「え……? 蜂?」
「そうだよ。で、なんでお前がここにいるんだ。掃除人ってあれか? 新参者を見張るシステムでもあんのか?」
「そんなシステム初耳だよ」
自意識過剰すぎる。別に僕は蜂を見張っているわけではない。というか、今の今まで蜂だと分からなかったのに見張りもなにもあるか。
「……確かにそうだな」
納得してくれた。理解力のあるやつで良かった。
「え、蜂ってここの生徒だったの? 前に見せてくれた学生証は中学生だったんだけど」
「だって中学ん時の見せたし」
高校の学生証なんて持ち歩かないし。と言いながら蜂は僕の隣に座った。相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたままなので、なんだか居心地が悪い。
「何組?」
「え?」
「何組かって訊いてんだよ。その校章の色は一年だろ? 俺とおんなじだし」
頬杖をついてこちらを向きながら蜂は言う。中々ワイルドな姿勢だ。折角見た目が女子に見えるのに、言動が男っぽすぎて勿体無い。男と間違われることが悩みと言うのなら、こういうところから直していくべきなんじゃないかと思う。
「僕は六組だよ。ちなみにこの学校には明紀もいて、明紀は一組。部活も一緒だからそのうち来るよ」
「お前がいる時点でそんな気はしてた……」
げんなりとした様子で蜂は答えた。それから少し間をおいて「あ、俺は三組」と付け足した。なんとなく予想していたけれど、全く接点の無いクラスだった。知らなかったのも無理はない。
「……え、お前なんで女子と楽しそうにしちゃってんの……? 俺様がいない間にどうしたお前……」
話が途切れたところでタイミングよく明紀が図書室に入ってきた。そして僕たちに近づくなりそんなことを言う。なんとも言えない表情を浮かべていた。とても複雑そうだ。
「……あ? 蜘蛛ちゃん?」
そして明紀も僕と同じ思考に至ったようだ。うん、やっぱり眼帯をしていなくて黒髪で前髪がぱっつんだと蜘蛛ちゃんに似ている。僕の目はおかしくなかった。
「金髪でも眼帯でもないからわかんなかったわ」
「うん。蜂も女の子なんだね」
「やかましいわ」
明紀に対しても僕と同じようなやり取りをすると、僕たちは三人で仲良く机を囲んだ。部員が集まったらしく、部長と思わしき人物が前に出て何やら話していたが無視だ。正直なところ、僕は新聞部の活動に対し微塵のやる気もないので、悪いけれどさっさと話を終わらせてほしいと思っている。
「なんか知らないけど金髪は地毛なんだよ。これはウィッグ」
髪の毛を指先で弄びながら蜂は衝撃の事実を口にした。
「は? 地毛が金髪? お前ハーフなの?」
「そんなわけあるか。両親共々生粋の日本人だわ」
アルビノかと思ったけど目とか普通なんだな。と明紀が呟いていたがよくわからない。まずアルビノって何なのだろうか。
「視力は何ともないけど右目は色が違う。そんなに日焼けする体質じゃないからアルビノじゃ無いと思うけど」
「へえ……。じゃあ今はカラコンか何か?」
「そういうこと。カラコンも安くないからな。普段は眼帯で隠してるんだ」
「なるほどな」
アルビノってなんだろうと思っているうちに話が進んでいた。完全に僕もアルビノを知っていること前提で話が進んでいる。もしかして一般常識なのだろうか。今更訊くのも憚れるので、後で調べることにしよう。
「じゃあ、これで今日の部活は終わりにします。各自解散してください」
いつの間にか部活が終わった。(聞く気なんて微塵もなかったが)なんの話だったか全く分からなかった。まあいいだろう。一年が三人ほど仕事をしなくとも支障はあるまい。
「そんじゃ、帰ろうぜ」
素早く帰り支度を済ませた明紀が言った。
「帰るとか言いながらお前は廃ビに来るつもりだろ」
「そう怖い顔しなさんなって。今日は夕飯もらったら帰るわ」
「へえ……どうだか」
会話をしながら僕たちは歩き出す。ふと、座ったままの蜂が気になった。
「一緒に帰る?」
「あん?」
「ほら、帰る場所一緒だし。それとも来ない?」
「あー……」
複雑そうな顔で首の辺りをかきながら、考える素振りを蜂は見せる。
「俺は俺で帰る。万が一噂になったら面倒だし」
「そっか」
それもそうだ。これでまた一般人に掃除人の存在がバレてしまっても困る。
「じゃあ、またあとで」
そう言って蜂と別れ、僕たちは図書室を後にした。




