10
天井部分が砂と化したわけだから、重力に従ってその砂たちは僕たちに降りかかる。金髪と僕の気分が悪くなったのはそのせいだ。今すぐシャワーを浴びたい。気持ち悪い。
一方、男二人の悲鳴の理由はそこではない。二人も確かに砂を被ってしまっているのだが、きっと二人はそんなことどうでもいいだろう。なんせ、ドアに手をかけていたために、二人の手にも僕の頭突きの衝撃がいってしまったのだから。もちろん、僕はそれを狙って車に頭突きをしたのだけれど。
男二人は右手がなくなってしまっていた。ちょうど手首まで衝撃がいったらしく、二人の右手首からは真っ赤な液体が勢いよく飛び出していた。とても痛そうだ。僕がやったことだけれど。
天井部分がなくなったお陰で、腰を曲げなくても直立することができた。頭を振ってかぶってしまった砂をできる限り落とすと、僕は二歩ほど進んで、右手首をおさえて泣いている運転手の方の男を手加減なしに蹴り飛ばした。蹴り飛ばしたと言っても、男の体は飛ばずに全て砂になってしまったのだけれど。まあいい。まずは一人仕留めた。
くるりと体を半回転させると、今度は車酔いする方の男、僕を恨んでいる方の男の後ろに立った。男はやはり右手首をおさえて、「痛い……痛い……」と泣いている。小さく丸くなっている男を見下ろす僕の眼は、きっと驚くほど冷たいのだろう。
男は後ろに立った僕に気づくと、顔だけこちらに向けた。そして多分、これからこの男は僕に命乞いをする。
「こ、殺すな! 殺さないで、ください。いやだ、死ぬのは、殺さないでくれ……!」
ほら、やっぱり。さっきまであんなに僕を恨んで殺すなんて言っていたのに。そして多分、ここでこの男を見逃せば、この男は調子に乗って僕の背中に襲い掛かってくるのだろう。ありきたりなやつ。
「……申し訳ございません。ヒューマン・クリーニング・サービスでは延長期間を受け付けておりませんので」
自分でも引いてしまうほど冷たい、感情のこもらない声でそう言うと、僕は男の頭を踏みつぶした。あっけなく砂と化して男は死ぬ。久しぶりに仕事以外で人を殺した気分は、思っていたよりもずっと悪かった。
腕のガムテープを金髪に取ってもらうと(雑なとり方でかなり痛かった)、僕は一一〇にダイヤルをまわして「すみません、誘拐されかかったのでうっかり掃除してしまいました」と、僕が悪くないことを強調して伝えた。じきにこの大量の砂を片付けてくれるだろう。
そう信じて、僕は母校を後にした。懐かしむなんてことはしない。ここには苦い記憶がありすぎる。
「……で、なんでついてくるのかな君は」
赤信号が青に変わるのを待ちながら、なぜかずっとついてくる金髪に僕はそう問いかけた。最初のうちは、帰る方向が一緒なのだろうと思っていたのだが、明らかに僕の歩調に合わせてきているのでいい加減我慢の限界が来たのだ。
「お願いがあるんだ」
「じゃあもっと早くに言えよ」
「言うタイミングがよくわからなかった」
ああそうかい、と僕はため息をつくしかない。これ以上金髪にストーカー紛いのことをされるのも嫌だったから、しぶしぶ金髪の『お願い』を聞いてみることにした。
「俺を殺してほしいんだ」
教科書忘れたから貸してほしいと頼むくらいのテンションで金髪はそう言った。
「は?」と言う僕の顔はきっとすごく間抜けたものなのだろう。自分でもわかる。
でも、金髪の言った『お願い』はそうなっても仕方がないほどぶっ飛んだものだ。
殺してほしい、だって?
何を言っているんだ、こいつ。
「いや、だから、俺を殺してほしいんだって」
僕の「は?」を聞き返す意味と捉えたのか、金髪はもう一度、今度はゆっくりハッキリと言った。そのぶっ飛んだお願いをした理由を僕は聞きたいのだけれど。
「お前、お陀仏は御免だって言ってたじゃん」
「ああ、あれはあの男共と一緒に死ぬのが嫌って話だよ」
数分前に聞いた金髪の言葉を思い出して指摘すると、金髪はそんなことを言った。それから照れくさそうに笑って「俺だって理想の殺され方があんの」と言った。まるで、それが自分の夢だと言わんばかりに。
「……おーけい、質問を変えよう。どうして殺されたいんだ?」
頭痛がしてきそうな頭を押さえながら僕はそう訊いた。
それに金髪は考える素振りも見せずにサラッと答えた。
「ゲームが気に入らない展開だったら、最初からやり直して展開を変えようとするじゃん。レベル上げだって、最初からやり直したほうが楽だし。ほら、続きからやろうとしたら、他の低レベルの個体をもう一度探さなきゃいけないわけじゃん? まあ、これは使用するキャラが自由に選べて、かつ大量に同じキャラがいる場合なんだけどさ。そうでない場合、つまり使用するキャラは固定されている、または替えが利かない場合。これはもう続きからやり直すことすらできないよな。だから、気に入らない展開になったら初めからやり直すほうが楽なんだ。そういう感覚」
と。
だめだ、理解できる気がしない。
もしかして、もしかすると、こいつは人生とゲームを一緒に考えてしまう今問題になっている現代っ子と同じ(僕も現代っ子だが)なのだろうか。人生にもリセットボタンが付いていると思っている子供がいるなんて話を聞いた時は「は? ネタだろ?」なんて言って笑ったが、まさか実在するなんて。
「死んだらコンテニューはないってわかってるか?」
命について指導できるような立場ではないけれど、でも、これはしっかりとわからせなければいけないような気がする。命は、人生は、大切にするべきだ。粗末にするような真似をしてはいけない。自分のも、他人のも。
しかし、そんな年上ぶった発言をした僕の意に反して、金髪は何食わぬ顔で「当たり前だろ。現実なんだから」と言ってみせるのだった。本当に、頭痛がしてきそうだ。




