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6 恐らく危険物扱い


 フィガロが魔王城の城門前に到着したのは、それから少し経ってからの事だった。

 トバリが慌てふためくフィガロを「大丈夫大丈夫」なんて軽い調子で宥めて、一切の速度を落とさずに向かってしまったからである。


 確かに形としては今のフィガロは妖精だ。しかしそれでもほんの少し前まで人間だったのだ。

 その頃の記憶をそのまま持って転生した自分が魔王城に入るだなんて、果たして大丈夫なのだろうかと心配なのである。

 姿形が変わっても中身はずっとフィガロのまま。魔族の常識も生活様式も振る舞いも、何一つフィガロは知らないのだ。

 魔族について多少勉強してからの方が……とフィガロはトバリに訴えてみたが、


「後回しにした方が厄介な事になるよ~」


 なんて言って却下されてしまった。そもそも相手は神である。気さくだから忘れそうになるが、いくらモントシュテルに命じられてやってきた御守役とはいえ、フィガロの主張をそこまでしっかり聞いてくれるわけではない。


(信仰……しとけば良かったな……)


 信者とまではいかないが、それなりに感謝を捧げていたら多少は違ったかもしれない。フィガロはトバリの手の上に揺られながら遠い目になっていた。

 とはいえ、実のところフィガロはそこまで信心深い方ではない。主神オルトノスや、彼の補佐をする夜の神モントシュテル、そして音楽の女神ルクスフェン辺りは日常生活の中で「おはようございます」程度の感覚で祈る事はあるくらいだ。オルトノス教の神官のように熱心に祈りを捧げたりはしていなかった。その時間があればピアノに触れているか、生活費のために働いているかのどちらかだ。

 こうして考えると自分がどうしてそこまでルクスフェンに気に入られたのか謎である。フィガロの音楽を好きだと言ってもらえたのは嬉しいが、釣り合いが明らかに取れていない。


(これからはちゃんと祈りを捧げよう……)


 フィガロがそう決意していると、トバリは足を止めた。

 魔王城の城門の先にある、街と城を繋ぐ重厚な(ごつい)橋の手前だ。トバリはフィガロを乗せた手を軽く持ち上げた。


「はーい、ここが魔王城でーす。初めて見た感想はどう?」

「黒いですね。神殿でも思いましたけど、もしかしてこれ、夜の神の色なのでは?」

「お、良いところに気が付いたね」

「トバリ様の服と同じ色ですし。綺麗ですよねぇ。私には手が出ないお高い色です」

「ハハ。俗っぽく言うねぇ。でも一応、同じ色はお嬢さんも着ているからね?」


 トバリは面白そうに言うと「さて」と小さく呟いた後、魔王城へ向かって真っ直ぐに歩き出した。

 橋を歩く度にカツンカツンと金属の音が響く。しかもこの橋は場所によって使用している素材を変えているようで、鈍い音の中にたまに高音が混ざっているように聞こえる。


(確かこれ、侵入者対策……だっけ。ここのはグロッケンの音に少し似ているなぁ)


 トバリの歩みに合わせて色々な音階の音が一定のリズムで鳴っている。

 高く澄んだ綺麗な音や、低くお腹に響くような音。トバリが歩く度に鳴るそれらは、まるで音楽のように繋がっていく。

 その音を聞いていたらフィガロは自然に目が閉じた。そして頭の中で音楽を組み立て始める。

 この音とリズムにピアノの音色を合わせるならば、こういう感じだろうか。そう思いながら、フィガロはピアノの鍵盤を思い浮かべながら指を動かす。

 すると、

 ポーン、

 とフィガロの指先からピアノの音が響いた。鍵盤を押す感触もあった。

 驚いてフィガロが目を開けると、目の前に光の鍵盤が浮かんでいるではないか。


「はいっ!?」


 ぎょっと目を剥いて叫ぶと、光の鍵盤はサッと空中で霧散した。キラキラとした光の残滓を見てポカンとしていたフィガロは、ぎこちなく首を動かしてトバリを見上げる。


「あの……何か今、出てました……?」

「出てたねぇ。お嬢さんってば魔法が使えたの?」

「いえ、まったく……」

「あらま、そんじゃ無意識か」


 トバリは「なるほどなぁ」と言ってから、


「今のは音楽の魔法だね。ルクスフェン様が得意としている奴で、魔力で楽器を作り出す魔法だよ。もう一度確認するけど、お嬢さんは生前、ちらっとでも魔法を使えたりはしなかった?」

「使えていたら、もう少しお金に余裕のある生活が出来ていたかもですね」

「あら、世知辛い。……なるほどね。ならやっぱりルクスフェン様の加護の関係かな。お嬢さんは今さ、ピアノが弾きたいと思ったんじゃない?」

「はい」

「それで出ちゃったんだろうね。んー……これは早めに何とかしないとまずいか」


 嫌な言葉が聞こてフィガロの顔がサッと青褪める。

 まずいって、何がどんな風にまずいのだろう。正直話を聞くのは怖いが、それでも聞かずになぁなぁで済ませて、後で大変な事になるくらいなら、今ここで覚悟を決めた方が良い。よし、と心の中で気合いを入れてフィガロが「あの、トバリ様」と質問しかけた時。

 ――頭上でバサリと羽ばたきの音が聞こえた。


「ん?」


 何の音だと顔を向けると、そこには一羽のカラスがいた。ずいぶんと艶の良い子だな、なんてフィガロが思っているとカラスは「カァ!」とひと鳴き。

 そしてフィガロの方へ近づいてきたかと思うと、趾でがっちりとフィガロの身体を掴んだ。


「え?」


 カラスはそのまま空へと舞い上がる。

 フィガロはサーッと青褪めた。

 恐らく餌扱い。

 喰われる。

 死。

 この数秒の間に、フィガロの頭にそんな言葉が矢継ぎ早に流れて行く。

 一生に一度あるかないかの奇跡で新しい人生をもらったのに、その直後に死を感じるとは思わなかった。それでも「はい、分かりました」と素直に受け入れるなんて冗談じゃないと、フィガロはじたばたともがきながらトバリに助けを求める。


「ぎゃーーーー!? とととトバリ様ーっ!?!? 助けてくだーい!!!」

「あらまぁ、活きが良い。はいはい、ちょっと待っててねぇ」


 トバリは苦笑気味にそう言うと、トン、と軽く跳び上がった。彼はそのまま空を飛び、カラスに向かってぐんぐん近づいて来る。それに気づいたカラスが抗議するように鳴いた。


「カァ!」

「いやいや、ついて来るなと言われてもね。ボク、その子の御守役だから。返してくれる?」

「カァ! カア!」

「こっちも仕事って言われてもなぁ~」


 どうやらトバリとカラスの間には会話が成立しているらしい。フィガロの耳にはカラス側からは「カァ」という言葉しか聞こえないが、あの短い音の中には、それ以上の言葉が込められているようだ。

 こういう部分は楽譜と似ているとフィガロは思った。楽譜を読み込んで曲に込められた作者の意図を汲み取るというのは演奏家として大事な仕事だ。フィガロも生前よくやったものだ。

 ……まぁ、弟子の気持ちを汲み取り切れず、腹を刺されてはいるのだが。

 そんな事を考えている間ずっと、トバリとカラスは延々と押し問答を繰り返している。


「カァ!」

「やだじゃなーい。仕方ないなぁ。ちょっと乱暴な真似しちゃうよ~?」


 トバリはそう言うと人差し指をカラスに向けた。すると黒色の光の糸が現れて、しゅるしゅるとカラスの身体に巻き付いていく。

 翼ごと縛られたカラスは飛ぶ事が出来なくなり、ひゅるひゅると落下し始めた。それをトバリがひょいと手で掴む。


「カァ!」

「人でなしって。まぁ、ボク、神だからなぁ」


 カラスはまだまだ元気らしい。しかも口も悪そうだ。けれどもトバリは気を害した風ではなく、楽しそうに笑いながらフィガロを救出してくれた。

 

「はい、助けましたよ」

「ありがとうございます、トバリ様……! 今度からしっかり祈ります!」

「あらま、ボクの信者をゲットしちゃった」


 フィガロが思わず両手を組んでトバリを拝むと、彼はくすくすと楽しそうに笑った。それからトバリはフィガロを片手に乗せ直すと、もう片方の手でカラスを掴む。


「それで? キミはお嬢さんに何の用事かな?」

「カァ!」

「ふんふん。主に調べて来いと言われた? なるほど、それで見つけたから連れて行こうと?」

「カァ! カァ!」


 カラスはこくこくと顔を動かした。えっ、とフィガロは目を丸くする。


「私、調べられる対象なんですか?」

「そりゃ女神の加護をちょっと多めに与えられているからね。転生した時に、そういうのが分かる奴には分かるんだよ」

「分かられちゃったのかぁ……」

「分かられちゃったねぇ」


 大丈夫だろうかと不安になるフィガロとは反対に、トバリは特に心配していなさそうな様子でそう言った。

 調べるって何をするんだろう。解剖とかされないといいな……。

 フィガロがそんな事を思っていると、トバリが「あ」と口を開けた。


「どうかしましたか?」

「うん。ここの王様の登場だ」


 トバリがそう言ったとたん、橋の先にある魔王城の扉が開いた。そこから長い白髪の男性と、背中に翼を生やした女性が現れる。

 二人は橋の上にいるフィガロ達を見つめながら、やや厳しい表情を浮かべ、真っ直ぐにこちらへと向かって来た。


「と、トバリ様、あちらさんは何か怒っていませんか?」

「ん~、まぁ大丈夫でしょ。ボクがいるし」

「それは確かに」


 トバリは神である。神というのものは人間や魔族と比べて、とんでもなく強い――はずだ。

 それにこの世界に生きる者達は、神様に反抗してやろうと考えるものは、基本的には滅多にいない。だからトバリがいればそれほど酷い目には合わないはずだ。


「せめて解剖だけは回避したいですね……」

「何か物騒な想像をしているね?」


 そんな話をしている間に、二人組はフィガロ達の近くまでやって来る。目が合う。ごくり、とフィガロは喉を鳴らした。


「お初にお目にかかります。私はシュテルンビルトの魔王を務めております、オボロと申します。隣は秘書のカグヤ。お二人がモントシュテル様の仰っていた方々でしょうか?」


 白髪の男はトバリに向かってそう聞いた。彼の言葉にフィガロは「おや」と思った。どうやらモントシュテルが予め事情を説明してくれているようだ。


「ああ、そうだよ。さすがモントシュテル様、仕事がまめだねぇ~。ボクはモントシュテル様の部下のトバリ。それでこのお嬢さんが、件の子ね」


 トバリはそう言うと、フィガロが乗っている方の手を持ち上げた。

 オボロとカグヤと名乗った二人組の視線がフィガロに向けられる。じっと見下ろされる。自分が小さくなったせいか、威圧感のようなものが感じられた。


「ど、どうも、フィガロです……」


 とりあえず黙っているわけにはいかないので、にへらと引き攣った笑いを浮かべ、フィガロは名乗った。しかし返事はない。ただただ無言で二人はフィガロを見つめている。

 気まずい。

 しんどい。

 誰か助けてほしい。

 そう思ったフィガロがトバリを見上げかけた時、


「では」


 とオボロが口を開いた。

 それから彼は、


「まずは健康診断といこうか……!」


 と言ったのだった。その言葉にフィガロは「えっ」と目を丸くする。

 言葉の意味自体は分かるけれど、まず先にそれが出て来るとは思わなかったとフィガロが困惑していると、


「うん、よろしく~」


 トバリが手ごとフィガロをオボロへ差し出した。はし、とオボロはフィガロの身体を掴む。コップを持つ時のような持ち方である。


「あの、贅沢を言って申し訳ないのですが、持ち方をもうちょい何とか……」

「ではお預かりします。カグヤ、手配を」

「承知しました」

「丸っと無視……」


 まぁ、フィガロは細かい事を気にされるような立場でもない。とりあえず解剖されなさそうな事だけは感謝しつつ、フィガロはそのまま魔王城内に運ばれて行ったのだった。


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