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星新一的 エヌ氏が

作者: パンター

ショートストーリーの神様である星新一風に仕上げてみました。

 ノックの音がした。

 ここは高額所得者のみが入居している高級マンションの一室。

 エヌ氏は今日の仕事を終えて帰宅し自室の居間でくつろいでいた時だった。

 エヌ氏は個人で輸入会社を起業して成功し半年前にこのマンションに引っ越してきた。

 現在独身の28歳。人生の伴侶募集中。

 だが彼の資産に釣られて近寄ってくる芸能界やモデル業界の女性によって性欲を満たせるので、それほど急いで結婚相手を探しているわけでもなかった。そういう人間関係の中で、彼は金持ちである限り女に不自由する事はない、という真理を得た。

 だが女性の方は金蔓である男性を独占したいのである。もし出来なければ、彼女たちは何をするか分からない危うさを秘めていた。が、そういう時は事務所に圧力かけて別れてもらうだけだった。業界の女性はこういう時は便利だった。

 エヌ氏がドアを開けると、一人の黒服の男が立っていた。殺気を帯びた威圧感のある視線でエヌ氏を睨みつけていた。エヌ氏は気配に圧倒され思わず後ずさりしてしまった。

「あなたは誰です?このマンションは出入口のスライドドアに暗証番号を入力するロックがあるはずだが」

「私はある人物から依頼を受けてやって来ました、殺し屋です。番号は依頼主から聞きました」

「はあ?殺し屋?誰からの依頼だって?誰が暗証番号を教えたんだよ」

「依頼主は◯◯◯◯です。あなたとお付き合いしている方ですよ」

 黒服の男は名前を告げた。彼女は三ヶ月前から付き合い始めた二十歳のアイドルの卵だった。独占欲が強く金銭欲も旺盛だった。少々うざいし飽きてきたので別れるつもりでいたのだ。まさか、彼女が。

「私は彼女から依頼を受けたのです。あなたを殺すように」

「はあ。僕を殺す?あなたが?」

「ええ。それが仕事ですから」

 エヌ氏は驚いた。本当に殺し屋という職業の人間がいたとは。

「冗談、ではないのか。殺し屋なんて」

「本物ですよ。冗談ではありません」

 さらに驚いた。彼は本気なのだ。本気で自分を殺し屋だと言っているのだ。

「僕を、殺す、のか?」

「ええ、依頼は絶対ですから。私は受けた依頼は必ず遂行します」

 殺し屋は冗談で言っているわけではなかった。目が笑っていなかった。というか視線だけで殺されそうなほど鋭い眼光で睨まれているのだ。

「中に入れてもらえませんか?玄関であなたに騒がれたら、私の依頼とは関係なくは口封じのために殺さなければなりますが、どうされますか?」

 彼が本気なのは言うまでもない。本当に殺し屋なのかどうかは判別できないが、常人ならざる気配をまとう彼がまっとうな人間でないことは理解できた。だから今確かめるつもりはない。おとなしく彼を部屋に入れることにした。

「ありがとうございます」殺し屋を名乗る男は律儀に礼を言った。

 間接照明だけの薄暗い居間にエヌ氏と男が入ってきた。二人は対面してソファに座った。

「それで、僕を殺す気なのか」

「はい。仕事ですから」

「冗談でなく」

「はい。冗談ではありません」

「サプライズの悪戯でなく」

「悪戯ではありません。私は彼女にあなたを殺すように間違いなく依頼されました。ついでに言っておくと、芸人でもありませんから。本当に殺し屋です」

「それなら、あの女はなぜ僕を殺すんだ?僕は金蔓のはずだろ」

「はい。そうですよね。依頼主からの一方的な情報なので意見されても困るのですが、彼女によるとあなたが自分以外の何人もの女性と付き合っているのが気に入らない、と。さらに最近自分に対して金払いが悪くなった。これは自分に飽きてきた証拠なのではないか、と」

 図星だった。女とはげに恐ろしい生き物である。

「なら、あなたに保険金をかけて殺してしまおう、と考えたらしいです」

「はあ?何考えてんだ、あの女。というかその保険の掛金どこから捻出したんだよ」

「あなたのカードを何枚か持たれているみたいでしたよ。そのカードでキャッシングしていたみたいです」

「あああああああああ。あの女、僕のカード盗んでいたのか!早速会社に連絡して停止してやる」

「今まで気づいていなかったあなたもどうかと思いますが」

「ち、ちくしょう。僕の金で、僕が殺されるのか。ありえないぞ、こんな事」

 エヌ氏は頭を抱えて叫んだ。

「同情はしますが、私は仕事なんでやらせていただきます」

「ち、ちょっと待て。待ってくれ」

「そんな事を云われても、止めるわけには行かないのです。仕事上の信義に関わるので。それに仕事の関係上あまり顔を知られたくないのです。そういう意味でもあなたに生きていてもらうわけにはいかないのです」

「そ、そんな。そこを何とか。お前の顔を見て生きていられる方法はないのか?」

「ないですね。あ、唯一私の顔を見て生きていられる人間がいました。依頼人です。私の依頼人を殺すわけには行きません」

「じゃ、じゃあ僕が依頼人になる。それでいいだろ」

「やれやれ。そんな話が通るわけ無いでしょう。一体誰を殺せと言うんです?」

「お前の依頼主だよ。あの女、許すわけにはいかない」

「それは無理です。そんな事やっていたら私は誰からお金と取ればいいんですか。みんな墓の下じゃあ取りようがない」

「金は今払う。小切手で。それでいいだろ」

「まあ、どうしてもというなら。正規の依頼を断るのも信義に反する行為ですから。ですがこのままではあなたが死ぬのを止める事はできませんよ」

「そ、そうだな。あ。これならどうだ」

 エヌ氏は殺し屋に指示を出し、最初に殺しの依頼を出したアイドルの卵の携帯へ通話発信した。

「………」殺し屋とアイドルの間でやりとりがあり、何らかの交渉が成立したようだった。

「どうだった。上手くいったか」

「私としては不本意ですが。向こうの依頼人はキャンセルしてきました」

 つまり、殺るなら殺り返すぞと脅したのだ。こちらも自分が殺された時点でそちらを殺すつもりだが、それでも殺る気か、と迫ったのだ。何だかんだと言っても二十歳になったばかりの小娘である。びびってあっさりと依頼を取消したのだ。

 と同時に彼が依頼しなくても彼女は命を落とす結果となった。

 さっきも本人が言ったように依頼人以外の生存を殺し屋は認めないのだ。

 依頼人でなくなった彼女は、余計な目撃者であり、口封じのために消される結果となった。

 二日後、埠頭近くの海上で水死体として浮かんでいたアイドルの卵が発見された。

 外傷は発見できず、事故死として処理されるようだった。

 あの殺し屋、なかなかやるじゃないか。本当に殺し屋だったんだな、とあらためて驚いた。

 朝のテレビのニュース番組で放送されたのを見てエヌ氏は安堵のため息を付いた。

 彼女には若干の憐れむ気持ちもあることはあるが、こちらも命を狙われたのだ。この結果には後悔していなかった。

 女遊びも少し控えようか。別れ話ごとに命を狙われてはたまったものではない。

 そんな時、ノックの音がした。

「まさか、な」

 その予感は当たった。

「おはようございます」

 ドアの向こうにあの男が再び現れたのだ。

「あなたを殺しに来ました。今度は贔屓のアイドルを寝取られたと妄想しているファンが依頼人です」

 やりきれない脱力感でエヌ氏はよろめき倒れこんだ。




手元に本がないので思い出しながら書き上げテイストを出してみましたがいかがでしたか。

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― 新着の感想 ―
[一言]  懐かしいですねー。  そういえばこういうノリだったなと思い出しました。  小学校のとき、先生もこの著者が好きだったので話が弾んだものです。
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