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第11話 ゼット

 やっと発見した晩飯候補――ヘラジカはかなりでかい。

 アンと同じような立派な角を持ち上げ、こちらを警戒している。

 そういやアンは女だが角ある。

 ヘラジカ的に彼女はどう見えてるんだろうか。

 相当な化物だと思うのだが……意外に逃げ出さないな。

 何かヘラジカ的にゆずれないものがあるのかもしれない。

 アンが駆け出すと同時にヘラジカもこちらへと向かってくる。

 そうしてお互いに一定の距離まで近づくと、一度大きく伸びあがるように体を持ち上げ、そのまま相手へ向かって振り下ろすように角を叩きつける。

 森に凄まじい衝撃音が響く。

 だが――、勝負になっているように見えたのもそこまでだった。

 巨大なヘラジカも、さすがにウェンディゴにはかなわないようだ。

 そのまま首をへし折られ、ヘラジカは絶命する。

 やはりアンの力は相当なものだ。

 倒れ伏したヘラジカが勢い余って地面にめり込んでいる。


「わざわざ相手の流儀に付き合ってやるなんて律儀だねぇ……ま、解体するからちょっと手伝ってくれ」

「フフッ、イイヅツキダッタワ」


 アンにヘラジカを釣り上げてもらい、皮をはがし肉をとる。

 これほどの大物を捌くのは初めてだ。

 ワクワクする。

 だが、さすがに悪魔の力を使っても骨が折れる。

 ローブを脱ぎ、半裸で作業しているが、それでも体からはとめどなく湯気が立ち上がる。

 解体作業をしているとなぜか強い酒で喉を焼きたくなってくる。

 いい加減急がねば日が暮れてしまうな。

 これでも川が近く、アンが肉を支えてくれているおかげで、かなり作業効率は良いはずなのだが……いかんせん体がでかすぎる。

 部分肉まで切り分けた頃には、手持ちのナイフどころか手斧までも、ほぼ切れなくなってきた。

 のこぎりか砥石でもあれば全然違ったのだろうが……贅沢を言いだしたらキリがないか。

 うまくいかず焦ってしまい、少なくない量の肉を無駄にしてしまった。

 もったいない。

 立派なシカだったのに申し訳なくなるな。

 皮もかなり傷つけてしまい、ところどころ破けている。

 何かには使えそうだが……売り物にはならないな。

 頭周りの肉も食えそうだったが、アンが微妙な顔でヘラジカの生首と見つめあっていたのでやめておくことにした。

 角を回収し、舌だけ引っこ抜いて、頭部はその場に転がしておく。


「どっかのウェンディゴみたいに化けて出てくれるなよ……」

「……ダレノコトカシラ?」


 最後に川へ飛び込み、血と脂で汚れた体を洗う。

 熱を溜め込んだ体に、一瞬の爽快感。

 実に素晴らしいが、すぐに手足がしびれるように冷えてくる。

 だめだ、死ぬわ……悪魔も寒さには勝てないようだ。


「いやぁ、大変だったが……へへへっ、すばらしい肉が大量に手に入ったな! できれば干し肉なんかも作りたいが、明日城攻めとか言ってたしなぁ……。物欲しそうな傭兵や兵士見つけて、調味料なんかと交換してもらうか。塩がもっと欲しいとこだ。しっかし……角のストックがどんどん増えていくな。あ……まずい……重すぎて身動きがとれん」

「……ソレ、モワタシガモツワヨ」

「助かる。うまく縛れば背負子にできそうだな」


 アンが着ていたローブを使い、なんとか角を背負える形へ組み合わせる。

 四本もあるとどうもうまくまとまらない。

 パズルだな。

 結果、見た目はややとっ散らかってはいるが、何とか背負子のような形で固定できた。

 ただしアンのローブはもう原型を留めていない。

 街攻め中にまた死体から剥ぎ取るか……。

 角で組んだ背負子にヘラジカの皮をかぶせ、その上に肉塊を乗せていく。


「見た目はかなりひどいが、これで腹いっぱい肉が食えそうだな!」

「タノシミネ」


 アンは肉を落とさないよう慎重に歩き、俺その周りをちょろちょろと走り回り、持てるかぎり薪を拾う。

 そうして野営地へ着く頃には、すでに日はかなり落ちており、ほとんどの兵士たちは食事を終えていた。

 これから火をおこそうとしているのは俺達くらいのようだ。


「おお! なんと見事なヘラジカ! これはうまそうだ……」

「なんだ爺さん? もし塩持ってるなら分けてやってもいいぞ?」

「あるともあるとも! 他にも色々持ってるぞ! よしよし、せっかくだし一緒に調理して食おうじゃないか。ひっひっひっ、こりゃうまそうだな! 火はおこしてある、こっちだ、こっち――」


 火をおこすのに良い場所はないかと探していると、怪しい爺さんがヨタヨタと近寄ってきた。

 頭は綺麗に禿げ上がっているが、その分たっぷりと髭をたくわえている。

 意外と上等なローブを着ており、血色も良い。

 金には余裕がありそうだ。

 後は小さな鞄を背負っているだけで、武器らしい武器は持っていない。

 傭兵として参加しているところを見ると、何かしらの攻撃手段はあるはずだが……、特に動きに洗練されたところがあるわけでも無い。

 ただ、なぜか――俺の悪魔はこの爺さんを恐れている。

 妙だ。

 ウェンディゴを前にしてもこんなことはなかった。

 ただ少し声を掛けられただけなのに、なぜか足がすくむ。


「なんだこりゃ……? なぁ、爺さん、あんた何者だ?」

「あ? わしは傭兵だぞ?」

「まぁ、そうだよな……う~ん、なんかおっかないんだよなぁ。まぁ、いいか、料理手伝ってくれ」


 とはいえ、明確に何かあるわけでも無い。

 どうせ食いきれないほど肉はあるし、盗まれるようなものも持っていない。

 突然殺しに来たとしても……まぁ何とかなるだろう。

 アンも特に警戒した様子はない。

 それより料理ができるのならば、ぜひ手伝わせたい。

 塩の残りも少なかったので丁度いい。

 アナグマと茸で使いすぎた。

 

「よしきた!」

「んじゃ、肉適当に切り分けていくから、調理は任せるぞ。焼くなり煮るなり好きにしてくれ。あー、あとキノコもあるぜ」

「おお、やるなぁ! 若いのによく森を知ってるじゃないか!」

「じゃあ適当に頼んだぞ。ちなみに、おれは濃い味が好きだ」

「ははっ、わしもだ、任せろ!」


 どうやらこの爺さんに料理させたのは正解だったようだ。

 かなり料理馴れしているようだ。

 鞄から取り出した調味料の種類もやたら多い。

 調理用のナイフも俺のと違いよく切れるようだ。

 あの切れ味は定期的に砥石で磨いているはずだ。

 あとで借してもらおう。

 それにしてもやたら楽しそうに料理するな。

 キノコの匂いを凄い勢いで嗅いでいる。

 そのまま鼻に突っ込みそうな勢いだ。

 やたら幸せそうに味見を繰り返しているのは気になるが、どうせ食いきれないほどあるのだ。

 けち臭いことは言わないでおこう。

 完成品がうまければ何の文句もない。


「よーし、もう少し煮た方がうまいくはなるが、もう十分食えるな」

「いいね。たまらん匂いだなぁ~。アンもほら、食えよ」

「……」


 爺さんから渡された木椀をそのままアンへと受け渡す。

 アンは椀を口へと運ぶが、コツンと椀が骨にぶつかり、動きを止める。

 なんだか戸惑っているようだ。

 まぁ頭鹿だもんな……。

 うまく食べる方法をいろいろと試みているようだが、最終的に口をパカッと開けて椀の中身を流し込むように食っている。

 椀ごと食えそうだな。

 少し咽ているところを見ると、熱いのかもしれない。

 そりゃそうか……次はフーフーしてから渡してやろう。

 爺さんはその様子を驚いたように見ている。


「なっ……なんと、そいつも……飯を食うのか?」

「うん? そりゃあ生きてるんだし、食うだろ?」

「……ははっ! それもそうだな! さぁ、お前もはやく食え」

「う~ん、いいなぁ! うまいわ、これはうまい。うさんくせぇ爺さんだと思ったけど、任せて良かったぜ」

「ゼットだ。わしは魔法使いのゼットだ」

「俺はフー・ジッド。魔法使いか、ふ~ん、魔法使いな。……なんだそりゃ?」

「まぁ……なんだ、この辺じゃあんまりおらんからなぁ。説明が面倒だが……あれだよ、飛び道具使って敵をぶっ殺す感じだ。明日の街攻めで見せてやるぞ!」

「へ~、あんまよくわからんが……分かったわ。アンの分お替りもらえる?」

「どうでもよさそうだなぁ……」


 よくわからないので適当に返事をすると、爺さん――ゼットはしょんぼりとしてしまった。

 つまらなさそうに汁椀を渡してくる。


「ゼットはこの辺の生まれじゃないのか?」

「ああ、南のレナス王国から来た。昔いろいろあってなぁ~、国を追放されたもんで、傭兵しながらうまいものを食い歩いとる」

「国を追放って……何やらかしたらそうなるんだよ」

「王城の一部を吹っ飛ばしてやったんだよ! ひひっ」


 気さくで人の良い爺さんかと思ったら、なかなか危ない奴だったようだ。

 国を追放とは相当なものだ。

 単なる犯罪者なら殺されている。

 追放ということは、それなりの地位にあったが……国として持て余したということだ。

 嘘みたいな話ではあるが、俺の悪魔も怖がっているし、あまり深くかかわらん方が良いのだろうか。

 まぁ、難しいことは後で考えよう。

 今は飯だ。


「今度は焼くか! この背中の肉は焼きで食ってみたかったんだ」

「その間にあばら肉も煮込んでおこうぜ。放っておいて明日朝食ったらきっと柔らかくなって、相当うまいだろう」

「おおっ、いいなそれ!」


 それから暫く、ゼットの話を聞きながら、延々と肉と茸を貪り食った。

 嘘か本当か、南の王国の実に不思議な物語ばかりだったが、その話しぶりが面白く、ついつい聞き入ってしまう。

 特に南の辺境にいるという、恐ろしく大きな体を持つ、地獄の化け物たちの話は面白かった。

 そいつらは何とウェンディゴよりはるかにでかいらしい。

 ほんとうにそんな化物がいるのならば、一度くらい見てみたいものだ。


「さすがに食いすぎたな……。ゼット、料理うまいな」

「いやぁ、うまかったな! こんないい晩飯は久しぶりだ。お前さん達と一緒にいると食い物には困ら無さそうだなぁ。しかしそのウェンディゴ……アンだっけ? 恐ろしくよく食うなぁ」

「……ン」


 俺もかなり食ったが、ゼットも爺さんとは思えないほどよく食った。

 とはいえ、圧倒的に食ったのはアンだ。

 少なく見積もっても俺の三倍は食っている。

 ヘラジカ食いたがってたもんな……。

 その人間離れした骨格故に、最初は苦労していたようだが、途中から慣れてきたのか、あるいはただ人らしく食べるのを諦めたのか……大きな口にポイポイと食い物を放り込んでいた。

 あんな食い方で味が分かっているのか謎だ。

 楽しみにしていたヘラジカ肉なので、ぜひ味わって食って欲しい。

 それにしても不思議な体だ。

 やはり体形に合わせて食う量は変わるようで、人型の時より圧倒的によく食う。

 森では食料に事欠かないだろうが、街に着いたら早々に人型の戻ってほしい。

 さすがに燃費が悪すぎる。

 どこかで心臓を調達しなければな……。

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