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7 神様というモノ

 フィガロが健康診断を受けている間、トバリは魔王城内の教会にいた。

 城や神殿と同じく黒で統一された教会内には、主神オルトノスをモチーフにしたステンドグラスから光が射し込み、そしてモントシュテルの力が満ちていた。

 神の力が満ちていると言う事は、この城の人間達が熱心に祈っている証拠である。そういう場所はトバリ達のような神にとって居心地が良い。


 神と言うものは生まれた時から強い力を持っているとは限らない。

 その辺りは個体差があるのだ。とんでもないくらい強い力を持つものは確かにいるが、半分くらいはほどほどの力、もしくは神の中では弱い力を持って生まれて来る。

 強くなるためには神でも修業が必要だが、それとは別に生き物からの信仰心が重要だった。生き物から祈りを捧げられている神ほど強い力を持つのだ。


 強い力を持つ神は、他者からの祈り無くしてはその強さを保つ事はできない。

 だからこそ神はこの地の生き物を守護し、その見返りとして生き物から感謝と共に祈りを捧げてもらっていた。

 持ちつ持たれつという言葉があるが、それがこの世界の人と神の関係だった。


 さて、そんな神の事情だが、そう言う意味ではトバリはまだまだ弱い神だった。

 トバリが司るのは眠りだ。主な仕事は疲れた者達を心穏やかに眠らせる事だ。そしてただの眠りだけではなく、死による眠りも関わっている。

 なので苦しい時に縋られるくらいで、さほど熱心に信仰される神ではない。

 これに関しては、最初の頃は多少はもどかしいと思っていたが、今ではもう慣れっこだ。


 熱心に祈られる事はなくても、祈る者がさほど多くなくても。

 トバリに捧げられる祈りは、いつも温かい感謝の気持ちが込められていた。それがとても心地良くてトバリは好きだ。


(そう言えば、直接ありがとうって言われたのは何年振りだったかな)


 そんな事を考えていたら、フィガロの顔が浮かんだ。

 カラスに攫われそうになったフィガロは、情けない声でトバリに助けを求めてきた。御守役という事もあり、トバリが助けてあげると、彼女はこれまた情けない顔でお礼を言ってくれたのである。

 その時ちょっとトバリは驚いた。直接お礼を言われたという出来事がとても新鮮だったからだ。


 神が生き物の前に姿を現す事はほとんどない。以前に神がトラブルを起こした事があるからだ。

 昔はもっと気軽に神はこの世界の生き物と接していた。その際に、強くなろうと躍起になった神の一部によって干渉が強まった事で色々と問題が起きたため、モントシュテルからストップが入ったのである。

 モントシュテルの仕事の一つに「神々が起こした問題や揉め事の解決」というものがあるが、その結果、彼は連日連夜、不眠不休で飛び回っていた。

 ちなみにトバリもそのとばっちりを受けている。モントシュテルからは使い勝手の良い部下――もしくは信頼している部下――と思われているようで、協力を要請されたのである。

 まぁ、大変だった。とんでもない暴れ方をしている魔族や人間達をトバリが眠らせ、その間にモントシュテルが各方面に働きかけて騒動を収めるという事を、延々と繰り返していたのだ。


 それがひと段落したら次は神々への対応だ。トバリの上司は死にそうな顔で「やめて。マジでやめて。俺が問題解決してるって分かってます?」と神々を叱っていた。

 モントシュテルの前にずらりと並べられ、滾々と説教を受ける神々の姿は、今思い出しても少し笑いが込み上げて来る。溜飲が下がった、とでも言うだろうか。


 そんな事情で神は人への干渉を昔よりは減らしている。

 しかし――。


(そこへルクスフェン様だもんなぁ)


 ルクスフェンは考え方がとても自由奔放で、俗にいう『うっかり』がそこそこ多い神である。お気に入りの人間が死んだから転生させる、だなんて話を聞いた時にモントシュテルはさぞ慌てた事だろう。

 何とか間に合ったは良いが、結局、ルクスフェンはフィガロにちょっと(・・・・)多めに加護を与えた。その結果、事態を重く見たモントシュテルが、フィガロの監視と御守を兼ねてトバリを派遣したというわけである。


 モントシュテルから頼みを聞いた時トバリは「あ、分かりました~」と軽い気持ちで引き受けた。ちょうど暇だったし、ルクスフェンが気に入る人間がどんなものかと一度見てみたかったからだ。

 まぁ、期待したわりには拍子抜け、という感じではあったが。


 トバリが感じたフィガロの第一印象は、ごく普通のどこにでもいるような人間だった。

 性質は善より、お人好しの気配も感じる。

 フィガロが死んだ経緯についてはモントシュテルから聞いてはいるが、恐らくそのお人好しさが仇となったのだろう。

 そのせいでルクスフェンにより転生する事となったのは、良いのか悪いのかはトバリには分からない。


(そう言えば運が悪かったって言っていたっけ)


 人間であった頃より前の生で何かあったのだろうと、モントシュテルは話していた。

 転生しても付きまとう、恐らく呪いのような執念。それだけ深く絡みついているとなれば、神々が関わっている可能性も多少はある。

 そして生まれた時から不幸続きで弟子に刺されて死に、新たな生では神によって存在が危険物扱いされている。

 ……こうして並べるとあんまりだったので、さすがにトバリも同情心が芽生えた。


(もうちょっと優しくしてあげよ)


 そんな事を考えていると、


「トバリ様、こちらでしたか」


 教会のドアが開いて誰かが入って来た。顔を向けると、入り口の所にオボロの姿が見えた。


「どうもね。ゆっくりさせてもらっているよ。お嬢さんの健康診断は終わったかい?」

「もう少しです。少し、すり合わせがしたくて。いいでしょうか?」

「はいはい、どうぞ」


 トバリが了承すると、オボロがこちらへ近づいて来た。そして「隣を失礼します」と椅子に座る。


「では早速ですが……彼女について、我々がどういう対応をするべきか、ご指示はありますか?」

「加護の関係はモントシュテル様から聞いてる?」

「はい。ルクスフェン様が加護をちょっと多く与えたとか」

「そうそう。ボクはそれで悪影響が出た場合に、大事にならないように監視役を兼ねてる御守だよ」


 トバリがそう言うと、オボロはあからさまにホッとした顔になった。

 どうやら加護についての危険性は知っているようだ。トバリの口の端が上がる。


「お嬢さんが死なないような生活が出来れば、ボクとしては特に言う事はないよ。まぁ、ルクスフェン様が気に入っているから、死にそうな目にはなるべく合わせないでやって欲しいかな」


 次にまたフィガロが人為的な何かで死亡した場合、ルクスフェンがどう動くか分からないから。暗にそう告げるとオボロは神妙な顔で頷いた。話が通じやすくて何よりである。


「承知しました。しばらくは魔王城で保護になりますね」

「その方が安全だねぇ。あの子、人間だった時も魔法は一切使えないみたいだし。たぶん戦いの経験もないと思うよ」

「なるほど……。となると、何をさせれば良いか」


 うーん、とオボロは腕を組んで考えている。フィガロを受け入れるにあたって、彼女に与える仕事を考えているようだ。

 魔族の国は実力主義だ。何もしない者を、ただただ置いて面倒を見てやるという考え方はない。

 この辺りはモントシュテルの考え方が影響をしているなと感じて、トバリは小さく笑った。


(しかし、確かに仕事については困るよねぇ。魔族の国のやり方に付いていけるかどうか)


 フィガロは人間として生きた二十五年分の、人格や記憶すべてがそのままなのだ。

 神からすればたったの二十五年。けれども人間からすれば人生の三分の一を使って培った価値観や習慣は、早々変えられるものではない。


(まぁ不器用そうではないな。ピアノを弾いていたと言うし……あ)


 そこまで考えて、トバリは両手をポンと合わせた。


「ルクスフェン様の加護の影響で、音楽の魔法に向いているよ。あれをちゃんと使えるように出来れば、仕事になるんじゃないかい?」


 音楽の魔法とは、その言葉の通り『特殊な効果を持つ音楽を奏でる』魔法である。

 先ほどフィガロが無意識に、魔法で楽器を作り出したのは、その基本だ。あれを使って音楽を奏でる。そうすると魔法が発動されるのだ。

 相当腕の良い使い手ならば、普通の楽器でも効果が出るが――まぁ、それは横に置いておく。

 音楽の魔法の効果は楽曲によって変わるが、一番ポピュラーなものだと体力的・精神的な疲れを癒す、といったところだろうか。


「なるほど、それは良いですね。今の魔王城には使える者はいませんし。……正直、助かります。とても」


 ……何だか最後に、妙に力が込められている。こうして近くで見たら、オボロは目の下にクマが出来ている。この子も色々大変なんだなぁとトバリは思った。


「あとは本人のやる気しだいか……」

「ま、やる気は出ると思うよ。お嬢さんはピアノを弾けなかった事が、心残りみたいだからね」


 トバリはそう言うと右手を軽く持ち上げた。指先から光の粒が現れて、空中に、フィガロが作り出したものとよく似た光の鍵盤が生み出される。

 トバリはその一つを指で押した。ポーン、と澄んだ音が教会内に響き渡る。


(ルクスフェン様が気に入った音楽とは、果たしてどんなものなのやら)


 再び拍子抜けしない事を願いながら、トバリはそんな事を心の中で呟いた。


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