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呉宮史桜の優雅な放課後  作者: 詩央
Case.04【虚ろな影】

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31/42

day2.2─無人の放送室─

 夕暮れの校舎は、昼間とはまるで別の世界のようだった。

 グラウンドの喧騒も止み、廊下を渡る風がどこか冷たく感じられる。


 絢葉と奏汰は、靴音を響かせながら昇降口を抜けていく。

 放課後の光が、長く伸びた二人の影を床に映していた。


(あれだけ張り切ってたけど、結局、呉宮先輩は来ないんだなぁ……)


 小さくため息をつく絢葉の横で、奏汰があくび混じりに言う。


「なぁ、早く帰りてぇんだけど」


 その言葉とほぼ同時に、下校時刻を告げるチャイムが鳴った。

 校内には、もう生徒の気配はほとんど残っていない。


「それで、どっちから行くんだ?」


「呉宮先輩からは、先ずは放送室を調べるようにって」


「なるほどな」


 奏汰はポケットに手を突っ込んだまま、気怠げに頷く。

 窓の外では、夕陽が沈み、校庭が徐々に夜の闇に沈んでいく。



────



 その頃、優雅部の部室では。

 一人残った史桜が、机の上に湯気を立てる紅茶を置いた。


「下校時刻後の学校で飲む禁忌の紅茶──ふむ、それもまた優雅」


 軽くカップを傾け、夜の校舎を見下ろすように窓の外を眺める。

 月明かりが静かに差し込み、ガラスに彼の微笑が映った。


「……さて、どうなるか」



────



 放送室が見える廊下。

 絢葉と奏汰は、壁際に身を寄せて様子を窺っていた。


「どうせなら、二手に分かれるのも良いとは思うんですが……」


「夜の学校にお前一人は危ないって、呉宮が言ったんだろ」


「そ、それはそうかもしれないですけど……」


 そんな会話を交わしたその瞬間──。


 校舎全体に、突如として音楽が鳴り響いた。

 体育祭で流れるあの軽快なBGM。

 昼間のざわめきが甦ったかのように、無人の校舎に弾む音が満ちる。


「っ……! これ、まさか!」


 驚く絢葉とは対照的に、奏汰は特に動じた様子もなく言った。


「ずっと見張ってたけど、人の出入りは無かったよな」


「はい……放送室には鍵も掛かってましたし」


「だったら、元から中に居て、内側から鍵かけてたんだろ」


 奏汰はポケットから小さな金属製の道具を取り出した。

 器用な手つきで鍵穴をいじると、わずか数秒でカチャリと音が鳴る。


「……開いた」


 扉を引くと、ガラッと音を立てて放送室の中が露わになる。


 だが──そこには誰の姿も無かった。

 そして次の瞬間、流れていた音楽がぴたりと止んだ。


「え……!? そんな……」


 絢葉は駆け寄って放送機器を確認する。

 電源ランプは消えたまま、スイッチもすべてオフの位置。

 それでも、確かに先ほどまで音は鳴っていた。


 絢葉は慌ててスマートフォンを取り出し、史桜に電話をかけた。


『ああ、こちらでも聴こえたよ。──なるほど、実に奇妙だね。念のため、一度その場を離れて再度様子を見てみよう』


「わかりました」


 二人は指示に従い、放送室から少し離れた廊下へ移動した。

 廊下の奥は闇に沈み、薄暗い照明がぼんやりと揺れる。


 ──数分後。


 再び、あのBGMが流れ出した。

 どこか遠く、しかし確かに校舎全体に響いている。


「また……!」


 二人は走って放送室へ戻る。

 扉を開けた瞬間、またしても音は止んだ。

 中は静寂に包まれ、放送機器の電源も依然として落ちたままだ。


「……どうなってるんですか、これ」


 絢葉が困惑していると、背後から声がかかった。


「どうだね? 調子は」


 振り向くと、初老の男性教師──三年学年主任の飯沼が立っていた。


「あ、飯沼先生……」


 絢葉が状況を説明すると、彼は顎を撫でながらゆっくりと頷いた。


「ふーむ。我々で調べた時と同じだね。校庭の人影の話は聞いたかな? あれも、例によって今夜も現れたらしい。見回りが確かめに行った時には、もう姿が無かったそうだ。暗がりでは隠れる場所も多いが、確証が無ければ何とも言えん。……兎も角、今日はもう帰りなさい」


 通話越しにそれを聞いていた史桜の声が、少しだけ落ち着いた調子で届く。


『そうだね。今日はもう進展は望めないかもしれない。──東雲君、撤退しよう』


「……わかりました」


 絢葉は頷き、奏汰とともに静かな廊下を歩き出す。

 窓の外では、風がグラウンドの砂をさらっていった。


 夜の学校は、再び、何事もなかったかのように沈黙を取り戻していた。


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