答え
祖父が亡くなった。
あまりに突然で、だけど僕はどこかでそれを覚悟はしていた。
田舎から東京の大学に出てきて早2年。
祖父に最後に会ったのはこの間の春休み。
「また夏に帰るから」そう言って、祖父母の家を後にした。
また、の約束は果たされなかった。
地元を離れるというのは、そういうことだ。
飛行機に乗って地を離れるたび、僕はいつも心のどこかで別れを意識している。
祖父母はもちろん、両親にだって何があるかは分からない。実家で飼っている犬ももう高齢だ。
そして死は、僕の身にだって起こりうる。
祖父は、眠ったまま逝ったそうだ。
だから一緒に住んでいた祖母も死に目にはあえていないし、近くに住んでいた母も祖母から電話があって駆けつけた。
多分その瞬間も苦しまなかったんだろうし、入院とかで苦しい治療をしていたわけじゃないから、本当に文句のない最期だった。
もっと長生きしてほしかったなんて何歳まで生きていても思うだろうし、僕が夏帰るまではせめて、というのも結局おんなじだ。
祖父の死に関して、僕は現状以上のことを望まないし、望めない。
それをやるせないとは思わなかった。
僕以上につらい人が、祖母が、母がいたから。
祖父母の仲は良かったが、よく口げんかの絶えない夫婦だった。
久しぶりに会った祖母は、春よりもずっとずっと老いていた。
病気で春先から入院していた関係もあるのだろうが、夫を亡くした辛さだとか、そういう一言では表せないような感情の不安定さを感じさせた。
大丈夫だろうか。このままじゃ、祖母も――……。
この不安は、今も拭い去れない。
母も同じことを思っていたようだ。
祖父が亡くなったその日、何かを振り切るように動き続ける祖母を見てどうにか休ませようと、たびたび声をかけていた。
それでも休もうとせず、食事にも口をつけなかった祖母。
「ちゃんと休んでよ…。お母さんまでいなくなったら……もう…」
母の口をついたその言葉に、僕は思わずこぼれそうになる涙をこらえた。
祖母ももう年だし、あんなことがあった後じゃあ上手く頭は回らない。
だから諸々の手続きはすべて母の手に委ねられた。
祖母の面倒も見ながら手続きに奔走し、今頃母は忙しくしているのだろう。
手助けできない自分が、ちょっとだけ歯がゆい。
いくら大学生といえど試験にはでないとまずい、ということで5日前東京に帰ってきた僕を待っていたのは、一人ぼっちの家だった。
テレビをつけると、今日も色々な人の命が奪われた旨の報道が流れる。かと思えば、バラエティだのドラマだのもやっている。
学校にいけば友達もいるし、単位が危ないから勉強も始めなきゃならない。
地元から、祖父の死から切り離された時間の流れる世界に、僕は生きている。
祖父の死を受け入れられないわけじゃない。
受け入れてるから、過去形で祖父との思い出を語れるんだ。
じゃあ、なんでこんな気持ちになるんだろう。
日常に戻ったら、祖父との別れに涙する時間はほとんどないことは分かっていた。
だから、お葬式で、火葬場で、人目は憚りながら泣いていた。
悲しみ足りないわけじゃない。
じゃあ、なんでこんなに苦しいんだろう。
何の前触れもなく、祖父のことを思い出してしまうことがある。
その時、どうすればいいのか分からない。
思い出に浸って考えをめぐらせれば良いのか、それとも振り切って現実に帰ればいいのか。
あと一カ月もすれば夏休みになって、また地元に帰るのだろう。
昨日祖母から電話がかかってきて、僕の帰省を心待ちにしていると言っていた。
地元は好きだし、実家はもっと好きだ。
だからそんな帰省なら大歓迎。
けどこの先東京で生きていく僕には、そうじゃない帰省があるのだろう。
もうしばらくは、なくていい。
でも、僕はみんなを送りださなきゃいけないんだ。
だって祖父母はもちろん両親よりも長生きしなきゃいけないから。
今この人たちを亡くしたら、どんな後悔をするんだろう。
そう思うと、もっと電話なり手紙なり、色々やりたくなってくる。
それは僕の側のエゴ?
しばらくは元気でいてほしい。
でもいつか、僕は結局置いていかれるんだろう。
大切な人を一人ずつ失っていって、本当の一人ぼっちになってしまうんだろうか。
そう思うと、友達じゃなくて恋人じゃなくて、家族が欲しくなる。
今まで結婚願望なんてさらさらなかったけど。
こんなに不安定になるのなら、誰かに支えてもらいたい。
そしていつか僕がこの世を去る時に、誰かに思いっきり悲しんでもらいたい。
彼女に言ったら重いと言われそうだから、言わないでおこうと思ったけど、いろんな弱音とともについ口から出てきてしまった。
案外喜ばれたけど、もちろんそんな約束はできないけど…。
一人暮らしにはありがたい存在だったのはたしかだ。
でも結婚って、そんな理由でするものなのか。
とりとめがなくなったから、とりあえずこの辺で終わりにしよう。
いつか、この言葉のはきだめを見て、それぞれの疑問に答えを出せる日が来ますように。
「それで、答えは出せたの?」
「いや、ほとんど無理だね。もうちょっと修業をつまないと」
「ま、私も似たようなものよ」
「ただ一個だけを除いてね。分かってると思うけど…」
「そーゆーの、分かってても聞きたいものなのよ」
「…ん……。僕はまだ一人ぼっちじゃないけど、その時のためだけってわけじゃなく…君と結婚して良かったと思ってる。もちろんこの子もいてよかったと思うだろうし」
「ふふ…。それ、この子にも早く聞かせてあげたいわ」
「いのちの大切さ」なんて、小学校でもよくやる話。
でも、本当は悲しい場面も嬉しい場面も経験していって、ちょっとずつ分かってくるものなんだろう。
理解していても、心が受け入れられない。
知っていても、はやる気持ちを抑えられない。
死と生は、一生をかけて答えを出す命題なんだろう。
文学とエッセイを組み合わせたような小説です。
相変わらずジャンルが分かりません;