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8 大体ネガティブ


 健康診断を終えたフィガロは、魔王城のサロンロームに連れてこられていた。

 そこの通常サイズの椅子の上に、遠い目をしながらごろんと横たわっている。控えめに言って死んだ魚のような有り様だった。

 羞恥心が限界を越えたのである。


(私の知っている健康診断と違う……)


 フィガロの健康診断を担当してくれた医者は、まるで未知の生物を前にしたかのような顔をしていた。そして興味津々にフィガロを調べ尽くしたのである。

 気分はまるで実験動物だった。でも解剖されなかっただけマシである。


 精神的な意味でもとんでもなく突かれたが、ここまでする理由についても、医者はきちんと教えてくれた。

 フィガロの身体が少々特殊な状態だからである。何でもルクスフェンが与えた加護が、この世界の生き物の身体にとって安全な範囲を超えているらしい。


(以前に加護を多く与えられ過ぎた魔族は、身体から毒を放って国が大変な事なったって言っていたっけ……)


 パチンと弾けなくて良かったが、別の意味での懸念が浮かび上がってしまった。つらい。

 ただ診断の結果、今のところそういう兆候は見られないという事だったのでフィガロはホッとした。

 医者も「ひとまずは様子見で良いでしょう」と言ってくれた。けれども定期的に採血や魔力の状態の診断は受けるようように、それから魔力を貯め過ぎないように発散する事を指示されたが。


(たぶん、トバリ様が言いかけたのこれだよなー……)


 ルクスフェンが転生させてくれた事には感謝しているが、思いの外大変な事になってしまった。もしかしたら自分の不運は今もまだ続いているかもしれない。

 そんな事を考えながらぐったりしていると、サロンルームのドアが開いてトバリとオボロ、それからカグヤの三人が入って来た。


「あれ? 妖精のチビ、どこ行った?」


 オボロが目を丸くしてそんな事を言っている。身体が小さいため、椅子に寝転がっていると完全に見えないようだ。

 フィガロはよろよろと身体を起こし、ぴょんぴょんと跳ねながら手を振って「ここです」とアピールする。


「あ、いたいた。椅子のサイズ合わないね~」


 トバリはそう言うとフィガロの方へ近づいて、ひょいと首根っこを掴んでテーブルの上に乗せてくれた。


「ありがとうございます……。でもテーブルの上に立つのは人としてちょっと」

「お嬢さん結構真面目だね」

「っていうか、妖精が珍しい事を気にしている……」

「彼女は元人間ですから、その辺りはきちんとしているのでしょう。……でも、そうですね。確かに椅子やテーブルのサイズが合いませんね。それではこれをどうぞ」


 するとカグヤがワクワクした様子で、胸元からそっと何かを取り出した。人形用サイズのテーブルと椅子だ。花をモチーフにした可愛らしいデザインのそれらを、カグヤはそっとテーブルの上に置いた。

 テーブルの上にテーブルと椅子を置いても、結局のところテーブルの上に立つ事に変わりはない。

 果たしてこれは有りなのか……フィガロがそう悩みながらカグヤを見上げた。すると彼女からは期待を籠めた眼差しを向けられてしまった。

 これは座らないという選択肢は無いなと思い、フィガロは椅子にちょこんと腰かけた。


「…………!」


 するとカグヤが胸の前で手を合わせて、目をキラキラと輝かせた。よく分からないがとても喜んでいる。座っただけでこの反応をされた理由が分からずにいると、視界の端でオボロが頭の痛そうな顔をしていた。

 まぁ、それは置いておいて。フィガロが座るとトバリ達もそれぞれ椅子に腰を下ろした。


「それではひとまずお茶にしましょうか」


 全員が座ったのを確認してカグヤはそう言った。人差し指を軽く動かすと、近くに置かれていたティーポットとティーカップ、紅茶の缶やシュガーポットが浮かび上がる。もちろんフィガロ用のサイズもあった。

 カグヤはその中からティーポットと紅茶の缶を掴む。そして茶葉をティーポットの中へ入れると、開いた手でポットの側面に描かれた柄に触れた。するとその柄が淡く光り出し、少しして注ぎ口から湯気が立ち始める。魔力を籠めたのだな、とフィガロが思いながら見ていると、少しして紅茶の良い香りが漂い始めた。


「あ、これ、クラウンだ」

「おや、知ってるの?」

「お偉いさんと話をした時に、出してもらったお高い紅茶の香りですね。お金持ちの生活の味がしました。美味しかったなぁ……」

「お嬢さんは表現が独特だよね」


 フィガロとトバリがそんな話をしている内に、カグヤが紅茶が注ぎ終えた。するとティーカップは再び宙に浮かんで、それぞれの前へとやって来る。フィガロは思わず拍手したくなった。


「便利な魔法ですね。これなら配膳の仕事が捗りそう」

「いや~、人が多いところでは意外とコントロールが大変だぞ。先月魔王城(うち)に入った新人は、これで皿を十三枚割った」

「多いですね」

「多いんだよ」


 オボロはため息を吐いて紅茶を飲んだ。トバリやカグヤも同じタイミングで飲み始めたので、では自分もとフィガロもティーカップを持ち上げる。ほんのりと甘くて美味しかった。

 先ほどフィガロ自身も言ったが、これは一般庶民にはなかなか手が出ないくらいにお高い茶葉である。人間だった頃のフィガロが最後に引き受けた仕事の打ち合わせの際にこれが出て、そこで初めて口にした。もっとも、あの時は緊張し過ぎて紅茶の味をしっかり楽しむ余裕なんてなかったが。

 まさか再びそんなチャンスに巡り合うとは。転生してからも不運なのかと思っていた自分がフィガロは恥ずかしくなった。


「……さて、それでは今後の話をしようか」


 紅茶を飲んで一息ついてから、オボロがそう切り出した。


「我々はモントシュテル様からの依頼で、しばらく君の身柄を魔王城で預かる事になった。理由は君の身体の状態だ。ここまではいいな?」

「はい。お医者様からも聞いています」

「よろしい。それで、だ。今後、君の安全性が証明されて、外へ出たとして、そこで生きて行くにも金がいる。金は働かなくては手に入らない」

「身に沁みてわかります。お金を稼ぐのって大変ですよね……ちっとも貯まらないですよ、あんなもん……」


 フィガロは神妙な顔で頷いた。人間だった頃からフィガロはお金に悩まされてきたからだ。

 働けど働けど生活費で出て行ってしまい増えない貯金。

 街に住む事で支払いが生じる住民税や水道代諸々の税金。

 まぁ、それでも景気が良い時は多少の余裕はあった。けれどもそのお金はニコロの学費と、ピアノの調律費、それから作曲用の楽譜等の購入で消えている。

 お金とは春先に降る雪のように儚く消え去るモノである。思い出し笑いを浮かべて黄昏ていると、トバリ達から何となく気の毒そうな視線を向けられた。


「ま、まぁ、それで提案なんだが……仕事を紹介するので、魔王城(うち)で働いてみないか? もちろん住む場所もつけるぞ」

「食と住を保証してくださる上に仕事まで……!?」


 フィガロは自分の背後に雷が落ちたような錯覚を覚えた。

 だってあまりに自分に都合の良い話だったからだ。そんな良い条件で雇ってくれるなんて、あって良い事なのだろうかとフィガロは感動に打ち震える。


 ――が、その時頭の中に、人間だった頃の嫌な記憶が蘇って来た。


 フィガロを騙して全財産を奪って行った親戚、横領の罪を自分に擦り付けて来た同僚、そして自分の視察したニコロ……。

 オボロが何か悪さを働くという事は恐らくないだろうが、今まであった色々を思い出してしまったら、元気がしゅるしゅると萎んでいく。


「あ~、お嬢さん? これに関しては騙そうなんて意図はまったくないからね。モントシュテル様のお願いだから」

「騙す?」


 目に見えて落ち込んだフィガロを見てトバリがそう言えば、オボロとカグヤが首を傾げた。

 事情を知らない人達からすれば、仕事の話をしていただけなのに急に元気がなくなったら、それは怪訝に思うだろう。

 しかし初対面の相手に話すような楽しい内容でもない。とりあえず適当に話を逸らそうかなとフィガロが思った時、


「この子、人間だった頃に、親戚に騙されて全財産奪い取られたり、同僚に横領の罪を被せられたり、拾って面倒を見ていた弟子に刺されて死んじゃったりしたからね」


 トバリが全部バラしてしまった。この神は内緒話にはとんと向いていないのかもしれない。

 こんな話を聞いても困るだろうと、フィガロが恐る恐るオボロとカグヤを見上げると、


「え、ひど……」

「マジですの……?」


 二人はぎょっと目を剥いて気の毒そうにそう言ったのだった。

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