09
「まっさか、殺人犯がのうのうとゲーセンで遊んでるとは思わなかったぜ。日本も危ない国になったもんだ。しかも、そいつが俺らを裁く立場にいるんだ。ハハッ! 笑わせんな!」
「……あなたは、僕の中学生時代の同級生の家族ですか?」
とっさに質問してしまったけれど、答えが分かりきっていた。なんで質問したんだろう。そんなのイエスに決まっているじゃないか。そうでなければ、掃除人としてではない時に人を殺していると知っているはずがない。学校が必死に隠してくれたのだから。
車酔いする人は、今までで一番憎しみのこもった低い声で短く答えた。
「ああ、てめぇが殺したのは俺の弟だ」
恨みを持たれても仕方ないと、ここにきてやっと理解した。まあ、同情するつもりは全くないけれど。あれは先に僕を殴った彼が悪かったのだ。あの時僕が殴られさえしなければ、彼に反撃をすることはなかった。もしかしたら、こんな能力が開花してしまうこともなかったかもしれないのだ。そう考えると、逆に僕が恨みたいくらいだ。
車の振動が弱くなり、次にエンジン音が止まった。どうやら目的地についたらしい。丁度良かった。さっさとやることを終わらせて帰ることにしよう。聞きたいことは全部聞いたことだし。
「てめぇの母校にご到着だ。知ってるところが墓場で良かったなァ!」
「……ええ、そうですね。じゃあ終わらせましょうか」
「掃除を」と、声に出さずにつぶやいてから足を思い切り動かす。金髪の声は頭のほうから聞こえていたから、きっと当たらないはずだ。頭のほうまで足が届くほど僕の体は柔らかくない。
「いッ!?」
男の悲鳴が聞こえた。どちらのものかはわからない。僕の踵が思い切り左側のドアに当たり、ドアが砂と化した感触がした。靴に砂が入ってくる。助手席を狙ったつもりだったのだけれど、思っていたよりも距離があったらしい。……まあ、とりあえず車を破壊しつくして逃げられなくしてから殺せばいいだろう。眼隠しがとれれば最高なんだけれど。
「お、おい、手だけじゃなかったのかよ!?」
運転していた方がうろたえた声で叫ぶ。多分、車酔いする人からそう聞いていたのだろう。僕は掃除人になるまでこの力は手にしか無かったから、きっとその記憶を信じていたのだろう。しかし思いつかなかったのだろうか。人は成長するものだと。その成長がいいものかどうかは別として。
ちょっと体を前のほうにずらしてから、もう一度足を振り回す。右まで足を振り切ってしまう前に足首のあたりに手ごたえ(足だが)があった。これは多分、助手席のシートだ。多分背もたれだけ破壊しただろう。残念ながら人らしき物体には当たらなかったようだ。
「ねえ、そこの金髪君」
やはり目が見えないというのは不便だ。そこで僕は金髪に助けを求めることにした。素直に言うことを聞いてくれるといいのだけれど。『うっかり殺してしまうかもしれない』なんて言えば協力してくれるだろうか。
「いてぇッ!?」
なんて考えていたら両目付近に痛みが走った。かなり強めの痛みだ。声にならない悲鳴が口から漏れる。ああ、泣きそうだ。
「『ガムテープはがしてくれ』だろ? 巻き込まれたら敵わないし先にはがしてやった。流石に、こいつらと一緒にお陀仏にはなりたくないからな」
痛みがしつこく残る目を気合いで開くと、金髪の顔が目の前にあった。ゲーセンにいたときは暗くてよくわからなかったけれど、案外整った顔立ちをしている。なんて、今この状況にはいらない情報を仕入れると、僕は「ありがとう」とだけ言って腹筋と勢いを使って起き上がった。慌てて車から出ようとする二人が目に入る。
「な、なにしてくれてんだテメェ! 死にてぇのか!」
僕の目が解放されたことに気づいたらしく、助手席側の男が叫んだ。自分に向けられた罵声を金髪は涼しい顔で受け流していた。図太い精神だ。いい度胸している。これでもし僕がしくじってあの二人に殺される……なんてことが起こったら、金髪もただでは済まないだろうに。
「逃げられたら厄介だよなー。痛いけど、やってみようか」
両腕が背中で拘束されているため動きにくい。車から二人が出てしまうと鬼ごっこになってしまう。そうなったら確実に二人を仕留めそこなうだろう。
二人がまさにドアを開けて車から飛び出そうとした瞬間を狙って、僕は車の天井部分に思い切り頭突きをした。痛い。すごく痛い。きっと僕は今涙目になっていることだろう。もう少し手(頭)加減しても良かったかもしれない。なんて、後悔したって遅いのだけれど。
少ししてから、状況に気がついたのか二人分の悲鳴が聞こえた。金髪は凄く嫌そうな顔をしていた。僕も正直気分が悪かった。自分でやったことだけれど、機嫌が悪くなっていってしまう。
僕が車に頭突きをしたことにより、天井部分は砂と化して落ちてきた。ついでに壁の部分も砂となり、車内は床しか残っていなかった。床まで衝撃が伝わらなくて良かったと思う。




