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その後、金髪と別れると僕はゲームセンターで置き去りになっているであろう自転車を取りに、歩いて向かった。自転車で三十分ほどかかる距離を歩いたため時間がかかったのは言うまでもない。ゲームセンターから離れて数時間ほど放置していたけれど、放置自転車として撤去されなくて安心した。多分、一日以上放置しなければ大丈夫だとは思うけれど。
そこから自転車に乗って廃ビに帰る頃、辺りは暗くなりつつあった。流石冬。日が落ちるのが早い。そして寒い。
「ただいま……」
「お帰り、熊君」
廃ビ(地下)に入ると兎さんが笑顔で出迎えてくれた。ああ、なんというか、癒される。
「今日は災難だったわね」
「え?」
「聞いたわよ。誘拐されかかったんでしょう?」
昼間の話がもうここまで伝わっているのか。随分早いもので。誰が警察から聞いてきたのだろうか。
「よう熊、遅かったな」
「ああ、狐さん。ゲーセンまで自転車を取りに行ってたんですよ」
お帰り。と言われたのでただいま。と答えながら狐さんと並んで歩き、自室へ向かう。
部屋に入って、財布やら自転車の鍵やらを置いて、ついでにスマートフォンを充電器に置いてから部屋を出た。すると、僕を待っていたかのように扉の前で壁に寄りかかっていた狐さんにこう言われた。
「みんなお前を待ってたんだ。行こうぜ」
待っていたかのように、ではなくて、実際に待っていた。待たれていた。そう思うと、真面目に自転車を漕がずにちんたら走って帰りが遅くなったことが申し訳なくなる。もう少し真面目に漕げばよかった。後悔先に立たず。
ダイニングへ向かうと、僕と狐さん以外の全員が揃っていて(当然のように明紀もいた)、嬉々とした様子で料理を運ぶ渡り鳥さんが言った。
「やあやあ熊君、待ちわびたよ」
「……どうしたんですか? 今日、やけに夕飯豪華なんですけど……誰か誕生日でしたっけ?」
ここでは誰も個人情報を明かさない故、お互いにお互いの誕生日を知ることは無い。だから、ここでお誕生日会が行われることは無い。それを知っていても僕はそう聞かざるを得なかった。それ以外で夕飯がこんなに豪華になる理由を僕は知らない。
生ハムのブルスケッタ、魚介がふんだんに使われたペスカトーレ、Tボーンステーキ、そして色とりどりの野菜のバーニャ・カウダ。きっとドルチェもついてくるだろう。それは、どこからどう見ても本気に本気を重ねたイタリアン料理だった。腕によりをかけすぎである。
「いいや。お誕生会なんかじゃなくてね、歓迎会だよ。熊君がいない間に一人増えることになったんだ」
だからほら。そう言って渡り鳥さんは視線を移す。渡り鳥さんの視線の先を追うと、そこには黒髪を肩ぐらいまでのボブにした、こけしのような髪型の、ゴスロリ衣装に身を包んだ車いすの少女がいた。
彼女の名前は蜘蛛。僕は彼女の声を聞いたことが一度もない。どういうわけか、喋らないのだ。しかし、耳が聞こえないというわけではないらしく、手話などが無くとも言葉に反応してくれる。ただ、耳が聞こえないということではないためか、彼女は筆談という手段すら用いないため、あまり会話は成立しない。言葉のキャッチボールが出来ないのだ。彼女は投げられた言葉を投げ返すのではなく、肯定か、否定しかしない。
蜘蛛ちゃんは普段、ダイニングで食事をしない。どういう理由なのか分からないが、自室で、一人で食べているらしい。食事だけに限らず、彼女は一日のほとんどを自室で過ごしている印象がある。彼女もれっきとした掃除人であるが(僕よりも先輩だ)、彼女が掃除に出かけたところを僕は見たことがない。やはり、車いすだから移動が不便なのだろうか。
「随分嫌がられちゃったけどね、仲間が増えるんだからやっぱり居てほしくてさ。お詫びにイタリアンのフルコースを作ったら機嫌直してくれてよかったよ」
そう言って渡り鳥さんは苦笑した。どうやらこれは蜘蛛ちゃんのリクエストだったらしい。普段言葉を発しない彼女がどうやってイタリアンをリクエストしたのかは謎だが、確かに機嫌はよさそうだった。というか、テーブルに並べられた料理を見つめる目が輝いていた。こんな蜘蛛ちゃん初めて見た。
「蜘蛛もやっぱり人の子なんだな……」
それは僕だけではなかったらしく、狐さんが驚きを隠せない表情でそう呟いた。確かに蜘蛛ちゃんは表情が変化しない子だが、この人は蜘蛛ちゃんを一体何だと思っていたのだろうか。アンドロイドとか、その辺だとでも思ったのだろうか。どんな近未来だ。
「さて、それじゃあ皆揃ったことだし、紹介しようか」
場を仕切るように渡り鳥さんが言った。一体どんな人が仲間になったのだろうか。
「蜂ちゃんっていうんだ」
渡り鳥さんがちゃん付けで呼ぶから女の子か。そう思いながら奥から現れた人物に目をやる。
金髪のショートヘアー。整った顔立ち。右目は医療眼帯をしている。身長はあまり高くない。ボーイッシュな服装を好むのか、パーカーにジーンズという格好だ。女の子という情報がなければ、男に間違えてしまうことだろう。
というか。
「お前かよ!」
「よお、数時間ぶり」
夕飯前だというのに口にロリポップキャンディをくわえてへらりと笑うそいつは、昼間僕とともに誘拐され、僕に自分を殺すよう頼んだ、思考回路の読めない金髪だった。なんだ、女の子じゃないのか。
「掃除人ってのがどういうもんだか気になってさ。俺もちゃんと条件満たしてるみたいだったから志願しちゃった」
その言葉に、僕は頭が痛くなるのを感じた。




