第18話 炊き出し
クリスティーヌに呼ばれ、女子供の集団へと戻る。
遠目にも先ほどとはかなり様子が違う。
さっきまでは何処か暗い雰囲気で押し黙っていた女たちが、今は子供たちと同じくらい姦しい。
相変わらず子供の泣き声は絶えないが、それと同じくらい笑い声が聞こえてくる。
その中心では、調理を取り仕切っているゼットが、若い女や子供たちにちやほやされて、ニヤつきながら飯を配っている。
「ゼット、肉は足りそうか?」
「うん? ああ、フーか。皆腹いっぱい食えるように大量に作ったが、それでも少し余らせるかもしれんな。とはいえ明日でこの肉も食い収めだなぁ。しかし流石に疲れた……もう手が上がらんわ。今度からはわしはもう料理番と名乗ることにするぞ」
「ははっ、魔法使いより分かりやすくて良いんじゃねぇか? 人より薪に火をつける方が健全ってもんだぜ。さぁクリスティーヌも好きなだけ食えよ」
「うん……みんな、嬉しそうだね。よかったね……お腹すいてるのは辛いものね」
「お前は何をしみじみ言ってんだ」
「ぬふぁっうぅうぅっ、あはははっ、フー、な、中はこそばゆいからっ!」
クリスティーヌが妙にしんみりした顔でそんなことを言うので、耳をもみほぐしておく。
妙に感傷的なクマ娘と遊んでいると、後ろから知らない女に声を掛けられる。
「あの……フーさん、ありがとうございます。こんなに沢山……。うちの子も本当に喜んで……、ありがとうございます!」
「ああ、しっかり感謝してくれ。まぁ、アンが言い出したことだけどな。街で困ったことあったら助けてくれよな~」
「ええ、もちろんです! 私は酒場で働いていたので、ガーラでもそうなると思いますから、良ければ……サービスするので来てくださいね。とはいえ、アンさんがいればその必要も無いでしょうが……」
「ああ……、その際はよろしく」
感謝を伝えてきた三十代半ばくらいの女は、どうやら酒場で娼婦をしていたようだ。
そろそろ働きに出せそうなほど大きな子供がいるらしいが……、なかなか良い女だ。
こうなる前の俺ならば、肉付きの良いまあるい尻や、黒髪に映える白いうなじに色気を感じていたことだろう。
もちろん今の俺には関係ないが……残念だ。
「よし~、仕事もせにゃぁな。依頼主にも分けてやるか。ゼット、悪いが小鍋に取り分けてくれ」
「ああ、あのマハとかいう商人か。それじゃあ、わしらは先に寝といて良いか?」
「ああ、ゼットとクリスティーヌは食い終わったら適当に寝ておいてくれ。クリスティーヌはゼットが襲われんように見といてやってくれよ」
「あいっ」
「アンはどうする?」
「私はフーと一緒に行くわよ?」
「わかった、んじゃ二人ともまた後でな~」
調理したヘラジカ肉をマハ夫妻へと持って行くと随分感謝された。
特にその妻イーダの喜びようが凄かった。
どうも戦争前から、グゼルの食糧事情はあまりよくなかったらしい。
確かに、広い畑には未収穫の麦が重そうに穂を垂らしたままになっていた。
ちょうど収穫期にマーフたちの襲撃の情報が来て、そちらに人を回している余裕があまりなかったらしい。
加えて最悪街が落ちた場合、兵士や傭兵の略奪と虐殺を抑える狙いもあったようだ。
奪い、犯し、殺しすぎると、畑の収穫も街の商売もすべてうまく機能しなくなる。
街には食いもんが無くて、畑にはたっぷりある。
そんな状況で、働き手を無駄に潰すようなことは普通しないものだ。
ただ……、正直なところ今の俺にはそれが有効だとはあまり思えない。
マーフと一度対峙した経験からそう感じる。
あの男はいまいち何を考えてるかわからんところがある。
いくら傭兵とはいえ、味方をすり潰すことに何の抵抗もない人間だ。
収穫量が減ったとしても、それ以上に食い手が減ればいいと考えるかもしれない。
そう言う意味では、財産を捨てても街から逃げ出し、危険な森への逃亡に挑戦した連中もそれほど間違ってはいないだろう。
そうしてグゼルの街の現状などについて教えてもらいつつ、マハ夫妻と一緒に飯を食った。
肉をご馳走したことで、それまで存在感を消していたイーダも大いに喋るようになった。
「アンさん。よければこれ、どうぞ。去年の麦なのであまり美味しくないかもしれませんけど……。せっかくなら、我が家でおもてなししたかったのですが……もう、それも叶わず、残念です」
「イーダ、これもとっても美味しいわ。あぁ、ゼットの作ったコケモモのソースとよく合いそうね」
「もうあれ食っちまったけどな。まぁガーラの街に行くまでにまた採ればいい」
固く酸っぱいパンだが、熱々の肉を挟んでかぶりつくと悪くない。
一段階料理の格が上がったように感じる。
イーダはアンのことがいたく気に入ったようだ。
ヘラジカの肉を譲ったこともあるだろうが、アンのどこか気品を感じさせる振る舞いも大きいような気がする。
街では裕福な商人の妻として、それなりに洗練された暮らしをしていただろう。
それが急に、モンスターのいる森で野宿だ。
危険で野蛮な生活に緊張するなという方が無理だろう。
そんな中、元女騎士であったアンの洗練された立ち振る舞いや喋り方に、親しみを覚えたのかもしれない。
実際はまさにアンこそがモンスターなんだけどな……。
ちなみに、イーダは現在妊娠しているようだ。
なるほど、わざわざ好条件で護衛を雇うわけだ。
別にさぼるつもりは無かったが、そう言う話を聞くと、よけいまじめに護衛しなくてはという気になる。
どうせ夜寝る必要も無いのだ、しっかり護衛してやろう。




