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人間掃除人  作者: 影都 千虎
一掃目
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11

「じゃあ死んでどうするつもりだよ」

 コンテニューがないと分かっているのなら、人生がリセットできるとは思っていないはずだ。

「転生」

 また金髪は僕の予想を通り越して(すでに予想できない範囲ではあったが)、あっさりと答えるのだった。僕はこれ以上何を言っていいのか分からなくなって口を閉ざす。すると金髪は、それを僕が金髪の言葉の続きを待っていると捉えたらしく、「転生」の続きを(訊いてもいないのに)語りだしてくれた。

「ほら、俺言ったじゃん。『ゲームが気に入らない展開だったら、最初からやり直して展開を変えようとする。レベル上げだって、最初からやり直したほうが楽だし』ってさ。だから、そういうことなんだよ。俺は死んで転生をして、『生きる』ということを最初からやり直したいんだ。どのゲームも多少は確立とか運とかかかわってくるから、一度消してしまえば、やり直しても厳密には全く同じ個体とは言えないものになるんだ。多分ね。だから、俺は転生をしたい」

「もっとわかりやすく言ってくれ」

「分らないかなぁ。つまり、俺が言いたいのは、一度消したら二度と同じものは生まれないってこと。それが現実であろうと、ゲームの中であろうと」

 だから何。と言いそうになったところでこらえた。そして、金髪が一体何を言いたいのかもう一度自分で考えてみることにする。訊くばっかりはよくないと思ったのだ。どうしてかはわからないけれど。まあ、たまには頭を使うことも大切だということだ。

 ひとまず、金髪の説明が長ったらしくてよくわからなかったので、自分の中で金髪の考えを整理してみる。

 金髪の言っていたことは確かこうだ――ひとつ、ゲームが気に入らない展開になったからリセットするのと同じ感覚で死のうとしていること。ひとつ、金髪は死んだら転生するつもりであること。ひとつ、ゲームでも初めからやり直したら全く同じ個体は生まれないということ。ひとつ、ゲームでも現実でも一度消えたら二度と同じものは生まれないということ。……なんだか、こうしてまとめてみると、同じことを何度も言い方を変えていっているように聞こえる。

 つまり――つまり、なんだ。金髪は今の自分は死にたいくらい気に食わなくて、自分という存在が生まれる瞬間からやり直したいってことか? 生きるのが嫌だとか、今が苦しいとかそういうことではなく、まったく別の生き方をしたい。何もかもを変えたい。そういうことだろうか。

 答え合わせをしてもらおうと思って下を向いていた視線を金髪に戻してみると、金髪は非常に残念そうな顔をしていた。心底僕に失望したような、そんな顔。ほんの少し僕を羨む様なものも見た気がしたけれど、これは気のせいだろう。

「同じだと思ったのにな……」

 金髪はそう言った。

「同じ? 何が?」

 当然僕は訊き返す。すると金髪は突然近くにあった自動販売機に向かって歩き出した。そしておもむろに財布を取り出して、財布から百円玉と十円玉を一枚ずつ取って自動販売機に入れる。金髪は迷うことなく五百ミリリットルのミネラルウォーターを選択し、数秒後ガシャンという何か(ミネラルウォーターしかないが)が落ちる音がした。時間にしておよそ一分。こいつ、僕が質問をしたというのに、それを無視して水を買いやがった。

「……同じだと、思ったんだよ」

 何事もなかったような顔をして金髪は言った。そして同時に買ったばかりのミネラルウォーターのキャップを開ける。

「だから、何が同じなのかって訊いてるだろ」

 同じことを何度も言って同じことを何度も言わせる金髪に、どうやら僕は少しだけ苛立っているらしく、口調が自覚できる程度にいつもよりもきついものになっていた。

「見てて」と、僕の口調なんて気にも留めず金髪は言う。そしてその場にしゃがむと、買ったばかりのミネラルウォーターに砂やら石やらを入れ始めた。

「お、おい、何やってんだよ」

「うーん、やっぱりこの辺は土がないね。ねえ君、車をぶっ壊したみたいにこの辺のなんか壊して砂作ってよ」

 戸惑う僕に金髪は言う。マイペースな奴だ。

「なんで」

「いいから早く。話、進まないよ」

「……こんなもんでいいか?」

「ありがとう、早いね」

 話が進まないのは困る。そのため僕はさっさと近くにあった低いブロック塀(既に半壊している。前にここに車が突っ込んだらしい。直せよ)の一部を叩いて砂にした。

 金髪はブロック塀からできた砂をミネラルウォーターの中に入れる。それからミネラルウォーターを少しだけ捨てて、キャップを閉めるとペットボトルを思い切り振り始めた。顔は無表情のまま、腕だけを激しく動かすから怖い。なんだこいつ。

 しばらくペットボトルを振り続け、それが終わると金髪はキャップを開けた。そして、たった今シェイクしたばかりの液体をブロック塀に溢した。

「……おいおい……」

「こういうこと。同じだと思ったんだけどな。俺と、お前」

 残念。と金髪は言った。そのとき、金髪がどんな顔をしていたのか僕は知らない。視線がブロック塀に釘づけになってしまっていたのだ。

 ブロック塀だったものとミネラルウォーターをシェイクしただけの液体。通常であれば溢したところでその場を濡らし、ついでに砂っぽいものがその場を汚すだけなのだろうが、ブロック塀はそうはならなかった。

 液体が溢された部分は濡れず、汚されもせず、若干の煙を噴いて溶けて消えた。元々壊れていたブロック塀が更にその体積を消した。

「……ははは、確かに同じだ」

 僕は無意識のうちにそう呟いていた。乾いた笑いが漏れる。

 確かに同じだ。

 能力としての違いこそあるが、根本的な部分は同じだ。こいつが僕を羨むような目で見ていたのは勘違いではなかった。

「羨ましいね、こんなクソみたいな力があってもやり直したいって思考にならないなんて。障害だろ? こんなもん」

「そうだね。大きな障害だよ」

 でもこれのお陰で家から逃げることが出来て、小遣い稼ぎも出来る。僕と金髪の違いはそこだろう。口には出さないが。

「そう思ってるのにやり直したいって思わないのはあれか? 『掃除人』ってやつが関係してるのか?」

 俺にも紹介してくれよ。と言いたげな表情で金髪は薄く笑った。僕はそれに首を振って応える。

「残念だけど、それを教えるには君と仲良くならなきゃいけない」

 それはごめんだ。金髪の自殺志願の痛々しい奴とお近づきだなんて。友達がいない僕だが、それでも友達を選ぶ権利はあると思う。

「そうか」何故か金髪は口角を更に上げて言う。

「俺はお前のこと、気に入っちゃったんだけどね」

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