14 使者と勇者
それからフィガロの仕事部屋には、魔王城で働く魔族達がぞくぞくとやって来るようになった。
魔人に獣人、妖精にアンデッド。竜人に輝石人、ドライアド。名前だけは知っているが、見た事のなかった魔族達がフィガロの演奏を聞きに来る。
彼らはここで一時間、二時間眠って休んだ後に、すっきりした顔をして帰って行くのがここ最近の流れだ。
その中でも特にやって来る頻度が高いのが、魔王オボロと彼の秘書のカグヤだ。
オボロは本当に疲れ切ってやって来るのだが、カグヤはいつも元気そうに見えた。
だが、いくら見た目が大丈夫そうでも、中身までそうだとは限らない。フルーツや野菜だってそうだ。フィガロも生前、たまたまクジで当たったメロンにウキウキしながら包丁を入れたら、中身が腐っていたという事がある。
あれは辛かった。切なかった。ニコロが「センセイ……次がありますよ……」なんて慰めてくれたっけとフィガロは思い出す。
(……ニコロ)
ふと、自分を刺し殺した弟子を思い出して、フィガロは複雑な気持ちになる。
自分としては仲良くやっているつもりだったが、実際にあの子からどう思われていたのか、フィガロには分からない。何事も外見と中身は違うものだ。
――という事を、カグヤにアイスクリームを「あーん」と食べさせてもらいながらフィガロは考えていた。
(ところで私は何故アイスを食べて……? そして何故あーんしてもらっている……?)
アイスクリームは冷たくて甘くて美味しい。スプーンがカグヤ達のサイズなので食べるのは大変だが、こういう甘いものをお腹いっぱい食べるのは憧れはあった。人間として生きていた頃は、嗜好品に手を伸ばすのがなかなか難しかったからかもしれない。
まぁ、それはともかく。
アイスクリーム自体は嬉しいが、なぜカグヤは自分にこれを食べさせているのだろうか。フィガロが疑問に思いながらカグヤを見上げると、彼女は「ンッ」と変な声を出した。
「可愛い……っ!」
そして悶えている。どうしたら良いのだろうかとフィガロはトバリに顔を向けた。
フィガロの視線に気づいたトバリは、同じくアイスクリームを食べながら、
「これ、氷の魔法で凍らせて作った奴でしょ。魔力がたっぷりで美味しいね」
なんて楽しそうに言っていた。どうやら神であるトバリは、そういう風に感じるらしい。魔力には味があるのかとフィガロは衝撃を受けた。
(いや、それはともかく。さすがに二十五年分の記憶があるのに、あーんしてもらうのも何となく気恥しいと言うか)
気になっているのはそこである。
確かにフィガロは妖精としては歩み始めたばかりだ。しかし生前の記憶自体はしっかり二十五年分持っている。つまり記憶だけならば大人なのだ。誰かにアイスクリームを食べさせてもらうような幼い子供でも、病人でもない。なのでカグヤの行動に少々困惑しているのである。
魔王の秘書カグヤは、白い鳥の羽を生やした獣人だ。
フィガロが感じた彼女の第一印象は仕事の出来るクールな女性だった。しかし出会って直ぐの頃から、このように少々奇妙な行動が見られるな、とフィガロは思った。
何と言うか彼女はフィガロにやたらと親切にしてくれるのだ。
例えばフィガロが座れるサイズの椅子やテーブル、食器を用意してくれたりとか。魔王城の部屋のベッドに、フィガロでも簡単に持ち上がるくらいの軽い毛布を用意してくれたりとか。彼女は色々とフィガロの世話を焼いてくれる。
その事にはとても感謝しているのだが、たまに今のように変な声を出して悶える事があった。オボロやトバリに対してはこういう事はないので、彼女は一体どうしたのだろうかとフィガロが考えていると、
(そう言えば……他の人達からも色々と差し入れをいただくなぁ)
ここへやって来てくれた魔族達の行動をつられて思い出した。
お菓子とか飲み物とか花とか、魔族達は時々そういう差し入れを持ってきてくれるのだ。
「小さいのに頑張ってんなぁ」
「小さいのにすげぇなぁ」
「うちの子に翅を煎じて飲ませてやりたい」
彼らはそんな事を言われながら色々と差し入れをしてくれる。まぁ、最後の発言だけはちょっと捕食的な意味を感じて、フィガロはヒエッと青褪めたが。
これらの言葉を聞いた当初は、身体の大きさの事を言われているのだろうなと、フィガロは思っていた。
しかしカグヤの行動を合わせて考えると、これはもしや、年齢的な意味で小さいと言われているのではないだろうかとフィガロは気が付いた。
これは早急に、自分の中身は大人だとアピールした方が良い気がする。何だかとても居たたまれない。
「あのう、カグヤさん。私、中身は二十五……」
「お邪魔しますぅ~」
二十五歳なので子供ではないんですよ、という事を伝えようとした時、仕事部屋のドアが開き、誰かが入って来た。
鉱石の身体を持った輝石人の魔族だ。青から紫色の美しい色彩を放っており、歩くたびに窓から差し込む光に照らされてキラキラと煌めいている――のだが。その輝石人の身体はあちこちに亀裂が入ったり、欠けたりしていた。
「あら、ツキミ、おかえりなさい。早かったですね」
「カグヤさん、ただいま~。うん、ちょ~っと覗いて来ただけですからねぇ~」
ツキミと呼ばれた輝石人はへらりと笑いながらソファに腰を下ろす。すると、ずしり、とソファが沈んだ。見た目以上に体重があるようだ。それでもソファは壊れないところを見ると、かなり頑丈な仕様となっているらしい。
「だいぶ派手にやられましたね」
「アハ、さすがにアーネンコールの王都は、なかなか警備が厳重ですからねぇ~」
「アーネンコール?」
おや、とフィガロは目を丸くして、思わずそう聞き返した。
◇ ◇ ◇
同時刻。
アーネンコールの王都の路地裏で、マーヴェルは口に咥えた煙草の煙を、ふう、と吐いていた。
彼女の手や服は切り傷が出来ており、血が滲んでいる。けれども彼女は痛み等気にしないように腕を動かし髪をかきあげた。美しい赤髪がさらりと揺れる。
「相変わらず、あちらさんは強いねぇ」
称賛混じりにそんな事を呟いていると、足元にキラリと何かが光ったのが見えた。おや、と思いながらマーヴェルはしゃがんで指で摘まむ。それは青色にも紫色にも見える鉱石だった。
「ああ、彼のか。いや、彼女か? 輝石人は性別が無いから、どう呼べば良いか迷うね」
鉱石を手に握り直したままマーヴェルは立ち上がる。
彼女はつい先ほど、シュテルンビルトからやって来た襲撃者と対峙していた。
輝石人が二人に獣人が一人だ。特にこの鉱石を落したと思われる輝石人の言葉遣いや振る舞いは、とても丁寧で好感が持てた。敵でなければ一緒に食事でもしながら話をしたい所だったな、とマーヴェルは小さく笑う。
「マーヴェルさーん! 確認終わりました、もう全員、帰ったみたいですよ~」
そうしていると元気な声が聞こえて来た。部下のリチェだ。ゆるく三つ編みにした明るい橙色の髪を跳ねさせながら、彼女はマーヴェルのところへ駆け寄って来る。彼女も身体のあちこちに浅めの傷を負っていた。
「そうか、ご苦労。報告書を作ったら、あとはゆっくりしてくれ」
「はーい!」
マーヴェルが労いの言葉を掛けると、リチェは元気に返事をしてくれた。
「君はいつも元気だね」
「取り得ですからねっ! もう一戦二戦おかわりもいけますよ!」
「戦闘狂みたいな事を言わんでくれ」
「あっはっは」
苦笑交じりのマーヴェルの言葉に、リチェは楽しそうに笑う。
知り合いを思い浮かべて「戦闘狂みたい」なんて言ったが、実際にこの部下はそういう傾向がある。可愛らしい容姿をしているが、ひとたび戦い始めれば狂犬のように楽し気に笑いながら相手へ向かって行くのだ。
先ほどもシュテルンビルトの襲撃者達から「何あれ怖い」と言われたばかりである。手綱をしっかり握っていないとな、と先ほどの戦いを思い出しながらマーヴェルは肩をすくめた。
リチェと比べると、先ほどの襲撃者達の方がよほど常識的だ。
戦っても街や人に被害が出にくい場所を選んでくれたり、時間を見つつほどほどに済ませようとしてくれたりと、その様子は襲撃ではなく、まるで訓練のようだった。
恐らく今出来る最善の行動があれだったのだとマーヴェルは思った。
(私が経験した中でも一番まともだった)
先ほどの輝石人達を思い出しながら、マーヴェルは手の中の鉱石へ目を落とす。
シュテルンビルトからの襲撃者は定期的にやって来る。
その襲撃者とはアーネンコールで言う所の勇者に当たる存在だ。あちらでは使者と呼ばれている。しかし名前は違っていても、その本質は勇者と同じ――暗殺者である。
アーネンコールとシュテルンビルトは古い時代から争いが続いている。
始まりは領土問題だったと記録に残っていた。長く、激しい戦いが続く中、当然ながらそれぞれの国の民達は命を落とし、疲弊して行く。
それを見て両国の王は「このまま続ければ滅んでしまう」と危惧した。けれども争いを止める事は出来ない。
全力で戦っているからこうなっているのだ。ならば全力で戦わなければ良い――そんな事を考えたのだ。
そうして『出来るだけ少人数で、相手の国の王を狙う』と言う取り決めが出来たのである。
つまり少数精鋭でお互いの国の王を狙って襲撃すると言うものだ。
そのために作られたがアーネンコールの勇者とシュテルンビルトの使者という役割だった。
正直、この取り決めについて知った時、マーヴェルは「馬鹿か?」と思った。
争いを続けて不利益を出すのが嫌だから、最小限の戦いで済ませようとそう決めたのだろうが、だったらその時点で争いなど止めれば良いのだ。
あんなものを続けていても益はない。それで儲けているのは、ごくごく一部の人間だけだ。
だからこそマーヴェルは、その取り決めを廃止し、シュテルンビルトと和平を結ぶべきだと主張している。
しかし勇者という生贄を捧げ続けた国のお偉いさん方は、国民から批判と賠償を負うからと渋るのだ。たった数人の犠牲で済むのだから、それに越したことはないだろう、と。
以前マーヴェルは、にやけた顔でそんな事を言った上司の顔を、己の拳で思い切り殴りつけた事がある。
腹が立った。あれほどの怒りを感じた事は初めてだったかもしれない。
その後は謹慎処分や降格など色々あったが、今ではその上司より自分は上の肩書きとなっている。
(こんな事など、終わらせなければ)
相手側の情報を得たいがために、マーヴェルは自らシュテルンビルトからの使者を撃退している。
頻度は半年に一回ほどだ。そうして戦う内に「シュテルンビルトはアーネンコールの王を本気で討とうとはしていない」と言う事に気が付いた。
数年前に代替わりしたと言う、シュテルンビルトの魔王の指示によるものだろう。以前の魔王もさほど積極的ではなかったようだが、今の代の魔王はそれがより顕著に感じられる。
――今ならば、停戦や和平を持ちかける事が出来るかもしれない。
マーヴェルはそう思った。そのために大事なのが今回の勇者達だ。
勇者として選ばれてしまった彼らは、近い内に魔王討伐へ出発する。その一行にマーヴェルはリヒトを推薦した。彼にシュテルンビルト側と交渉を頼んだのだ。
本当ならば自分が行きたかった。しかし、それではアーネンコール側の取りまとめをする者がいなくなってしまう。
だからマーヴェルは、自分と同じ考えを持つリヒトに頼んだのだ。そして彼も快諾してくれている。
ただ最近の彼は万全というわけでもなかった。フィガロ・ヴァイツの件で動揺しているのだ。
「出発前に出来るだけ捜査を進めて、安心させてやりたいが……」
「マーヴェルさん、何か心配事ですか?」
思わず口に出してしまったらリチェが反応した。大きな目でこちらを見るリチェに、特に隠す必要はないので、
「先日あったフィガロ・ヴァイツの件だよ」
とマーヴェルは答える。するとリチェは、ふんふん、と頷いて、
「あ~、あれですか。フィガロさん、お人好し過ぎて他人に何かするってタイプじゃなかったですもんね」
「ああ、そうなんだ……うん? 君はフィガロ・ヴァイツと知り合いだったか?」
「前にお腹が空いて動けなくなっていた時に、ジャムパンもらった事があるんですよ~。良い人だったな~」
「リチェ……」
マーヴェルは思わず頭を抱えたくなった。
リチェの給料から考えると、食べ物を買うお金に困っていたと言う事はまずない。単純に何かに夢中になり過ぎて、食事を摂るのを忘れていたのだろう。
これは少し説教をするべきかと考えてマーヴェルが口を開きかけた時、
「そう言えば襲撃者さんの一人が面白い事を言っていましたよ」
なんて言い出した。
「面白い事?」
「はい。シュテルンビルトについ最近、ルクスフェン様の加護を持って生まれた子がいるらしいです」
「何だって?」
マーヴェルは怪訝に思い片方の眉を上げた。
音楽の神ルクスフェンは、このアーネンコールを守る神だ。だからこそ彼女の加護を持って生まれるならば、この国である事がほとんどだ。
これは他の神にも共通していて、理由を言うと『神が加護を与えるくらい、その者を気に入っているから』である。
気に入っているから自分の手元に置いておきたい。そばで見守りたい。そんな感じなのだ。
それがシュテルンビルト――闇の神モントシュテルが守護する国に生まれた。同じ様な事例は今までにもあったが、それでもとても珍しい事なのだ。
(しかも最近か……)
マーヴェルの脳裏にフィガロ・ヴァイツの名前が浮かぶ。
(もしフィガロ・ヴァイツがルクスフェン様の加護を持って、シュテルンビルトに転生していたとしたら?)
転生させるほどに気に入っていたのならば、フィガロ・ヴァイツが音楽で悪さをしていたとは考えにくい。
やはり彼女は罪を犯していないのではない。その気持ちがマーヴェルの中で強くなった。
「リチェ、よくやった。あとで好きな料理を奢ってやろう」
「えっ、やったー! よく分からないですけど嬉しい!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶリチェを見て、マーヴェルは口元を緩ませる。そして「そう言えば」とある事を思い出した。
「ところで何でそんな話を聞けたんだ?」
「何ででしょうねぇ。普通に戦ってただけなんですけど。あちらさんが、お前は面白い人間だなって言って、急に話してくれたんです」
「…………」
何かその話、恋愛小説でたまに読む気がするとマーヴェルは思った。
だがとりあえず、その辺りはややこしくなりそうなので、今は考えるのはよそうと思ったマーヴェルなのであった。




