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呉宮史桜の優雅な放課後  作者: 詩央
Case.03【盛夏の潮騒】

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21/42

day2.1─潮風の香り─

 待ちに待った夏休み。


 朝の駅前は、夏の日差しを受けて白く眩しい。

 人波の中、つば広の帽子に白のワンピース。その上に薄手のカーディガンを羽織った絢葉は、小さめのキャリーケースの持ち手を握りしめながら、改札口の方を見やった。

 待ち合わせ時刻より少し早い。だが、すでに見慣れた二人の姿があった。


「おー、絢葉!」

 手を振るのは京香。

 隣には文子。どちらも夏らしい装いで明るい笑顔を絢葉に向け、いかにも夏休みを楽しむ女子高生そのものだ。


「二人とも早いね」

「だって楽しみなんだもん!」

 京香が笑いながら、駅の外の青空を見上げる。

「海行くのは中二の時ぶりかー」

「絢葉がチャラ男にしつこくナンパされたやつね!」

 二人の会話に絢葉が苦笑する。

「今回はきっと大丈夫だよ」

「あー、“ボディーガード”ね!」

 文子がニヤリと笑う。


 そんな会話をしながら、三人の視線は駅の入口の方へと向く。

「……あ、来た」


 のそのそと現れたのは、黒いキャップに白いTシャツ、薄手のパーカーを羽織った背の高い少年。

 天野奏汰。

 制服のときよりもずっとラフだが、その無造作な髪と鋭い目つきが、彼の静かな印象をより際立たせていた。


「おはようございます、天野先輩!」

 京香が元気よく声を掛ける。

「おはようございまーす!」と文子も続いた。


 だが奏汰は軽く頷いただけで、目を伏せたまま短く返す。

「……おう」


 それだけ。

 再び沈黙。


(……あれ? なんか思ってたより、ガチ無愛想な感じ?)

 京香が小声で絢葉に囁く。

(ねぇ、もっとこう、“静かなイケメン”的な雰囲気じゃなかったっけ?)

(まあ、慣れたら普通だから)

 絢葉は苦笑して返した。


 そんなやり取りをよそに、奏汰はホームの方へ歩き出す。

「行くぞ」

 その背中を追うように、三人は小走りでついていった。



────



 電車はほどなく発車し、都心を離れるにつれて窓の外の風景が変わっていく。

 ビルの並ぶ街並みが次第に低くなり、やがて緑が増え、川沿いの田畑が広がる。

 車内では、京香と文子が絶えず話していた。


「ねぇねぇ、今回の海って“双葉浜”っていうんだっけ?」

「そうそう。昔から“海の心霊スポット”としても結構有名らしいよ」

「マジで? それはテンション上がる!」

「いや、上がる方向おかしいから」


 絢葉は笑いながら、窓の外へと視線をやる。

 陽光を受けてきらめく田園の緑。その向こうに、かすかに見える青い水平線。

 夏の匂いが、すぐそこまで来ていた。


 奏汰は隣の席でイヤホンを耳に差し、窓の外を見つめたまま微動だにしない。

 その横顔はどこか遠く、まるで誰とも関わらずに旅をしているようだった。


 絢葉はそんな彼を横目に見ながら、そっと息を吐いた。



────



 電車に揺られること約二時間。

 やがて車内アナウンスが「次は、双葉浜──」と告げる。


 ホームに降り立つと、潮の匂いがふっと鼻をくすぐった。

 見上げれば、どこまでも澄んだ青空。

 目の前には小さな観光地らしい駅舎と、海風に揺れるヤシの飾り旗。


「うわぁ……!」

 文子が歓声を上げた。

「めっちゃ海っぽい! 夏って感じ!」

「ほんと……空気が全然違うね」

 京香も感嘆の息を漏らす。


 絢葉は潮風に髪を揺らしながら、にこりと笑った。

「じゃあ、まずは宿に荷物置いてから、海行こっか」


 その声に、京香と文子が元気にうなずく。

 その後ろを、奏汰がゆっくりと歩く。

 照りつける太陽の下、四人の影が、ひとつの旅の始まりを告げるように伸びていた。


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