処刑寸前だった悪役令嬢は男装騎士となって自称聖女に『断罪返し』する。
「シンディー・マクブライド! お前との婚約を破棄する!」
王城で開かれた夜会で、私は婚約者のブルース・サリンジャー侯爵子息からそう言い渡された。
赤い髪を上げ、金の刺繍が施された服を纏う彼の隣――本来であれば婚約者が立つべき場所にいるのは水色の髪に赤みを帯びた瞳を持つ女性、スージー・オキーフ子爵令嬢。
彼女は華美なドレスに身を包み、レースのあしらわれたオペラグローブで二の腕あたりまでを飾っている。
彼女は子爵令嬢という下位貴族の立場でありながらも、社交界では大きな地位を築いていた。
世界に一人、神に認められた者に与えられるとされる『癒しの手』を持つスージー。
彼女はその両手で人々の病や傷を治す事が出来た。
「お前は聖女であるスージーを危険に晒すような真似を何度もした! 彼女の頭上から植木鉢を落とし、学園の魔法の授業ではわざと魔物の群れの中に孤立させ、そしてあろうことか――彼女を殺害しようとしたのだ!」
聖女というのが、『癒しの手』を与えられた者の呼び名である。
「聖女を害する事は神を害する事と同じ! 神の怒りを買ってもおかしくない行いだ!」
私へ向けて次々と投げられる言葉。
それを聞きながらも私の心は冷めきっていた。
ブルースの言う事は何一つ正しくない。
王立学園の魔法科に通う私とスージーは同級生であり、必然的に接する機会はあった。
異性に愛嬌を振りまき、同性や庶民に対してはわがまま放題。そして私の婚約者であるブルースへ友人としては不適切な程の接触を行っていた彼女に、思う事はいくらでもあった。
それを抜きにしても私は、直感的に彼女を苦手だと感じていた。
だがそれでも私は、彼女に手を出していない。
聖女を害する者がどんな罰を受けるのか、想像できない訳がなかったから。
彼女の頭上に設置されていた植木鉢は上に誰もいないまま独りでに落ちたし、野外授業でスージーは私や他の同級生の制止を聞かずに森の奥へ入って迷ってしまった。
殺害云々に関しては……本当に覚えがない。
彼は正しくない。
けれどこうなってしまった以上、私にできる事はない。
「シンディー様から、悪しき気配が感じられます……っ! きっとシンディー様は邪神に憑りつかれてしまっています!」
スージーが涙ぐんでそう言った。
周囲の者の視線が一斉に私へと集まる。
その全てが敵対的な、鋭いものであった。
(なるほど。どうやら彼女は聖女ではないようね)
その昔。闇の力を司る邪神から力を譲り受けた者を、当時の聖女は見破ったという。
その言い伝えが事実だとするならば、何の心当たりもない私を邪神の影響を受けた者であるなどと言ったりはしないはずだ。
それとも、私自身も気が付かない内に邪神の力に侵されてしまったとでもいうのだろうか。
まあ、今更考えたとて遅い。
この国で聖女の言葉は絶対。
彼女が私を悪と呼べばそれが正しくなってしまう訳だ。
「即刻、その者を捕らえよ!」
その場にいた国王陛下が顔を青くさせ、騎士に指示を出す。
私はあっという間に捕らえられてしまった。
「彼女を大聖堂へ連れて行け! 浄水を以て清め、それでも効果がない場合には――国に危機を招く存在として処刑する」
陛下が私を見据える。
「何か言う事はあるか。シンディー・マクブライド侯爵令嬢」
「私に申し上げられる事があるとするならば、私が無実である、という事だけでしょう」
陛下の顔が険しくなる。
彼が「連れて行け」というと、私は騎士達によって外へと連れ出され、馬車へと乗せられる。
向かう先は国一番の大聖堂。
ここで私は多くの神官に囲まれたまま水を被せられ、おまけに長々と典礼文を聞かされる事になるだろう。
だがその先の結果は決まっている。
ブルースの婚約者の座を狙っていたのか、それとも私が気に入らなかったのか。
理由は定かではないが、濡れ雑巾のようになった私を見てスージーはこう言うだろう。
――『邪神の気配はまだ消えておりません』と。
そうなれば私は間違いなく首を刎ねられる。
だが残念ながらそれはごめんだ。
手を縛られ、騎士に両脇を挟まれる形で乗った馬車の中。
私は魔法を使う。
私の手に巻き付けられていたのは拘束者の魔法を封じる為の縄であったが、そんな事は私には関係ない。
縄が許容できる以上の魔力を放出すればいいだけなのだ。
魔力を一度に放出すれば、縄は簡単に弾けて消えた。
「な……っ」
異変に気付いた騎士が慌てて私を抑え込もうとする。
しかし私は瞬時に両手を強固な氷で包み込み、その騎士の鳩尾へ一発お見舞いする。
苦しげな声と共に騎士が崩れ落ちた。
残りの騎士が慌てて「馬車を停めろ!」と指示を出す。
馬車が大きく揺れた。私はバランスを崩したふりをする。
するとそれを好機と思った騎士が距離を縮め――私はその腹に膝蹴りを入れた。
こうして邪魔者を始末した私は馬車から転がりだし、急いで夜の闇へと飛び込んだ。
流石は王立学園魔法学科の実技成績首位、そして任意受講の剣術の授業でも上位に食い込んだ私。
誰も褒めてくれないので自分でそう褒めてあげながら、私は夜の街を駆け抜けた。
私はまだ、死ぬわけにはいかないのだ。
***
それから半年間、私は王都を外れて息を潜めていた。
庶民の生活に慣れるには時間が掛かったが、幸い冒険者として生計を立てるには苦労しなかった。
魔法の才に恵まれ、運動能力も平均以上はあったお陰だ。
私が脱走して暫くは王都も騒がしかったようだが、どうやらスージーが神が私の死を告げたと皆に言ったらしく、私の捜索は数ヶ月前に打ち切られた。
国としては国を滅ぼす可能性すら秘めた悪しき存在を野放しにする事など絶対に出来ないが、スージーにとっては無罪の侯爵令嬢が身一つで逃げただけ。
いつまでも騒いでいる周囲に嫌気でも差したのだろう。
そもそも、侯爵令嬢が何も持たず逃げ出した後、無事生きている可能性の方が低いという事もあるのだ。
そんなこんなで半年が経った頃。
荷物を纏めた私は世話になった宿の古ぼけた鏡の前に立つ。
長く丁寧に伸ばされた髪はすっかり短くなり、胸にはさらしを巻いている。
ドレスどころかワンピースすら着なくなった私は代わりに男物のズボンを穿いていた。
そして腰に携えるのは片手剣。
すっかり剣士のような装いになった私は今日、王城直属の騎士団へ入団する。
背丈は男性にしては小柄だが、女性の割に長身であった事もあって不自然な小ささではない。
顔立ちも、夜会で多くの異性に声を掛けられる程には整っている自負があった。
お陰で男らしさは少なくとも中性的な姿に私は仕上がっていた。
こうして私は再び王都へと舞い戻ったのだった。
私は主に騎士団の後衛を担っていた。
万が一の時には剣も扱えるが、魔法の方がどうしたって適性があるのだ。
男所帯、本来ならば女子禁制の騎士団での生活に初めは苦労した。
毎日鍛錬で体力は尽きるし、命をかける場面だって多くあった。
何より決して正体がバレてはいけない。その緊張感が常に付きまとっていた。
しかしそれも半年が経つ頃には慣れ、騎士団の仲間達とも打ち解ける事が出来るようになった。
ただ、問題があるとすれば――
「やぁ、シド」
鍛錬の終わった時間、食堂へ向かう仲間を追いかけようとすると、背後から声を掛けられる。
シド。それが騎士団での私の名前だ。
私はいやいやながら振り返る。
銀髪に深い青色の瞳を持つ美しい見目の男性が立っていた。
服装からして明らかに格上。というよりも、そもそも私は彼の正体を知っていた。
我が国の王太子、ウィルフレッド様。
彼は何かを企んでいる様な不敵な笑みを浮かべて私へ近づく。
「ウィルフレッド王太子殿下」
「ウィルでいいと言っているのに。冷たいな」
彼と王城で出会ったのは三ヶ月前。
だが学園時代に私は同級生である彼の顔を何度も見た事があった。
初めは正体がバレているのかと思ったが、彼は私の正体に関する言及をしない。
だが何故だか、歳が近そうだからという理由から私に絡むようになったのだ。
「ただの一市民がそのような恐れ多い事」
「全く、生真面目な奴だ」
ウィルフレッド殿下は愉快そうに笑ったが、すぐに真剣な面持ちへと変わる。
「もしかしたら近い内に国に危機が訪れるかもしれない。その時は君達の手も借りる事になるだろう」
「危機、ですか」
「ああ。……君は且つて神を怒らせた国の末路を知っているか」
「はい。地は枯れ果て、家は崩れ落ち、雷が落ち続ける地となり――民は灰となって消えた」
「歴史にも通じているとは。君がただの騎士である事が惜しくてたまらないな」
その言葉が真意なのか、裏に何か考え合ってのものなのかはわからない。私は何も答えなかった。
ウィルフレッド殿下は空を見上げる。
「ここ一年で、国は緩やかに変化している。辺境の村では田が枯れ不毛となり、多くの民が飢えで苦しみ始めている。そして気が付けば……太陽は姿を現さなくなった」
ウィルフレッド殿下の視線の先には、ただ灰色の雲があるだけだ。
彼の言う通り、太陽の姿はない。
「君は、一年前に告発された邪神の遣いについて知っているか」
邪神の遣い――即ち邪神の力を得た者の事。間違いなく私の事だろう。
「はい。小耳に挟んだ程度ですが」
ウィルフレッド殿下は苦く笑う。
彼が何を考えているのかはやはり読めない。
「国が悪しき方へ歩んでいるのは死んだとされている邪神の遣いが生きているからなのだろうか」
「それはあり得ません。であるならば聖女様が授かったという神からのお告げが嘘である事になる」
「であるならば、何故聖女がいるのにこの国は荒れ続けているのだろうか。何故神が怒りを滲ませているのだろうか」
「それは……」
ウィルフレッド殿下は私の顔を覗き込む。
目を逸らせばやましい事がある事の証明となる。
私は身を固くしながらも見つめ返した。
すると殿下は満足そうに微笑む。
「――君は、あの聖女が本物であると信じるかい?」
私は小さく息を吐く。
それからこう言った。
「私に話したい事があるのであれば、端的にどうぞ」
彼の言葉で漸く確信した。
私が王都へ戻って来た理由と彼の目的は、どうやら同じものであるようだった。
数日後。一年前に私が身分を失った夜会が再び王城で開かれた。
私はウィルフレッド殿下の希望で夜会に参加する彼をお守りする任についた。
「昨年は公務で参加できなかったからな。今日は楽しませていただきたいものだな」
独り言か私に向けて投げた言葉か。汲むことが出来ず私は小さく頷くに留めた。
それから彼は暫く貴族達と挨拶を交わし、やがて――会場の中央へと向かって歩き出す。
「スージー・オキーフ嬢」
彼は着飾ったスージーの姿を見つける。彼女は一年前と同じ装いをしていた。
殿下はその精巧な作りの顔で笑みを象り、手を差し出す。
「どうか私と踊ってはいただけないだろうか」
傍にはブルースもいたが、社交界では同じ異性と踊り続ける事の方がタブー。
ウィルフレッド殿下のお誘いはマナー違反にはならない。
まさか王太子から直々に誘いが来るとは思っていなかったのだろう。
「はい、喜んで」
嬉々として彼女はウィルフレッド殿下の手を取った。
その時だ。
ウィルフレッド殿下の瞳が鋭く光る。
そして彼は――スージーの腕からオペラグローブを剥ぎ取った。
晒されるスージーの腕。
殆どの者はパーティーに興じていて気付かなかった。
だが、顔を蒼白とさせたスージーが慌てて腕を隠そうとし、近くにいたブルースはそれを見ていた。
「な、なんだその腕……ッ!」
ブルースの大きな声に、周囲の視線が集まる。
そして皆がスージーを見た。
スージーの腕は前腕の途中に縫い目が存在し、その前後で肌の色が大きく変わっていた。
それはまるで、誰かの腕を無理矢理縫い付けたかのようだった。
「最近、国の辺境――その森にある遺体が捨てられていたそうだ」
ウィルフレッド殿下は淡々と語る。
「近くの村では聖なる乙女と呼ばれ、外部から目を付けられぬよう大切に育てていた少女。一年程行方を晦ませていた彼女は、広大な森の中で魔物の餌食となったらしい。骨と僅かな持ち物だけが見つかった」
スージーは彼と目を合わせない。
周囲の者は固唾をのんで見守っていた。
「その白骨死体には不自然な点があった。――両腕の骨だけが見つからず、また、半ばまで残された前腕の骨は非常に綺麗な断面をしていた。…………聞いてもいいだろうか、スージー・オキーフ嬢」
びくりと、スージーの肩が跳ねる。
ウィルフレッド殿下の目つきが鋭くなる。
「何故、聖女でいる貴女が居り、貴女が仰った通りに邪神の遣いを裁こうとしたにもかかわらず――我が国は神の怒りを買っているのだろうか。何故……貴女の腕はまるで他人の腕を借りたかのような形なのだろうか」
重く苦しい沈黙が訪れる。
どれほど時間が経っただろうか。
「す、スージー……?」
ブルースが掠れた声でスージーの名を呼んだ。
スージーの肩がブルブルと震える。
そして彼女は――
血走った目をウィルフレッド殿下へ向け――両手を彼の首へ伸ばす。
しかし襲われている殿下は余裕の笑みを浮かべた。
そして――
私は剣を抜き、彼女の両腕に剣を振り下ろす。
「あ゛……ッ、アァァァアアアッ!!」
獣じみた悲鳴が上がる。
ごとりと彼女の両手が落ち、血が噴き出した。
それが殿下を汚さないよう、私は彼の前に立つ。
私は鮮血に顔や体を濡らしながら、スージーを睨む。
そして視線はそのまま、私は声を張り上げた。
「――国王陛下! お言葉ながら申し上げます! ウィルフレッド殿下のお話が事実だとするならば――そして彼に襲い掛かった事を鑑みるに、彼女こそ邪神の遣いに違いありません!」
その時、私の体が淡く光り出す。
予想外の事に動揺するが、今はそれよりも為すべき事がある。
「――どうか、国の未来を奪おうとしたこの者に裁きを!」
国王陛下は私の言葉に頷くと、声を張る。
「彼女を捕らえよ! 即刻、地下牢へ送り込み――死刑に処す!」
***
あれから半月が経った頃。
朝の鍛錬へ向かっていた私は、突然現れたウィルフレッド殿下に邪魔をされる。
仕方ないので彼の世間話に付き合ってやり、会話が途切れてから私はおずおずと問う。
「やはり、気付いておられましたね」
彼は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「さて。何の事だか。私があの時思ったのは――『ああ、『聖女』は男でもなれるのだなぁ』だが?」
「全く」
呆れたように息を吐いていると殿下はくつくつと笑いだす。
スージーはあの後、すぐに処刑された。
ブルースは、自分の見初めた女性が恐ろしい存在であった事、そして彼女の肩を持ってしまった事でこれから広まる自分の悪評に怯えているらしい。
恐らくは、国からも優しくはない罰が家に与えられるはずだ。
それから私は――『聖女』の特徴である聖なる光を発現したことで、多くの者から注目を集める事となった。
逃げるようにその場を去ったが、正直――バレるのも、勢力争いや国の事情に巻き込まれるのも時間の内だろう。
「何はともあれ……こうして長閑に空を見上げられるようになったのは、喜ばしい事ですね」
「ああ、そうだな」
私達は晴れ渡った空を見上げる。
「君は焦がれた相手の事をすぐに忘れられるか?」
「……そのような気持ちを抱いたことはないので、何とも」
相変わらず、真意の分からない問いだと思いながらも返す。
すると彼が笑う気配が傍から聞こえた。
「私は、一生忘れられないだろうと思う。顔、声、仕草や癖なんかも全てな。少なくとも」
ウィルフレッド殿下の手が私の頬へ伸びる。
彼は眩しいものを見るように目を細めていた。
「――一年程度では無理だろう」
海を彷彿とさせる美しい青。
吸い込まれそうなその瞳に見入ってしまっていると、殿下は私の顔から手を離した。
「ああ、そうそう」
数秒前の落ち着いた空気はどこへやら。
やけに明るい声で彼は話す。
「君は今日から王太子つきの護衛騎士になった」
「え?」
「だから、君が向かう先はこっち」
困惑している私をよそに、殿下は私の体の向きを反転させる。
そして私の手を引いてずんずんと歩き出した。
「ちょ……どういう事ですか!」
「そのままの意味だろう」
殿下が振り返り、屈託のない笑みを浮かべる。
彼は何故だか非常にご満悦そうであった。
それから彼は私の耳に顔を寄せ
「これからずっと、私の傍に居るように」
くすぐったいやら恥ずかしいやらで赤くなる私をよそに彼は挑発的な笑みを浮かべた。
「よろしく頼むぞ? ――私だけの、護衛騎士殿?」
聖女であり騎士であり……王太子の護衛である私。
腹の底が見えない主人に仕えた先では更に忙しなく、また彼に振り回され続ける日々が待っているのだが。
……それはまた、少し先の話だ。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、またご縁がありましたらどこかで!




