第12話 睡眠
ゼットは多少頭のおかしいところはあるが、いろいろなことを知っていた。
残念ながら自慢げに語る魔法とやらについては、俺の頭ではまったく追いつかなかったが、この周辺の地理や戦争状況など、まさに知りたかった情報を、わかりやすく丁寧に教えてくれる。
記憶がボロボロの俺達にとっては、最高の話し相手と言って良いだろう。
ちなみにこの軍のリーダーは、やはりあの不気味な隻眼の男らしい。
名前はマーフと言い、もともとは小さな村の漁師だったようだ。
ある時不漁が続いて食えなくなり、同じように食い詰めた連中をまとめ上げて海賊のまねごとを始めたらしい。
海辺の村々を襲いながら少しづつ仲間を増やし、一年もたたぬ間に傭兵団として組織化していったようだ。
そんなマーフたちは、ある時期からその戦力を期待され、小さな街の防衛隊として雇われるようになる。
襲う側から守る側へ。
海賊や盗賊のやり口を良く心得ていた分、マーフたちにとってそれは簡単な仕事だった。
そうして気が付くと、マーフは街の顔役を牛耳るようになっており、そのまま都市国家の代表として居座るようになったらしい。
凡庸な漁師が小さいとはいえ市国の長だ。
よっぽど何かの才能に恵まれていたのだろうか。
自分に置き換えると想像もつかない。
ただしマーフという男は、戦争や権力闘争には卓越した才能を見せたが、統治能力は絶望的にダメだったらしい。
農業含め街のあらゆる産業が、わずか数年でボロボロになってしまった。
内政に失敗し続けたマーフは、うまく街を立て直すことができずに、最終的には自分の得意分野、つまり人のものを奪うことで街の現状を打破しようと考えた。
手ごろな村や街にあたりを付けては、脅迫と略奪を繰り返す。
そうして何とか食いつなぎながら今に至ったというわけだ。
「結局やってることは海賊と変わらんなぁ」
「まぁ、この地域じゃよくある話だ。だが正直……今回の街攻めはかなりぎりぎりの戦いだろうな。報酬がでかいもんで参加したが……タイミングを見て逃げることも考えておかねばな!」
「相手の街は……グゼルだっけ。強いの?」
「大した軍事力は無いが、金のある街でなぁ。堅牢な防壁と優秀な傭兵がおる。こちらの兵士が防壁を乗り越えられればこちらの勝ちだろうが……まぁ半々だろう。なかなか面白い戦いにはなると思うぞ!」
「ふ~ん。まぁ負けそうになったら適当に逃げればいいか」
「なぁフー、相談なんだが……、そん時はわしも抱えて逃げてくれんか? 最近足腰が弱くなってなぁ。あんまり早く走れんのだ」
「え~、いけるかなぁ……。まぁ、一緒に飯食った仲だし、余裕があれば担いでいくが……危なかったら放り捨てるんで、そん時は恨まないでくれよな」
「ああ、それで十分だ! いやぁよかったよかった。これで安心して寝られるわ!」
「はぁ……明日は戦争か。嫌だなぁ」
このあたりは街同士の戦争が絶えない。
東の帝国や南の王国なんかと違って、いくつもの都市を束ねるような大きな国が存在しない。
ひとつの街とその周辺地域を支配する権力者同士が無駄な戦いをひたすら繰り返している。
いっそのこと帝国が侵略してきてくれた方が安定しそうなものだが……あまり相手にされていないようだ。
大した資源も無いし、寒すぎんだよなぁ……。
「明日はわしが凄い魔法を見せてやるから、楽しみにしておいてくれ! それじゃ、寝るかの」
「ああ、おやすみ」
ゼットは全身に布を巻き付け横になると、すぐにいびきをたてはじめる。
元気に喋っていたくせに一瞬で寝入ってしまった。
肉もよく食っていたし、まったく元気な爺さんだ。
しかし……、どうもおかしいな。
俺も同じように横になっているのだが、いつまでたっても眠くならない。
横にはアンも同じように寝そべっている。
頭が鹿の骨なので、動物かモンスターの屍のようだ。
俺が目を剥けると、赤いおぼろげな瞳だけがギョロリとこちらを向く。
はやく心臓を食わせないとな……。
目を閉じ、意味のない妄想に没頭してみたり、あえて何も考えないようにぼんやりしてみるが、やはり眠くはならない。
性欲だけでなく、睡眠欲もなくなってしまったのだろうか……。
一旦寝ることを諦め、空を見上げる。
木々の輪郭に切り取られた小さな夜空には、見慣れた秋の星座が散らばっている。
「意外と星の位置なんかは覚えているもんなんだな……」
かなりいい加減だが、それでも目立つ星々を目で追っていると、星座とともにどこかで聞いた神話の物語が次々に頭の中に浮かんでくる。
果たして誰から聞いたのだろうか、あるいは本当に聞いたことがあるのだろうか……。
星も神話もあまりに遠い。
遥か彼方まで広がる記憶の海に自分が溶けていくような心地がする。
「なぁ、アン。お前は寝られるのか?」
「ワタシハ――ネムラナイ」
「モンスターって……寝ないんだな」
「ソウカモネ……。フー、アナタ、ナニシテルノ?」
「寒いなぁと思って……」
「ソウ」
アンに抱きしめられた時の心地よさを思い出し、横で寝る彼女に抱きついてみる。
でかい丸太でも抱いているような感触だ。
大きな胸に顔を埋めてみるが、ガチガチだ。
アンは少し呆れているような気がする。
それでも、彼女は人の身の時と同様に俺を包み込むように抱きしめてくる。
ウェンディゴの固い体はとても心地よいと言えるようなものではないし、ヘラジカの骨面は禍々しく恐ろしい。
だが、アンにはなぜか親しみと愛着を感じる。
まだ出会って間もないというのに、不思議な感覚だ。
「アン、ありがとう」
「エエ……」
結局それから何時間たっても眠気は訪れず、アンも「サンポ」とだけ言い残して、どこかへ行ってしまった。
便所だろうか。
飯を食ってたし、悪霊でも出すものは出すのかもしれない。
それにしても眠れないのも意外とつらいな。
まったくもって眠くは無いが、眠りたいという欲求はある。
仕方なく、目を閉じ意識を悪魔に開放するように、ただぼんやりと過ごす。
果てしない海の真ん中に一人、体を浮かべてプカリプカリと漂っているような感覚だ。
波に体を揺さぶられるたびに、まるで存在しないはずの記憶が体を通り抜けていく。
それが夢を見ているような感覚に近い。
漠然とした不安も感じるが、慣れてくると、これはこれで意外に心地良い。
睡眠の代わりになりそうだ。
だというのに、良いところで邪魔が入った――。
「お前、だれだ?」
「なっ!」
「それは、俺の斧だぞ?」
「くそっ――!」
知らない男が俺に向けて斧を振りかぶる。
服装などから察するに傭兵だろうか。
音を立てないよう用心したのか裸足だ。
夜目が効くので男の様子は昼間と変わらず良く見える。
顔は引きつり、まるで腰が入っていない。
この距離でも急所は外せそうだ。
最悪腕で受ければいい。
安物の斧、しかも、あのみっともない構え方だ。
骨どころか肉もまともに断てないだろう。
斧を振り下ろしたところを捕まえて食ってやろう。
「ほらぁ! はやく振り下ろせよ!」
「なっ……クソがっ!」
とはいえ痛いのは嫌だ。
ひとまず揺さぶりをかける。
だが――、いつまでたっても斧は振り下ろされない。
斧を振りかぶったまま姿勢で、男は固まっている。
「――まったく、あほな傭兵だなぁ。フー、お前はお前で、よく落ち着いていられるなぁ」
「ん? あ~爺さんか。あれ? 何でこいつ凍ってんの?」
「これが魔法だ! どうだ? すごいだろぉ?」
「うぉっ、すっげ~! すごいなゼット……お前、まじかよ……。カッチカチじゃん。そうだ、これシカ肉にもやってくれ!」
「ええ? ああ、それもそうだな……。じゃなくてだな! えぇ……なんか期待した反応じゃないような……」
どうやらゼットが魔法とやらを使ったようだ。
凄い。
傭兵がカチコチに凍っている。
全く原理が分からんがこれは凄いことだ。
こんなものは見たことがない。
めちゃくちゃ便利じゃないか。
少なくともこれで肉を長持ちさせられる。
しかし……馬鹿な傭兵だ。
爺さんにしろ俺にしろ、実力の良くわからん怪しい奴には手を出すべきじゃない。
俺達が離れて野営していたから、狙い目だとでも考えたか。
眠っている俺と爺さんなら、十分殺せると思ったのだろう。
普通であれば、その狙いも悪くないのかもしれないが……。
アンがいないタイミングで来たところを見ると、ずっと息を殺して見張っていたのかもしれない。
派手な晩飯で悪目立ちしてしまったか。
「あ、そうだ。ちょうどよかった。こいつの心臓をアンに食わせよう」
「うん? ああ、ウェンディゴか。やっぱり心臓を食うのか? できれば全身食ってくれるとありがたいんだがなぁ。証拠は消しておきたい」
「心臓以外はどうだろうなぁ……食わんのじゃないか? よくわからん。まぁとりあえず金目のものと心臓だけ回収して、さっさと森に捨ててこよう。――あ、アン! 良い所に帰ってきたな。こいつの心臓食っていいぞ」
ちょうどアンが散歩から戻ってきた。
俺とゼット、凍った傭兵を見て不思議そうに鹿骨頭をひねっている。
「いや、森に行ってからにしよう。後処理が面倒だ」
「爺さん手慣れてるなぁ」
「この年で傭兵やってると、狙ってくる馬鹿が結構いるからな。いろいろ工夫してるのさ、老人の知恵ってやつだ」
「老人の知恵ねぇ……」
アンに氷漬けの傭兵を運んでもらい、三人で森へと向かう。
少し空が明るくなってきた。
もうすぐ夜が明ける。
「――この心臓、冷たいわ」
「なにっ!? こ、こりゃたまげたな……ウェンディゴが美女になったぞ!?」
「あっ、そうだゼット。これ秘密な! アンは良い女だろ?」
「しかし……こんなことがあるとは……。魔法で驚かしてやれたかと思ったが、まさかわしのほうが驚かされるとは……。いろいろな国を渡り歩いて、ずいぶん変わったものを見てきたつもりだったが……人に姿を変えるモンスターは初めてだな。ははっ、ははははっ! 世界はまだまだ広いな!」
「早く服をちょうだい」
「ああ、すまん。はいこのローブ、俺のだけどな……」
アンに着ていたローブを渡す。
肉を運ぶのに予備の分は使ってしまった。
やっぱ寒いな……。
これから戦闘か。
まさか上半身裸で臨むことになるとは思わなかった。
「フーは……裸で良いの?」
「よくはない……が、まぁ仕方が……あっ、そうだこいつからローブ剥ぎ取ればいいか。ちょうど良かった」
襲撃してきた傭兵はまだ少し凍っているので、出血もなくローブは綺麗なままだ。
ただし、厚手の布地もしっかり凍っており、はやたら脱がせにくい。
なんとか頑張ってはみるものの、指先が張り付いて千切れそうなほど冷たい。
脱がしきる頃には、ローブも俺の指も使い物にならなくなりそうだ。
「ゼット、これ魔法で溶かせないのか?」
「ああ~……、わしはそう言う繊細な操作は苦手でなぁ。加減を間違って燃やしてしまうかもしれん」
少なくとも氷が解けて乾燥するまでは半裸でいる必要があるようだ。
また周りの傭兵連中から変な目で見られそうだな。
だがあまりのんびりもしてられない。
仕方ない、上着は諦めるか。
半裸か……寒いな。
気が滅入る。
「しかしアン、やっぱり今の姿に戻るには、人の心臓が必要みたいだなぁ」
「そうね。シカの心臓じゃダメだったわ……」
「良いじゃないか。鹿より人の方が見つけやすいぞ?」
「いやゼット……、お前は何気にえぐいところあるよなぁ」
「そうか? それにしてもウェンディゴ、名前は――アンか、喋ることができるとは驚いたぞ。逃げる時は担いでくれな!」
「ええ、今日の料理は素敵だったわ。逃げる時はフーのついでにもっていってあげるわね」
「ありがたい! いやぁ、フー! こいつはいい女だなぁ。大切にしろよ!」
「ああ……確かに。そうだな……」




