第7話 いかさまテイマー
どうやら俺はテイマーだったらしい。
初耳だ。
だが、なるほど……、それは良いアイデアだ。
俺は突如錯乱したように襲い掛かってきたアイデアマンを食い殺しながら、街へ行った時のことを考える。
今のアンであれば、例えこのまま放置しても、森の悪霊として元気に暮らしていけるだろう。
ただ……どうだろう。
何となくこいつはこのまま俺についてくるような気がする。
悪霊として俺に取り付いてるとか言ってたし。
それに、このまま陰鬱な森に彼女を置いていくのは……なんだかかわいそうな気もする。
俺も何となく一人だと心細い。
ぱっと見た感じ、俺ならその辺のつまらない傭兵ということで通るだろう。
だが実際は、俺もすっかり化け物だ。
心臓を食われても元気な程度には人間を辞めている。
アンとは化け物同士、仲良くしたいところだ。
とはいえもちろん、ウェンディゴのような化け物と、仲良く肩を並べて街へ入るのは難しいだろう。
そこでテイマーだ。
テイマーと名乗ればギリギリ行けそうな気もする。
俺の見たことがあるのは小鬼や狼、サル、クマ系統のモンスターくらいだが……ウェンディゴを連れてたっておかしくはないだろう。
いや、さすがに厳しいか……、う~ん、ウェンディゴは無茶だろうか……。
まぁいいか。
ダメだったらその時考えればいい。
アンの姿が元に戻ればそんな心配もいらないのだが……どうだろうか。
俺がまた頑張ればなんとかなるだろうが……、また同じようないい女になるかはわからない。
気が滅入るな……。
アンはそんな俺の杞憂などお構いなしに、盗賊どもを次々と追い詰めていき、心臓をほじくりだしてはむしゃむしゃと食っている。
恐ろしい移動速度だ。
地を蹴るたびに落ち葉を巻き上げ地面が爆散している。
蹴られたら体が引きちぎれそうだ。
俺、よくこいつの攻撃耐えきったな……。
傭兵時代に出会っていたら絶望しただろう。
「お、おい! 何処だ……どこ行った!? またウェンディゴが消えたぞ!」
「そこだ! そこにいる!」
「うわっ、う、うわああああああっ」
おまけに肌の色を変化させることで、周囲の景色と同化しているようだ。
ヤモリの性質だろうか。
異次元の跳躍力と合わさって、まるで幽霊のように何もないところから突如現れ、溶けるように消えていく。
「うっわぁ……、もう全員やったのか。しっかし……よく食うねぇ~。ほんとどうなってんのお前?」
「――サァ、ワカラナイワ。タダ――――、ただ、この姿に戻るには、心臓を食べる必要があるようね」
酷くくぐもってはいるが、一応ウェンディゴの姿のままでも喋ることはできるようだ。
アンは最後の心臓をむしゃむしゃと食い終えると、なにかを振り払うように、頭を一つ大きく振った。
巨大な角が根元からボトリと地面に落ちる。
するとウェンディゴは、まるでそこから空気でも抜けたかのように、小さく縮んでいき――気が付くとまた、輝くような赤髪の美女に戻っていた。
心臓食うと戻るのか?
まったく訳が分からんな。
俺の悪魔を通して、体はずいぶんいじらせてもらったが……、当然そんな特技を仕込んだ覚えはない。
まぁ俺自身理屈が分かった上で、いじっているわけではない。
ただ集中し、欲望のままに、悪魔のささやきに従っただけだ。
ウェンディゴの特性などは未だによくわからない。
ただ、わからないことはわからないままに食っただけだ。
普通の動物、いや人間だって同じようなものだろう。
仕組みなんてわかって無くても子は産める。
そんなもんだ。
「まぁいいや。斧も手に入ったし、着るものもこれで何とかなる……うっ、く、くせぇなぁ~。こいつらなんでこんな臭いんだよ……。ん~、こいつのはまだましだな。これは……ん~状態は良いがダメだ、死ぬ。アンは……そうだなぁ……このローブがまだましだな。ほら、着とけ」
「臭いわ」
「それでもまだマシな方なんだって……」
なるべく清潔そうな男からズボンと靴、ローブをはぎ取って身に着ける。
まだ少し生暖かくて気色悪い。
寒いのでほんとうは肌着も欲しいところだが……、アンが強引に心臓に引っこ抜いたせい、どの服も着られるような状態ではない。
なので結局上半身は裸のままローブを羽織ることになる。
アンはさらにズボンを嫌がってはいてくれないので、結局大きめのローブ一枚だ。
「よし、少々変態っぽいが……、ローブを脱がなけりゃ、これで町に入れてもらえるだろう! ボロいが斧と盾も手に入った。よしよし、なんだかいい感じになってきた!」
「私は裸でも構わないけど」
「まぁそういうな。ちょうどいい具合に金も手に入ったんだ。街で洒落た服でも買おうぜ! そうだ、アン。お前、急にウェンディゴなると服千切れ飛ぶから、変身するなら脱いでからにしろよ?」
アンは先ほどより少し楽しそうだ。
相変わらずどこか現実離れした雰囲気ではあるが、こころなしか声が弾んでいるように感じる。
やっぱり、心臓を食べてご満悦なのだろうか。
そういう感じでもなさそうだが……よくわからんな。
それはともかく、赤い髪に赤い目、口元から下は血まみれで、羽織ったローブも赤黒く血に染まっており、うっすら笑みを浮かべている。
相変わらず目の覚めるようないい女だが、それだけに絵面が余計にまずいことになっている気がする。
「フー、あなた血まみれで、物騒よ?」
「ああ、そうかもな。だが、お前にだけは言われたくない。お前こそ悪霊そのものだぞ?」
「変……かしら?」
「ああ……いや、いい女だと思うぞ」
「そう? うふふふふっ」
しかし斧が手に入ったのは良かった。
やや柄の長い薪割り用と思われるものが一つに、小ぶりの手斧が二つ。
戦闘で使うには頼りないが、それでも素手よりは遥かに良い。
つい無意味に振り回してしまう。
この体だと相当無茶が効くな。
体の限界など無視すればいい。
壊れれば食って治せばいいだけだ。
後先考えずに、ただひたすら力の限りに斧を叩き込めばいい。
しかし……これだと先に斧の方がダメになりそうだ。
凄まじい威力は出せるだろうが……斧が壊れる。
もちろんアンの攻撃に比べればささやかなものだ。
だがそれでも、斧の柄を握り込むとなんだか気持ちが落ち着く。
「おい、アン。お前は何か気に入った武器はないのか」
「そうね……剣があればいいのだけれど……無いようね。面白そうなのは――これくらいかしら?」
アンは草刈り用の大鎌を持ち、振り回し始める。
頭のおかしい魔女、あるいは死神のようだ。
なぜこの女はどんどん絵面のやばい方向へ行こうとするのか。
俺が門番なら、いくらいい女でもこいつは街には入れないだろう。
「あはっ、あはははっ。これ、楽しいかも――あら? もう、壊れちゃった」
「その姿でも馬鹿力なのか……」
アンはしばらくご機嫌な様子でビュンビュンと大鎌を振り回していたが、木の幹にでも掠ったのか、鎌先がひしゃげてしまった。
ウェンディゴの姿の時ほどではないにしろ、これはまた相当な力がありそうだ。
剣を欲しがってはいるが、よっぽどしっかりした作りのものでなければ、直ぐに壊してしまいそうだ。
ひとまずは適当なナイフでも持たせておけば良いか……。
どうせこいつは武器で攻撃するより、変身して殴るほうが強いのだ。
それからしばらく、心臓の無い盗賊達の持ち物を漁る。
金目のものを回収しなくては。
人数も多かったので、それなりの稼ぎになりそうだと、ワクワクしながら懐を漁っていたのだが、盗賊達はあまり金目のものを持っていなかった。
「はぁ……しけてんなぁ~。まぁ盗賊なんてこんなもんか」
手に入ったのは少々の硬貨と、塩やスパイス、屑宝石くらいだ。
腹立たしいことに誰も酒を持っていなかった。
後は適当に使いやすそうな鍋やフライパン、ナイフなど細々した生活用品を、革袋に詰め込めるだけ詰める。
「よし、次は街だ! はやく酒が飲みたい。後チーズが食いてぇ」
「街……わたしはパンが食べたいわ。ブドウが練り込まれた、甘いのが好きよ」
「ああ~、いいね~。行こう行こう、街へ行こう」




