『みじかい小説』043
五十歳を過ぎた頃、両目の視力が急激に弱まった。
最初は老化かなと思ったものの、あまりに異常なその変化に、私は急いで病院にかけこんだ。
医者はなんだか長ったらしい名前の病名を告げて、いずれ私は完全に失明するだろうと告げた。
「ただいま」
家に帰ると、両親がこたつに座り何やら世間話をしていた。
「おかえり。どうだった?眼医者は」
柿を頬張りながら、母が尋ねる。
すぐに答えることができなかったのは、それほど動揺が大きかったからに違いない。
私は「ちょっと待って」と告げて、洗面所に立ち手を洗い、顔を洗い、鏡を見てから、ようやく両親に打ち明けた。
「失明って、そりゃあ、大変なことじゃないか」
口の端に唾をためながら、父が言う。
「うん。人にもよるけど、大体一年で完全に見えなくなるんだって」
私はつとめて冷静に話した。
こたつの上の柿に突き立てられたフォークに手を伸ばす。
しばらくの沈黙の後、「じゃあ、これからのこと、いろいろ考えていかないと、ね」と母がことさらに明るい声で言った。
「そうだね、失明しても、人生は続いていくからね。なんなら二人が死んだ後も」
私は柿を頬張りながら、母の声のトーンに合わせるように言った。
それから、私の視野は、日を追うごとに狭まっていった。
だんだんと見える範囲が狭まっていくのは恐怖というより、むしろ不便の方がまさり、私はなにかにつけて苛立つようになっていた。
そんな中、つい両親に当たってしまうような時は、決まって父が「俺たちが死んだら、当たる相手もいないんだぞ。今からそれでどうする」などと小言を言った。
今、完全に目が見えなくなり、私は専門家の助けを借りて日々暮らしている。
援助のおかげで数年前、相次いで他界した両親の葬式も、なんとか執り行うことができた。
見えない目で、世の中を、見る。
天国か地獄か知れないが、いずれ再び出会うかもしれない両親の顔を瞼の裏に思い描きながら、今日も私は生きてゆく。
残された五感を駆使して、たくましく、たくましく。




