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まず志願とはどういうことだろうか。僕は自分がそうだったから、てっきり掃除人は勧誘されてなるものだと思っていたのだけれど。
「いやー、蜂ちゃんってば中々大胆だよね。直談判して入る人なんて初めてだよ。普通は俺が勧誘するんだけど」
愉快そうに渡り鳥さんは笑った。蜂は何故かどや顔をしている。中々腹立たしい顔だ。僕が持つこいつの印象があまり良くないせいだろうか? そして、やっぱり普通は勧誘されるんだ。
渡り鳥さんは普段、殆どを廃ビ地下で過ごし、たまに外へ買い出しや依頼の受け付けに行く。依頼とは勿論、警察が直々にする掃除の依頼だ。つまり、渡り鳥さんに直談判するには、まずこの人を探すという大きな難所があることになる。よくもまあ、この短時間で渡り鳥さんを見つけられたもんだ。
「よく渡り鳥がいる場所が分かったわね……」
兎さんも同じことを思ったらしく顎に手をあて不思議そうな顔をした。
「すげえんだよ、この子」
兎さんの疑問に答えたのは渡り鳥さんではなく狐さんだった。どうして狐さんが答えるのだろうか。
「あら、なんであなたが知ってるの?」
「俺も今日一緒に行ったんだよ、警察」
「あらそうなの。それで、何が凄いって?」
「俺と渡り鳥さんが行ったときは既にこの子がいてさ。掃除課(仮)の連中と言い合ってたんだよ」
掃除課(仮)とは読んで字のごとく、掃除人に関する業務をする課だそうだが、正直そんな課が本当にあるのか疑わしいところだ。
「あの二人組がそんなような事を言っていたから、とりあえず警察に訊けばいいかって思ったんだよ」
なにやってるんだよ。という意味を込めて蜂の方を見たらそんな言い訳を始めた。
「いや、だからって普通警察に突撃しないだろ」
どんな度胸だ。
「なんで? 俺みたいな善良な市民相手なら警察だって優しいぜ?」
「善良な市民は普通掃除人になりたがらないと思うんだけど……」
こいつは掃除人がどういう事をする集団なのか本当に分かっているのだろうか。自殺志願の事といい、やっぱりこいつは命を軽く見すぎていると思う。
「ところで熊」と、蜂は唐突に話を変える。しかし自分の都合が悪い話だから変える。というわけでは無さそうだ。今丁度思い出したから話す、といった感じだ。
「お前さ、俺の事男だと思ってないか?」
「あん?」
「違うんならいいんだけどさ。俺ってなんでか知らないけどよく男と間違われるんだ。この二人にも最初間違われてさ」
女って証明するのが大変だったぜ。と口を尖らせて蜂は言った。それを聞いて渡り鳥さんが「悪かったよ。あっきゅんがいるから外見で判断しちゃいけないって分かってたんだけどね」と何やら弁解している。が、そんなことはどうだっていい。
女だって?
「はは、冗談も大概にしろよ」
「やっぱ男だと思ってたか……『金髪君』って呼んだときからおかしいとは思ってたけどさ……」
がっかりしたような顔で言われた。あれ、これは本当の本当に女なのか?
でも、一人称が『俺』で、口調も男らしくて、服装も男っぽくて、ショートヘアーで、中性的な顔立ちなのに女なんて事があるのだろうか。今のところ、僕の中でこいつの女っぽい要素は声しかないのだけれど。あれ、でもよく見たら喉仏がない。いやしかし、喉仏が目立たない男というのは世の中にごまんといる。声が高い男だってそうだ。
ここで一番手っ取り早く女か男か確かめる方法は『見せてもらう』か『触らせてもらう』だろう。しかし、それはこいつが本当に女だった場合僕が警察沙汰になる可能性があるためいただけない。
「あー、ほれ。これ、学生証と保険証。ちゃんと女ってなってるだろ?」
なかなか信用しない僕にしびれを切らしたのか、蜂はパーカーから財布を取り出して、そこから保険証を抜き、財布を仕舞うと同時に学生証を取り出して僕に渡した。あ、本当だ。女って書いてある。
「俺と渡り鳥さんも、最終的にこれで納得したんだよな……」
狐さんが苦笑いをしている。どうやら警察署でも同じやり取りをしたらしい。これは勘違いさせる蜂が完全に悪いと言える。うん、勘違いした僕たちは悪くない。
「まあまあ、そんな話は食べながらでも出来るだろう? いい加減蜘蛛ちゃんとあっきゅんが我慢できなさそうなんだ」
どうやら渡り鳥さんにとってはあまり都合のいい話ではないようで。手を叩きながら急に話を終わらせた。
視線をテーブルの方へやると、二人が餌を前にした犬みたいな表情をしている。食い意地張りすぎだろ。
「……そうね。待たせ過ぎたらそのうち蜘蛛が全部食べちゃうかもしれないし」
そう言いながら兎さんの足は何故か冷蔵庫の方へ向かっている。
「ステーキだし赤かしら。パスタもペスカトーレだし、丁度いいわね」
上機嫌でそんなことを呟いている。どうやら冷蔵庫の隣のワインセラーがお目当てだったようだ。兎さんはこの中で一番よくお酒を飲む。ワインだけでなく、焼酎やビール、日本酒、ウイスキーなど幅広く飲むので、アルコール全般が好きなようだ。
「それじゃ、蜂ちゃんの仲間入りを祝して」
全員が座ると、渡り鳥さんの音頭で乾杯をした。ちなみに兎さん以外の全員のグラスにはアイスウーロン茶が注がれている。
それから僕たちは談笑を交えつつ、渡り鳥さんが腕によりをかけたイタリア料理に舌鼓を打った。




