day2.1─潮風の香り─
待ちに待った夏休み。
朝の駅前は、夏の日差しを受けて白く眩しい。
人波の中、つば広の帽子に白のワンピース。その上に薄手のカーディガンを羽織った絢葉は、小さめのキャリーケースの持ち手を握りしめながら、改札口の方を見やった。
待ち合わせ時刻より少し早い。だが、すでに見慣れた二人の姿があった。
「おー、絢葉!」
手を振るのは京香。
隣には文子。どちらも夏らしい装いで明るい笑顔を絢葉に向け、いかにも夏休みを楽しむ女子高生そのものだ。
「二人とも早いね」
「だって楽しみなんだもん!」
京香が笑いながら、駅の外の青空を見上げる。
「海行くのは中二の時ぶりかー」
「絢葉がチャラ男にしつこくナンパされたやつね!」
二人の会話に絢葉が苦笑する。
「今回はきっと大丈夫だよ」
「あー、“ボディーガード”ね!」
文子がニヤリと笑う。
そんな会話をしながら、三人の視線は駅の入口の方へと向く。
「……あ、来た」
のそのそと現れたのは、黒いキャップに白いTシャツ、薄手のパーカーを羽織った背の高い少年。
天野奏汰。
制服のときよりもずっとラフだが、その無造作な髪と鋭い目つきが、彼の静かな印象をより際立たせていた。
「おはようございます、天野先輩!」
京香が元気よく声を掛ける。
「おはようございまーす!」と文子も続いた。
だが奏汰は軽く頷いただけで、目を伏せたまま短く返す。
「……おう」
それだけ。
再び沈黙。
(……あれ? なんか思ってたより、ガチ無愛想な感じ?)
京香が小声で絢葉に囁く。
(ねぇ、もっとこう、“静かなイケメン”的な雰囲気じゃなかったっけ?)
(まあ、慣れたら普通だから)
絢葉は苦笑して返した。
そんなやり取りをよそに、奏汰はホームの方へ歩き出す。
「行くぞ」
その背中を追うように、三人は小走りでついていった。
────
電車はほどなく発車し、都心を離れるにつれて窓の外の風景が変わっていく。
ビルの並ぶ街並みが次第に低くなり、やがて緑が増え、川沿いの田畑が広がる。
車内では、京香と文子が絶えず話していた。
「ねぇねぇ、今回の海って“双葉浜”っていうんだっけ?」
「そうそう。昔から“海の心霊スポット”としても結構有名らしいよ」
「マジで? それはテンション上がる!」
「いや、上がる方向おかしいから」
絢葉は笑いながら、窓の外へと視線をやる。
陽光を受けてきらめく田園の緑。その向こうに、かすかに見える青い水平線。
夏の匂いが、すぐそこまで来ていた。
奏汰は隣の席でイヤホンを耳に差し、窓の外を見つめたまま微動だにしない。
その横顔はどこか遠く、まるで誰とも関わらずに旅をしているようだった。
絢葉はそんな彼を横目に見ながら、そっと息を吐いた。
────
電車に揺られること約二時間。
やがて車内アナウンスが「次は、双葉浜──」と告げる。
ホームに降り立つと、潮の匂いがふっと鼻をくすぐった。
見上げれば、どこまでも澄んだ青空。
目の前には小さな観光地らしい駅舎と、海風に揺れるヤシの飾り旗。
「うわぁ……!」
文子が歓声を上げた。
「めっちゃ海っぽい! 夏って感じ!」
「ほんと……空気が全然違うね」
京香も感嘆の息を漏らす。
絢葉は潮風に髪を揺らしながら、にこりと笑った。
「じゃあ、まずは宿に荷物置いてから、海行こっか」
その声に、京香と文子が元気にうなずく。
その後ろを、奏汰がゆっくりと歩く。
照りつける太陽の下、四人の影が、ひとつの旅の始まりを告げるように伸びていた。




