第20話 宿
「それじゃ、まずは宿探しだな。――うん? どうしたクリスティーヌ」
「石の家は……ちょっとだけこわい」
「まぁ、そのうち慣れるだろう! 大丈夫だ、また一緒に寝てやるよ」
「……ほんとに?」
「ああ、ただ……もう俺の頭かじるのはかんべんだぞ」
「ふへっ、ご、ごめん~」
クリスティーヌは俺やアンと違って夜眠る。
こいつもモンスターなので、当たり前のように寝ないものかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
ただし、どうも普通の睡眠とは少し違うようだ。
どちらかというと冬眠中のクマみたいな雰囲気を感じる。
呼吸が少なくなり、動きが鈍くなる。
腹の減りにくい体に切り替わっているような印象だ。
ただもちろん傍目には寝ているようにしか見えない。
本人に聞いた話では、頭がかなりぼんやりしているらしくて、自分がどんな状況なのかよくわからなくなるらしい。
場合によっては夢のようなものも見ているようだ。
そういうわけで、クリスティーヌはいつも俺にくっついて寝ている。
ただ、たまに寝ぼけているのか、強くしがみついてきて、顔や頭、肩や首元を齧られることがある。
無意識にじゃれついているような感じなので、食いちぎられるようなことは無いのだが、たまに勢い余って牙が刺さるのと、顔がべちゃべちゃになるのがきつい。
力も強いのでひっぺがすのも一苦労だ。
「とりあえず重要なのは風呂だよな。あ、そうだゼット、金どうする?」
「ああ? ん~そうだなぁ……。ひとまずフーが傭兵団の運営資金として半分持って、残りを四人で分ければ良いんじゃないか?」
「じゃ、それで」
そういえば、ゼットと移動中に話し合った結果、傭兵団を結成することにした。
別に深い意味は無いが、斡旋所で登録するときに体裁上必要なのだ。
自己紹介をするにしても、まだましだろう。
俺含め、あまりにややこしい状態なので、そのあたりのことを真剣に考えると頭が痛い。
とりあえずは深く考えないことにしている。
なるようになるだろう。
それから暫く死体からはぎ取ったものを売ったり、まともな古着を買ったりしつつ、石塀の内外を延々徘徊した。
「ひと通り必要なものは買えたか……まだ金に余裕があるな」
「フー、も~つかれたよぉ。ねぇ、耳触ってぇ」
「ふふふふっ、私は新しい服が買えて、とってもうれしいわ」
「しかし石塀の中のもんは高いなぁ。せっかくだから宿は良いところに泊まりたかったが……いくらかかるかこええな。どう思うゼット?」
「食い物は中も外も値段はそこまで差が無かったぞ。しかし宿か……そりゃあ高いだろうな。だが石塀の外じゃ風呂は期待できんぞ?」
「そうか……。だめだ、風呂にはどうしても入りてぇわ。金もあるし、今日は贅沢に行くか!」
なんだかんだ宿が決まる頃にはすっかり日が暮れてしまった。
石塀の中、そこそこ良さそうな宿から探したのだが、最初の店は風呂が無く、次の店も満室だと断られた。
大して客がいるように見えなかったが、傭兵からはぎ取ったボロボロの服を着ているせいもあるだろう。
三軒目の宿屋も、はじめは受付の男にかなり怪訝な顔をされ、断られそうな雰囲気だったが、アンのおかげで泊ることができた。
受付台の上に飾られた赤い花を見て、ただ「私の髪と同じ色だわ」と男に微笑んだだけで、急に対応が良くなり、後は驚くほど簡単に話が進んだ。
前金で相当な額面を支払うことにはなったが、四人部屋で天井も高く、でかいベッドも二つある。
やや寒いが、清潔そうだ。
これなら変な虫も湧いてないだろう。
晩飯は道中買いこんできたものを、共同の調理場兼食堂で食べたが、アンとクリスティーヌがやたらと視線を集めていた。
酒に酔った男客たちは皆一様に、アンを呆けたような顔で見ていた。
輝く様な赤い髪に透けるような白い肌、妙に洗練された佇まいは、森の中以上に目立つ。
しかも胸がデカい。
たしかに、普通これほど美しい女が、ただの一傭兵として街中をウロウロしているようなことはまずないだろう。
あまり面白くは無いが別に絡んでこなければ文句はない。
アンのおかげで宿に泊まれたようなもんだしな。
ともかく、俺は久しぶりにチーズと強い酒が飲めて満足だった。
「なぁ~クリスティーヌ、耳触らせてくれよ~」
「いやぁ! も~、フーもゼットも臭いよ!」
「えっ、くさい……」
「わしも? そんなに……」
クリスティーヌは酒の匂いが苦手らしく、酔っ払った俺とゼットからは距離を取り、始終鼻を隠すようにアンにくっついていた。
普段あれだけよく懐いてきてくれるクリスティーヌが……地味にショックだ。
その後はふらつく足で受付に向かい、風呂に入ることを伝える。
「浴槽は部屋番号を間違えないようにお願いします。薪が燃え尽きたら今日の分は終了になります。温めなおしはできませんので注意してください」
「わかった。最後洗濯したいんだが……」
「構いませんよ。ただ、干場は特に設けておりませんので、自室でお願いします」
「ああ……まぁ何とかなるか。よし、んじゃ行くか~!」
共同の浴場には小さな浴槽が並んでおり、部屋番号が書かれている。
俺達の部屋番号が書かれた浴槽には既に湯が張られており、モクモクと湯気が上がっている。
湿った空気に、水の音。
久しぶりの感覚に、ワクワクしてくる。
しかし……厄介だな。
共同浴場は特に男女に分かれているわけでも無い。
四人で入るにはやや狭い浴槽が一定間隔で並んでいるだけだ。
それでも普通はお互いに注意を払うこともなく、大した問題は起きないのだが……。
ここでもアンの赤い髪とその派手な容姿があまりに目立ちすぎる。
男どもが前のめりで、目を凝らしアンの入浴を覗き見ようと必死だ。
一部クリスティーヌの方を凝視している奴もいる。
こいつらの方が危ない目つきをしているな……。
「おい! お前ら、いいかげんこっちみてくんな!」
「わしの裸が気になるのかの?」
「ねぇ、フーも一緒に入りましょう? とっても気持ち良いわよ」
「ふはぁ~……きもち~……」
本人たちはまるで気にしていないようだが、俺は無性に腹が立つ。
俺はまったく欲情できんというのに、楽しそうに鼻の下のばしやがって……。
とりあえず俺とゼットの汚い尻を見せつけて視線を避ける。
「なに腰振ってるのよ。はやく入って来なさいな」
「ぬ~……、おおっ! 確かに気持ちいな~」
「わしも風呂は久しぶりだが、ああ~……こりゃあ高い金払った甲斐もあったなぁ」
それからしばらく、湯がぬるくなり、肌寒さを感じるまで風呂を楽しんだ。
クリスティーヌも意外と風呂は気に入ったようで、始終ほっこりした顔で頭を緩く揺らしていた。
最後に残り湯で洗濯を済ませ、街で買った古着に着替え、部屋へと戻る。
ゼットは部屋へ着くなり、倒れるようにベッドへ転がる。
さすがに疲れたようだ。
俺が四苦八苦しながら洗濯物を干していると、すぐにいびきが聞こえてきた。
野営の時も思ったが、やたら寝つきの良い爺さんだな。
今の俺には羨ましい限りだ。
「なんだか建物の中だというのに眠れないのは、いつも以上に変な感じがするな……」
「そうね。せっかくベッドもあるのに、もったいないわ……。せめて横になりましょうよ」
「石の中は……やっぱり少しこわいかも……。ねぇ、フー、こっちきてよぉ」
「あ~、そういやそんなこと言ってたな。しかし意外と冷えるなぁ」
「建物が高いからかしら? 窓からも風が漏れ入ってくるわね」
「あ、そうだ。クリスティーヌ、あれやってくれよ、あれ!」
「あれ? ん~? あ~……、あれね。うん、いいよぉ。よっこいしょっと……」
クリスティーヌは先ほど着たばかりの服を脱ぎ捨て、体を小さく震わせ変身する。
いつ見ても中々不思議な絵面だ。
「しっかし……器用だなぁ」
「まぁ! クリスティーヌそんなことできたの!? とっても素敵じゃない!」
「んふ~」
小熊……というには少し大きいが、それでも元のクリスティーヌよりも少し小さいクマが、目の前に立っている。
俺があまりに毛皮の手触りを求めるせいで、クリスティーヌが腹の減らないやり方を編み出したようだ。
つぶらな瞳があまりに可愛らしい。
アンと二人でクリスティーヌを挟みこむように抱きしめる。
「フーもクリスティーヌも酷いわね! こんなことできるなら、もっと早くに教えてほしかったわ!」
「しかしこの状態のクリスティーヌは中々危険でな、たまに寝ながらじゃれつくように噛んでくるもんだから、べちょべちょになるんだよ」
「きょ、きょうはだいじょうぶだとおもうよ……?」
「なによフー、それくらいべつに良いじゃないの。とても可愛いわね、クリスティーヌ」
「んう~」
なぜか狭いベッドを三人使うことになったが、クリスティーヌの手触りや温かさには勝てない。
ぼんやりと意識を飛ばし、体を休めるだけだが、それだってずいぶん心地よさが違うものだ。
長い夜には重要なことだ。
「なんだか私が街の中にいるなんて不思議ねぇ……」
「見た目は俺以上に馴染んでいるけどな」
「やっぱり私も石の街は少し落ち着かない気がするかも。でも……お買い物は楽しいわね」
「そいつは何より。しかし、こいつは結局鼻噛んでくるんだなぁ……」
そうして、アンと街で見たものの話をしたり、クリスティーヌに鼻を噛まれたりしつつ、夜が明けるまでの時間をのんびり過ごした。




