第16話 魔人
森の中、川を探して歩く。
アンいわく、近くに川があるらしい。
昨日のキャンプ地に当た川の支流だろうか。
俺にはあまりピンと来ないが、森のことは彼女に任せておけば間違いないだろう。
「あ~っ、かわ! あったよ~、フー! アンの言った通りだぁ!」
「クリスティーヌ……、あなた人の姿の時は、二本足で歩く練習もしましょうね」
「魚はどうだ? ちょっと細いか……う~んチョロチョロだなぁ、厳しいか。カニはどうだ?」
「この時期のはうまいぞ! わしは卵を持ったやつが好きでな――」
クリスティーヌは一応二足歩行しているが、歩き方がまだ変だ。
左右に重心を移動させながら、体を揺らして歩く。
興奮すると、両手も使いよつん這いで走り出す。
動きがクマ過ぎておもしろい。
アンが人らしい振る舞いを色々と教え込んでいるようだ。
「この沢には……あまりいないわね。カニはまた別の機会にしましょ」
「そうか……、肉がこんなにあるわけだし、別にいいか」
「クリスティーヌ、いっしょにキノコ探しましょう?」
「きのこ~?」
「木の根元に生えてる、こ~んな形の。あなた鼻は良い方でしょう?」
「んふっ、わかった!」
「ゼット、料理しようぜ。俺にも作り方教えてくれ。あと、魔人とかいうのも気になる」
「いいぞいいぞ。飯作りながら話してやるわ」
それからアンとクリスティーヌ、俺とゼットの二手に分かれ、それぞれ作業を進める。
今日はモモ肉を使う。
人数が増えた分大量に切り分けていく。
下ごしらえをしているだけでゼットの腕が上がらなくなってきた。
少々多すぎたかもしれない。
まぁクリスティーヌもよく食いそうだし、大丈夫だろう。
「それで、ゼット。モンスターってなんだ?」
「わしもこれまで出会ったこともなかったんで……良くは知らんのだが――」
「適当でいい。どうせ難しい話はわからんよ」
「魔人ってのは簡単に言うと、なんかの間違いで、生きたままモンスターになって、なお狂わなかった連中――のことだな」
「ふ~ん……」
「普通のモンスターは穴倉から勝手に湧いて出てくるもんだよな」
「まぁ大体はそうだな」
「ただ、そんなモンスター崩れも、ほとんどの場合は狂ってすぐ死ぬらしい。だが……、その中でもさらに極稀に、普通の人として生きていける奴がいて、そいつらを魔人って呼んでいるわけだ」
「なるほどなぁ……心当たりがありすぎるわ」
「おお、やはり! 魔人は魔法使いよりも珍しいぞ! あ、そうだそうだ。魔人の有名な特徴で、年をとらない、とにかく頑丈で死に難い、人や動物に触れるだけで殺すことができるってのがあるんだが……、それは本当なのか?」
「えっ……俺年取らないの? いや……まぁ、それもそうか。頑丈はどうだろうなぁ……結果的に頑丈と言えなくも無いか。人や動物もまぁ……触れば殺せるっちゃぁ殺せるが……、意外に時間かかるし、普通の相手には斧を叩きつけた方が手っ取り早いけどな……」
改めて考えると、俺って割と地味だな。
ゼットはモモ肉を切り分けながらやたらとはしゃいでいるが、どう考えても魔法使いの方が凄そうだ。
「おお! やぱり本物かぁ! うわぁ……わし魔人と話てるのかぁ……あ、それは骨外して、その粉揉みこんでくれ」
「はいはい、ふんっ、がっ……何だこの粉? 鼻がムズムズする……が旨そうな匂いだな」
「そりゃ胡椒だ。高いから大切に使えよ? しっかし……、そうかそうか、やっぱり魔人かぁ! あとこれは一般的じゃあないんだが、昔図書館で読んだ知識で、モンスターを変化させられるってのがあるんだが……さっきやって見せたクリスティーヌのあれやら、アンの姿なんかも魔人の力なのか?」
「ああ、多分な。ただあんまりどうなってんのか、自分でもわかんねぇんだよなぁ……。俺の気持ちを乗せて後は悪魔任せだからなぁ」
「悪魔……?」
「ああ~、まぁそれは俺が勝手に呼んでるだけなんだが、俺の中にもいっこ別の俺がいて、そいつは俺の外にも広がってて……、でもやっぱり俺なんだ。う~ん、ダメだわ。自分でも何言ってんのかわかんねぇ。うまく説明できんわ」
「おもしろい……。わしの人生も後は腹いっぱいうまいもん食って、大暴れして野垂れ死ぬだけだと思ってたが……なんだか面白くなってきたぞ!」
「危なっかしい爺だなぁ……勘弁してくれよ~。あ、おい火おこしてくれ、出番だぞ魔法使い様」
「ははっ、任せろ! そうそう、ちなみに魔人は魔法が大嫌いらしいぞ」
「ああ~……なるほどねぇ。俺の中の悪魔が全力でゼットのこと嫌がってるわ」
「悪魔に嫌われるとは、わしは天使かの?」
「そんな邪悪な面した天使がいるかよ……ああ、ちょっと鉄鍋に脂ひくの忘れてるぞ! この鍋焦げ付くと洗うのめんどくせぇんだわ」
「すまんすまん……興奮してうっかり鍋焦がすところだったわ」
「けど実際、ゼットには俺の悪魔の力は効果無さそうな気がするな。悪魔が嫌がってうまく侵食でき無さそうだ」
「そうなのか? ふーん……魔法使いに魔人、悪魔か……いやぁ実に面白い奴と出会えたわ! どうせわしは爺だし大して長くない、お前年取らんのだろ? せっかくだし、わしが死ぬまでくらい付き合ってくれよ」
「なんだその結婚の申し込みみたいな台詞は……。まぁ勝手にしてくれりゃいいさ。実際魔法使いは色々便利だし、何より飯美味いからな。俺は記憶もあやふやなもんで正直助かるっちゃぁ助かるよ」
「フー! いっぱいとれたぁ! あっ……あれあれあれあっ~」
クリスティーヌが姿を現したかと思うと、四つん這いになって元気に駆けよってくる。
斜めがけにした麻袋から、ボロボロと採集品と思われるものがこぼれ落ち、慌てふためいている。
「なんだか色々採れたみたいだな、クリスティーヌ、アン」
「ただいまフー、クリスティーヌがとても良い働きをしてくれたわ。この子、鼻もいいし、木に登るのがとっても上手なのよ」
「どれどれ、キノコは相変わらず大量だな! お~これは栗、ブドウもあったのか――、えらい大きいリンゴだなぁ。コケモモかこれ? ……どうやって食えばいいんだろうな」
「それはわしが責任をもって肉に合うソースにしよう!」
「相変わらず凄まじいなぁ。森に入ったからと言って、普通こんな簡単に採れるもんじゃないんだが……。クリスティーヌもよく頑張ったじゃないか」
「ふはっ、んふふふっ」
「よーしよしよし、いい子だいい子だ、よしよしよし。……たしかに耳可愛いなぁ」
「んへへへっ」
当初クマのモコモコした姿にならず、がっかりしたが、今の姿でも頭を抱え込み、クマの耳を手のひらでしごくように撫でていると意外と悪くない気がしてくる。
「癒されるなぁ」
「フー、そろそろ焼いていくぞ! 大量にあるから手伝ってくれ」
「よし、任せろ――」
平底の鉄鍋を強火で熱し、次々に肉を放り込んでいく。
肉が踊り脂が跳ねる。
下味をつけたせいか、いつもよりうまそうな匂いがする。
腹が鳴る。
だが、クリスティーヌはそれどころでは無いようだ。
手を前に出し鼻をヒクヒクさせながら、フラフラと鉄鍋に吸い寄せられていく。
アンに襟首をつかまれていなければ、そのまま鍋に鼻をこすりつけそうな勢いだ。
半開きの口からは涎がぼたぼたと零れ落ちている。
こいつ舌長いなぁ。
「じゃあ食っていこうか。クリスティーヌは火傷すんなよ」
「うんうんうん!」
さすがに四人で食べるには多すぎたかと思ったが、まったくもってそんなこともなく、すべて綺麗に食べきってしまった。
俺やアン、ゼットもそれなりには食べたが、やはりクリスティーヌの食欲が尋常じゃなかった。
もともと、あのテイマーからあまり食い物を与えられていなかったのもあるのだろう。
口いっぱいに肉を頬ばり、笑いながら涙を流していた。
食事用にナイフを与えていたが、どうにも道具を使って食べるのが苦手なようだ。
熱々の鉄鍋から素手で肉を摘まみ上げようとしていたので、火傷しないかと注意したが、どうも器用に爪だけクマに変身し、爪先に肉をひっかけるように食べていた。
モンスターと人をまたいでの身体の制御は、アンよりもずっと上手そうだ。
アンは今回はどちらかというとキノコや果物中心に食べており、特にブドウやリンゴなどをちまちまと丁寧に皮を剥いて食べていた。
甘酸っぱい果物が大好きらしく、いつもより少し幼い笑顔が印象的だった。
まったく、ただ果物を食っていても絵になる女だ。




