4 死ぬと色々あるものです
魔族の国シュテルンビルト。
フィガロが生前暮らしていたアーネンコールの隣にある、魔族を中心に人間以外の種族が暮らしている国だ。国を統べる者は魔王と呼ばれ、魔族の中で最も強い者がその座に就いている。
魔力を豊富に持つ者の多いシュテルンビルトでは魔力を利用した技術の開発も盛んで、建物や道具の多くが魔力によって動いているらしい。
そんなシュテルンビルトだが、排他的なアーネンコールと比べて、来る者拒まずなわりとオープンなスタイルを取っている。なので犯罪者達も逃げ込む事はあるが、別に無法者の国というわけでもない。犯罪者に対する罰は、実のところアーネンコールよりも厳しかった。
確かにシュテルンビルトは例え犯罪者であっても、問答無用で追い返す事はない。けれどもこの国に足を踏み入れた時点で犯罪を犯せば相応の罰が与えられる。状況次第ではわりとあっさり死が訪れる。
アーネンコールの場合は捕まえた犯罪者を収監して、神への祈りと刑務作業を行わせる事で罪を償わせているので、よほどの重罪でなければ死刑はない。その代わりと言っては何だが、収監されれば十数年は外へ出る事は出来ないが。
――と、まぁ、フィガロが分かる範囲でのシュテルンビルトとはそんな国だ。
隣国であるにも関わらず交流がないので、フィガロはシュテルンビルトの事をそんなに知らないのである。
何故ならアーネンコールとシュテルンビルトは、昔からとんでもなく仲が悪いのだ。
フィガロが生まれるよりずっと昔から両国の関係は冷え切っていて、何度も大きな争いが起きていた。
今でこそ国全体がぶつかりあう大事にはなっていないが関係は最悪のまま。アーネンコールは『勇者』という役割を作り、定期的に魔王暗殺を試みていた。
……と、これだけ言えばアーネンコールのみ悪く聞こえるが、シュテルンビルトも似たような事をしているのでお互い様である。
そういう事情でフィガロはシュテルンビルトに対して、最初の頃はそこまで良い感情を抱いてはいなかった。
ただそれでも、一人の音楽家としてシュテルンビルトの音楽には興味があった。敵の国の音楽だと言われ聞く機会こそ少なかったが、何とか手に入れる事に成功した楽譜に綴られていた音楽は、実に素晴らしいものだった。
静かで穏やかな曲調を好むのがアーネンコールの音楽なら、華やかで明るい曲がシュテルンビルトの音楽だ。子供が飛び跳ねて遊んでいるような、人が手を叩いて踊り出すような、そんな明るい曲だった。
勝手に抱いていたイメージとはまるで違う音楽にフィガロは衝撃を受けた。そしてシュテルンビルトの音楽を聴いて以来、かの国に対する見方も少し変わったのである。
いつか機会があったらシュテルンビルトへ行ってみたい。直接彼らの奏でる音楽を聴いてみたい。そう思うようになっていた。
(……まぁ、まったく予想外の流れで、その夢が叶ったんですけどねぇ)
経緯が経緯だけに喜んでいいのか、ちょっとよく分からないが。
そんな事を考えながらフィガロはトバリの手のひらの上で揺られていた。
「どうだい? シュテルンビルトの感想は」
「いや、すごいとしか。とにかく見た目がごつい」
フィガロがやや興奮気味にそう返すと、トバリは楽しそうに笑った。
二人は今、シュテルンビルトの街を歩いている。初めて見るシュテルンビルトの街並みは、フィガロの想像を越えていた。
まず建物の見た目から死てアーネンコールとは全然違うのだ。シュテルンビルトの建物は、まるで時計の中身のように金属やパイプ、歯車等を組み合わせた複雑な見た目をしているのである。時折パチパチと魔力の光が迸っているのも見えた。複雑な部品が組み合わさって、建物に魔力の巡る道を作っているのだろう。
「あの建物に住むと、どういう感じなんですかねぇ」
「ボタン一つで灯りが点いたり水が出たりと、結構便利だよ。ただその分、魔力をそこそこ使うけどね」
「なるほど、そこそこ。……人間が使うとどうなります?」
「住むだけであっと言う間に体調不良」
「わあ」
なかなか衝撃的な言葉にフィガロは顔を引きつらせた。魔力を多く体内に保有できる魔族だからこそ住めるものなのだろう。そしてあの建物達は、大量の魔力に耐えられる構造になっているのだ。人間とは逆だなぁとフィガロは思った。
人間の場合は体内に保有できる魔力量が少ない。そのため魔力を効率的に扱う方法を主軸に技術が進歩してきたのだ。単純に言えば力が魔力で技が人間、という感じである。
すごいなぁと思いながら、フィガロはきょろきょろと周囲を眺める。最初は目に飛び込んで来る建物にまず注目したが、それ以外にも違いがあった。
例えばトバリが歩いている道も金属の板が敷かれているし、そこに立っている街灯も建物と同様に歯車やパイプで出来ていた、歯車が動く度に街灯の光がゆらゆらと揺れる。
それをぼけーっと見上げながら、フィガロは首を傾げた。
「今、日が高いですけれど、あの街灯はずっと点いているんですか?」
「うん。シュテルンビルトは環境がちょっと不安定だから」
「と言うと?」
「例えば……あ、そろそろだね。見ていてごらん」
そう言ってトバリが足を止める。すると街のあちこちから、白い霧のようなものが現われ始めた。
「この霧はね、魔力を使うと溜まるガスのようなものでね。普通ならここまで可視化されないんだけど、シュテルンビルトは見た通り、大量の魔力を使っているだろう? だからここまで濃い霧が出る。身体に悪影響はないけどね」
トバリの説明を聞いている内に、霧によって周りが全く見えなくなってしまった。
そうしていると今度は街灯が先ほどよりも強く光り始める。すると光の強さに合わせて、街灯近くの霧が晴れ始めた。
「御覧の通り、この街灯には、光で周囲を見えるようにする効果がある」
「なるほど……あ! もしかして霧って、見えないだけで常に出ていたりします?」
「お、理解が早いね~。その通り」
「えっへへへ……。だから常時点いているんですねぇ」
「そうそう。それで濃くなった時に合わせて、街灯の効果も増すってわけ」
「へぇー」
すごいなぁなんて思いながらフィガロが見ていると、
「この霧でね、作物が取れなくなるんだよ」
とトバリは言った。
「街灯がないと、ここは植物がなかなか育たない。そういう面倒な土地でもあるの。アーネンコールは普通に育ってるでしょ?」
「そうですねぇ。全体的に肥沃な土地だったはずです」
本で読んだ事を思い出しながらフィガロが言うと、トバリは「そうそう」と頷く。
「住んでる者達は大変だよねぇ。そういうところから争いは起きるんだよ」
「…………」
トバリの言葉にフィガロは目を瞬いた。何となく大事な話のような気がしたからだ。もっと聞いた方が良いだろうかと、フィガロが口を動かしかけたその時、
「あ、晴れた晴れた。ほら、見てごらんよフィガロ。あれが魔王が住んでいるお城だ」
トバリが進行方向を指さした。その先には、街の雰囲気とは違って歯車等がないオーソドックスな見た目の城があった。
魔王――つまりこの魔族の国であるシュテルンビルトの王が住んでる城だ。色は神殿の色と同じ黒色だ。外観のせいか妙に威圧感を感じる。
「一生見る事はないと思っていたお城ですねぇ」
「まぁ生前は無理だったね」
「死ぬと色々あるもんですねぇ」
「ハハ、分かる~」
「またまた~」
呑気にそんな会話をしていると、なぜかトバリはその城へ向かって歩き始めた。
あれっとフィガロは思った。だって、その方向には本当に、魔王の城しかないのだ。少々嫌な予感を感じながらフィガロはトバリに声をかける。
「トバリ様? そっちは城ですよ?」
「うん。あそこに用事があるからねぇ~」
「え?」
フィガロが目を丸くする。トバリはニコッと笑って、
「お嬢さんを死なせない事。それが今のところのボクのお仕事なんでね」
と言ったのだった。