第9話 軍
「俺の心臓を……」
「イラナイワヨ……コノママデ、イイワ」
心臓をプレゼントしようとしたが断られた。
女心はよくわからんな。
アンはどうもこのまま行くようだ。
確かに特に困ることはない。
街に入る際どうするか悩ましいが、テイマー作戦で行くのも悪くない。
ウェンディゴの姿は間違いなく一度は門番に止められるだろう。
だが、若い半裸の美女を連れていても、同じくらい問題は起こるだろう。
アンはとりわけ目立つタイプの美人だ。
むしろウェンディゴ姿のほうが良いかもしれない。
「考えても仕方ないし、とりあえず歩くか」
「エエ……」
アンと二人黙々と歩く。
飯を食ている間はなんだかんだ会話も途切れることが無く、なかなか楽しい時間だった。
だが、やはりウェンディゴの姿のままだと、アンも喋りづらいようだ。
自ら声を発しようとはしない。
それにしても……さすがに歩幅が大きいな。
まるで大人と子供だ。
アンはゆったりとした足取りだが、俺はやや早歩きで何とかついて行けるほどだ。
いっそのこと、こいつの背中にのって走ってもらえばもっと早くつきそうだな。
「なぁアン、ちょっと思いついたんだが……」
「ナァニ?」
「あ、う~ん……いや何でもない」
「ソウ……」
何となくだが、機嫌を損ねそうな気がする。
アンを怒らせるとまずい。
さっきの黒狼は酷かった。
安宿のパンみたいに体を引きちぎられたくはない。
別に急ぐ旅路でも無いしこのままでもいいか……。
「ナニカ……キタ」
「ん~? ああ~……、ありゃ軍だな。うげぇ……、めんどくせぇなぁ、戦争中かよ。雪が降る前に一発やる気なのか」
「グン?」
「しかしこれはまずいな。さすがに軍と正面からやりあったら俺達でも死ぬだろうからなぁ……。あ~まずい、まずいぞ……、どうするか……」
すでに向こうもこちらの姿を確認しているだろう。
俺はともかく、ウェンディゴ姿のアンは目立つ。
どれほどの規模の軍隊かは分からないが、それでもそれなりに組織だった行動をしているように見える。
偵察、索敵に長けた連中は必ずいるはずだ。
今からでも全力で走れば逃げ切れはしそうだが、今後面倒くさいことになるかもしれない。
適当に話をあわせてやり過ごしたいところだ。
ただ、アンも俺も記憶がボロボロだ。
あまりうまくできる自信が無い。
なにか変なことを言ってしまいそうだ……。
「まぁいいか、全力でペコペコしてりゃ何とかなるだろ。よし、適当にいくぞ。俺テイマー、お前テイムされたモンスターな!」
「……ナンデモイイワ」
アンと二人道のわきへと移動し座り込む。
恐ろしいウェンディゴが、ぼんやりと丸太に腰掛けている姿はなんだか間抜けだな。
だがこれはちょうど良いのかもしれない。
警戒心を掻き立てるのが一番まずい。
少し間抜けに見えるくらいでちょうどいいのだ。
少なくとも敵意が無いことは一目でわかるだろう。
全力で道を譲る姿勢を見せておきたい。
ジワジワと軍隊の列が近づいてくる。
荷物を載せたロバはいるが、馬に乗っているような奴はいない。
そこまで大きな軍隊では無いようだ。
遠目に見るかぎり……五百人くらいだろうか。
細い列が延々と続いている。
先頭集団はどんな連中だろう。
大体そいつらを見れば軍隊の強さは予想できそうだが……。
「あれは……ちょっと勝てそうにないな。装備はそこそこだが、かなり戦いなれてそうな雰囲気だ。嫌だなぁ……」
「……」
皮鎧主体で一部を金属で補強したような防具を付けている。
あまり裕福な軍では無さそうだが、実戦向きの装備だ。
牽制や脅迫目的では無く、本気でやりあうつもりだろう。
雰囲気がおっかない。
ロバの背に積んだ荷物は麦や水などの食料品は少なく、はしごや木材の部品のようなものが多い。
引き返すつもりは無さそうだ。
街を落とすつもりか……。
だとすれば、元々住んでいた街は捨ててきたのだろうなぁ。
敵対するとまずい連中だ。
今の俺は力や死に難さでは負けるようなことはないだろうが、だからといって大した技術があるわけでは無い。
ウェンディゴのアンであっても、この人数を相手にするのは厳しいだろう。
このあたりの兵隊はモンスターにも慣れている。
罠や飛び道具も使ってくるだろう。
そのまま通り過ぎてくれるのが一番ありがたいのだが……どうもそうはいかないようだ。
「おい! お前たちは……なんだ?」
「あ? あ~はい。え~っと、俺は……テイマーで、こいつは俺のテイムしたモンスターです!」
「まさか……ウェンディゴ……なのか?」
「ええ、はいそうです。ウェンディゴですね! どこからどう見てもウェンディゴですよ?」
「あの化物を……テイムだと?」
先頭の男たち二十人ほどが俺達を取り囲むように近づいてきた。
迷いのない動きだ。
全員しっかりと鉄兜を被り、重心を下げ、武器や盾を構えている。
さっきのチンピラ連中とはまるで違う。
ただ囲まれただけで、一気に戦場に放り込まれたような気持ちにさせられる。
生きた心地がしないが……なんだかムカついて来たな。
試しに斧でも投げつけてやろうか。
話しかけてきたのは細身の男で、こいつだけは武器を構えていない。
鼻が潰れ左目が無い。
引きつったように頬がぴくぴくと動いている。
表情がいまいちわかりにくいな。
ウェンディゴと俺を交互に見比べている。
一つ残った目がギョロギョロとよく動く。
「我々は……これよりグゼルの街を落とす。成功報酬で……銀二百でどうだ?」
「え? あ、えーっと傭兵仕事で?」
「そうだ」
「あ、ええ……はい。じゃあそれで……お願いします」
「ではよろしく。隊列の真ん中に黄色帽子のドワーフがいる。あとはそいつの指示に従え。行け!」
「は、はい、よろこんで!」
唐突に傭兵として雇われることになった。
まったくもってやる気は無いが、断れるような雰囲気でもない。
もし俺が断っていたら、間髪入れずに襲い掛かってきたんじゃないだろうか。
俺はともかく、ウェンディゴ相手に良くそこまで好戦的になれるな。
よっぽど腕に自信があるのだろうか……。
おっかない奴らだ。
皆殺しにできないか考えてはみたが、アンと二人でも二十人全員を倒しきれるイメージは浮かばなかった。
アンはともかく、俺の首は簡単に落とされそうだ。
残念……だが結局どうにもならないだろう。
たとえこいつらを何とかできたとしても、さすがに五百人を二人で相手するのは不可能だ。
面倒くさいことになってきたなぁ……。
さっきまでアナグマを和やかに食っていたのに……楽しい気分が台無しだ。
横のアンを見上げるが骨面からは何の意志も読み取れない。
ひとまず暴れださなくてよかった。




