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呉宮史桜の優雅な放課後  作者: 詩央
Case.01【消えるピアニスト】
10/11

day9─そして、明日へ─

 翌週、絢葉は奏汰と共に、こっそりと廊下から吹奏楽部の練習の様子を覗き込んでいた。


 休憩時間、山野辺がピアノに向かい、あの曲を弾き始める。

 旋律はまだ完全とはいえないが、以前のように音を外すことはなく、確かな前進を感じさせた。

 演奏を終えると、古谷や他の部員たちから自然と拍手が湧く。

 山野辺は照れくさそうに笑い、仲間と談笑を交わした。


「……山野辺先輩、もう大丈夫そうですね」

「そうだな」

 二人はその場を静かに後にする。

 廊下を歩きながら、絢葉が思い出したように問うた。

「そういえば天野先輩、なんで先週、旧音楽室の鍵だけ開けて帰っちゃったんですか?呉宮先輩の推理、凄かったのに」

「いや、あんなん絶対しんみりした雰囲気になるだろ?そういうのダルいし」

「えぇ……」


 絢葉の呆れ声に、奏汰は肩をすくめて小さくため息を漏らした。


 その頃、音楽室では。


「麻美、すごいじゃない! もうスランプともおさらばね!」

 古谷が満面の笑みで声をかける。

「ううん、まだまだだよ。でも……ありがとうね、果歩」

 山野辺も笑い返す。

「全然!でも、もう私が必要以上に頑張らなくてもいいかな?」

「……どういうこと?」

 古谷は照れ笑いを浮かべた。

「実はね、高校に入ってすぐの頃から、時々由美先生にピアノを教えてもらってたの」

「え……? お母さん、そんなこと全然……」

「私が麻美にはナイショにしてってお願いしたから! でも麻美が調子を崩して……なら、その間だけでも私が代わりになれればって思って、もっと頑張ってたんだよ。結局、あんまり上手くはいかなかったけど」

 山野辺は驚きに目を見開き、やがて小さく笑った。

「……そうだったんだ。ありがとう、果歩」

 こぼれた涙を、彼女は笑顔のまま拭った。

 その時、村西が背後から声をかける。

「山野辺」

 振り向けば、珍しく穏やかな眼差しを浮かべた顧問が立っていた。

「随分、良くなってきたみたいね」

「は、はい先生!」

 涙を慌てて拭い、元気よく答える山野辺。

 村西は小さく笑い、ふっと言葉を落とした。

「その様子なら……もう、こそこそ頑張る必要はないな?」

「……え?」

 山野辺が戸惑い、問う間もなく、村西は楽譜を手に部員たちに練習の指示を出し始めてしまった。

 真意を測りかねたまま、しかし山野辺は小さく笑みを零した。



 ─────



 その後絢葉は、帰ると去っていった奏汰と別れて一人、優雅部の部室を訪れていた。

 部室の扉を開けると、史桜が読みかけの本を机に置き、こちらを見た。

「どうだった?」

「山野辺先輩は、もう大丈夫そうです」

 音楽室での様子を報告する。

 史桜は満足げに微笑み、頷いた。

「そうか。それは何よりだ。これにて一件落着だな」

 彼はいつもの様に優雅な所作で紅茶のカップを傾ける。

 暫しの談笑の後、絢葉は一瞬言い淀んだが、やがて決意を固めたように口を開いた。

「あの……私、正式にこの部に入りたいです。もっと色んな体験をして、色んな世界を知りたいです」

 史桜はまるで予想していたかのように微笑んだ。

「君ならそう言うと思っていたよ。ならば勿論歓迎しよう。君の調査も、報告も、きっとこれからも優雅なものになる」


 夕日が差し込む窓辺で、二人の笑顔が重なる。

 こうして、静英高校優雅部は、新たな一歩を踏み出した。

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