15 輝石人
「というわけで、アーネンコールとシュテルンビルトは昔からそんな感じで『戦っていますよポーズ』を取っているんですよ」
「はぁー……なるほど……」
輝石人のツキミから勇者や両国の事情を聞いたフィガロは、目を丸くしながらそう返した。
フィガロにとって勇者とは、アーネンコールを脅かすシュテルンビルトの魔王を倒すため派遣される、戦いのエリートというくらいの認識だった。
アーネンコールでは、敵国シュテルンビルトの魔王を倒せば平和な時代がやってくると教わるため、フィガロも子供の頃はきっと怖い場所なのだろうと思っていた。
ただフィガロの両親は少し違っていて、シュテルンビルトに対して恐怖心や嫌悪感は抱いていない様子だった。むしろ音楽を通じてシュテルンビルトという国に興味を持っていたようにも見えたのだ。
だから両親は「あの国は悪い国だ」とフィガロに言う事はなかった。そういう環境で育ったので、フィガロもその辺りの感情は、他のアーネンコールの人間よりマイルドだった。
そしてシュテルンビルトの音楽を知り、こうして妖精として転生して実際にシュテルンビルトを見て「怖い」という感情は本当にただの思い込みだったと実感している。
そこへツキミから話を聞いた事により、知らない部分の知識が補完されたというわけだ。
「人間も魔族も、昔から変な事しているよねぇ。あれ良く分からないよ」
トバリがアイスを食べながら、のんびりとした声でそう感想を述べている。神から見ても自分達はそんな感じらしい。
正直フィガロも彼の言葉に同感だった。話を聞けば聞くほどに、とくに勇者と使者の下りが「何それ、よく分からない」になってしまったのだ。
ついでに、
「浮かれて作曲していた自分が何かこう、こう……!」
自分のそこも思い出してしまって、フィガロは両手をわなわなとさせながら呻いた。
「わあ、腐りかけのスライムみたいな声がする」
するとツキミが楽しそうにそう言った。あんまりな表現である。
ちなみにスライムとはゼリーのような軟体の身体を持つ魔族の事だ。見た目は球体や楕円形を取る事が多いが、もっと複雑な形に――例えば人間や魔人など――姿を変化させる事も出来る。魔力の保有量が多い個体は、変色も可能でより本物に近い姿になる事が出来るらしい。
(というかスライムって腐りかけのもいるんだ……)
ゼリーのような見た目から、何となく死ぬ時は水分がなくなって消えるのかなと思っていたので、ちょっと衝撃的な事実である。
まぁ、それはともかくだ。
「そう言えば、旅立った勇者一行のその後なんて、ほとんど知らなかったな……」
勇者一行が旅立つ時は大々的にパーティーが開かれる。これは昔からの決まり事で、その日は国から国民にお祝いの食べ物やワインが振舞われるので、勇者の旅立ちを知らない者はほとんどいない。
けれども彼らが荼毘だった後の情報は、自分達の耳にはほとんど入る事はなかった。
最初の内は新聞に記事が載っていたりするが、時間が経つにつれてだんだんと小さくなり、やがて何も書かれなくなる。
そうしてアーネンコールのために旅立って行った勇者達は、アーネンコールの人々から忘れられていくのだ。
(こうして考えると、私達、ずいぶん酷い事をしているな……)
国のために命懸けで戦ってくれた彼らの事を、フィガロを含めて多くの者は、たったの数か月で忘れている。自分達は彼らの人生なんて顧みず、ただ彼らの恩恵にあずかっているだけ。
それはとても酷い事だと、今になって気が付いた。
(…………浮かれて作曲していた自分は、何て残酷な事をしていたのだろうか)
シュテルンビルトの使者は、ツキミのように国へ戻って来るのが普通なのだろう。
で、あれば、アーネンコールの勇者達はどうなったのだろうか。
彼らが帰って来たという話をフィガロは知らない。もしかしたら、誰一人として……。
「あら、彼らはうちで働いていますよ?」
罪悪感と申し訳なさを感じていたら、カグヤがそんな事を言った。
(ん?)
反射的にフィガロは顔を上げた。目が合うと彼女はにっこりと笑って、
「うちにいますよ」
ともう一度同じ言葉を返してくれた。
「シュテルンビルトにいる……んですか?」
「ええ。どうもアーネンコールの勇者達は、取り決めの事を知らなかったみたいで。フィガロさんの様子を見ると国民もそれっぽいですね。だから国へ帰り辛いならうちにいていいですよ、と提案しているんですよ。大体は定住してくれています」
「そうそう。うちの国にはない技術を持っているから、色々と助かっているんですよねぇ。この間、輝石人の仲間が良い感じの髪型にしてくれたって喜んでいましたよ」
「アーネンコールは技術がとても繊細ですものね。他の魔族も芸術作品のインスピレーションが湧くと言っていましたわ」
カグヤとツキミはそうも話してくれた。
どうやらシュテルンビルトへ向かった勇者達は、無事に生きているらしい。それを聞いてフィガロはホッと肩の力が抜けた。
「だけど、あの取り決めなくなったらいいですねぇ。私達も砕けたいわけじゃありませんし」
「オボロ様はその方向で行きたいと仰っていましたけれど、アーネンコールがどう反応するかなんですよね」
「あ、でも、私が戦った相手は、それなりに話が分かりそうでしたけどね」
「あら、そうなんですか? ちなみにお名前や顔は分かります?」
「確かマーヴェルさんってお名前だったかなぁ。紅玉みたいな髪の女性です」
「えっ」
カグヤとツキミのやり取りを聞いていたら、聞き覚えのある名前が出て来た。
二人の視線がフィガロに集まる。
「フィガロさん、ご存じですか?」
「知り合いというほど知り合いじゃないんですけど……私が死ぬ直前に完成させた曲が、その人からの依頼なんですよ。アーネンコールの偉い人です」
「なるほど……?」
フィガロの言葉にカグヤが顎に指を当てて、思案するように目を細くした。それから彼女はフィガロを見下ろしながら、
「フィガロさん。あまり思い出したくないと思いますが、亡くなった時の事を詳しくお伺いしても?」
と言ったのだった。
◇ ◇ ◇
フィガロがひと通り事情を話すとカグヤは、
「オボロ様と相談してきます」
と言って部屋を出て行った。
転生した経緯の話は魔王城を訪れた時に大体は話しているが、今回はそれをもう少し詳しくした感じだ。
国から依頼を受けた経緯やその相手、会話の内容など、彼女に教えたのはそのあたりだ。
こうして改めて言葉にしてみると、自分を客観視しているような不思議な感覚になる。カグヤは真剣な表情でフィガロの話を聞いてくれた。
(役に立てたら良いのだけど)
そんな事を考えながらフィガロは音楽の魔法で光の鍵盤を出現させた。
本来の仕事をするためである。
ツキミがここへ来たという事は、彼も音楽の魔法による癒しを必要としているはずだ。そう思いながら彼の顔をみると、疲労感の類はあまり感じられなかった。
(というより、ちょっと判別がつかないと言うか)
輝石人のツキミは例に漏れず鉱石の身体をしている。青色から紫色にグラデーションのかかった美しい身体を持つ彼は、ぱっと見て肌から体調の変化を読み取り辛いのだ。
精神的な方か、肉体的な方か、どちらに効く方が良いだろう。そう考えながら見ていると、ふとツキミの身体にある亀裂に目が留まった。
アーネンコール側と戦った時に出来た傷らしい。服で隠れていて分かり辛かったが、腕等にかなり深く抉られている部分があるようだ。
「ツキミさん。あの、身体の方は痛くないですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。輝石人には痛覚がないので。動かそうとすると違和感があるくらいですね」
フィガロの質問にツキミは右腕を軽く持ち上げて、おっとりした様子で答えてくれた。するとその腕に入っていた亀裂から破片がポロリと剥がれ落ちる。ツキミは「おっと」と言いながら、その欠片を拾い上げた。
「まぁ、放っておいても、その内に治るんですけどねぇ」
「あ、そうなんですか?」
「そうだねぇ。輝石人は、核――うーん、そうだな、お嬢さんみたいな生き物で言うところの心臓かな。それが破壊されなければ、どれだけ砕かれても死なないよ」
フィガロが目を丸くしていると、今度はトバリがそう教えてくれた。
核と言うと、真珠が出来る時のアレみたいな感じだろうかと、フィガロが頭の中で思い浮かべていると、
「ええ。核さえ無事なら、時間は掛かりますけれど、放っておいても身体の再生は可能なんですよ。今の状態だと……半年くらいでしょうかねぇ」
「は、半年!?」
「あっと言う間だよねぇ」
「ね~」
ぎょっと目を剥くフィガロに、ツキミとトバリはお互いにのんびりと言った。
フィガロの感覚からすれば、半年というものはあっと言う間ではない。何か目的があって、それに没頭していたら――例えば作曲やピアノを弾く等の事をしていれば、そう感じるかもしれないが、基本的には半年は長い。
神様であるトバリは、フィガロが想像も出来ないくらい長い時間を生きている。だからそう感じるのは納得だ。
けれどもツキミまでそう感じるとなれば、もしかしたら輝石人もまた長命な種なのかもしれない。まだまだ知らない事がたくさんだとフィガロが思っていると、
「でも、それじゃあ仕事するのに困っちゃうから、魔王城の先生に治して貰っているんですよ~」
とツキミは言った。魔王城の先生と言えば、フィガロの健康診断を担当してくれたあの医者だろうか。
『うわ~~珍し~~い! ルクスフェン様の加護持ちで生まれた妖精なんて見るの初めて~~! ヤダ、ちょう最高、素敵! もっと色々調べたいわ~~!』
その時の事を思い出して、ひくっ、とフィガロの顔が引きつった。
怖かった。悪い人ではないのは分かるが、単純に勢いと圧が怖かった。
ただ魔王の住まう城で医者をやっているのならば、腕が良い人なのだろうというのは分かる。
(腕……)
ふと、フィガロは心の中でそう呟いて、自分の腕に目を向けた。
人間だった頃もフィガロはピアノの演奏にだけは自信があった。
フィガロの両親は音楽家だった。だからフィガロも物心ついた頃には自然とピアノに触っていた。
鍵盤を押せば音が鳴る。それがたまらなく楽しくてフィガロはピアノを弾いた。楽譜も読めないくらいの頃だ。弾いている曲はテンポもメロディーも滅茶苦茶で『曲』とは呼べたものではなかっただろう。
けれど家族は褒めてくれた。滅茶苦茶なフィガロの演奏を聴いて笑ってくれたのだ。
ピアノについて思い浮かべると、まず最初にフィガロの頭にはそれが浮かんでくる。自分にとって一番大事な記憶だ。
家族を亡くした後、一時期はピアノを見ると身体が震える事があった。楽しかった記憶が浮かんで、もう家族はいないのだと、あの頃には戻れないのだと、それを実感してしまうからだ。
そうしてピアノから少し離れている内に、家も、ピアノも、両親の作った楽譜も何もかも、親戚に騙し取られてしまった。
(……お母さんとお父さんの楽譜)
今はどこに行っただろうか。
両親は音楽家達の間では有名な作曲家だったから、あの楽譜も売り捌かれているかもしれない。
(取り戻したいな……)
曲は頭に残っている。けれどもあれはフィガロにとって大事な物だ。
あの時、あれを守れるのはフィガロだけだったのに、自分は何も出来なかった。しなかった。
だから全て失ったのだ。
(――ニコロだって)
あの時、書き上げた楽譜を守れたのはフィガロだけだったのに。
(何より、あの曲は……)
そう考えていた時、
「……さん、お嬢さん。大丈夫?」
トバリが直ぐ近くで自分を呼ぶ声が聞こえ、フィガロはハッと顔を上げた。
視線の先に自分を見下ろすトバリの顔がある。彼の顔半分、目の辺りは布で覆われているので感情が分かり辛いが、何となく心配してくれているというのは伝わって来た。
「あ、はい! 失礼しました、意識が飛んでおりました」
「そうみたいだねぇ。身体の調子が悪いかと思っちゃった」
「失礼しました。あっ、ちなみに全然健康ですよ」
「それは良かった。神の加護って、ごくたま~に、精神に影響を及ぼす事があるからさ」
「影響? どんな感じなんです?」
「その神の性格に引っ張られるかな。まぁ、お嬢さんの場合はルクスフェン様だから、うっかりミスが増えるくらいじゃない?」
「なるほど……いや、それも困る奴ですね!?」
「あっはっは」
仕事をしている上で、うっかりミスが一番、信頼に響くのだ。これは気合を入れて挑まなければと、フィガロは気合を入れるために、両手で自分の頬をパンと軽く叩いた。
「よし! お待たせしました、それでは演奏を始めますね! 何かリクエストはありますか?」
それからツキミに向かってそう尋ねる。ツキミは少し考えた後、
「それじゃあ……活力が湧いてくるような元気な曲が良いですね。行進曲とか」
と答えてくれた。
なるほど、行進曲。それならば両親の楽譜にあったはずだ。
(そう言えば、あの曲もアーネンコールらしくなかったっけ)
もしかしたらフィガロの両親も、シュテルンビルトの音楽もどこかで知ったのかもしれない。そんな事を考えながらフィガロは光の鍵盤に指を乗せる。
程なくして軽やかで明るいメロディーが、そこから響き始めたのだった。




