11 フィガロにとっての神様は
フィガロの魔法の訓練は、魔王城へとやって来た翌日から始まった。
先生役はトバリである。
ちなみに最初は、なぜかやる気満々のカグヤが。「私がやりたいです!」と立候補していた。
しかしフィガロの場合は神が関係している状態なので、トバリの方が適任だろうという事でこうなったのである。
フィガロがトバリに頼むと「あ、いいよ~。ちょうど暇だからね」と軽い調子で引き受けてくれた。
最初に出会った時もそうだったが、この神様はなかなか気さくである。
正直フィガロは神というものは、もっと近寄りがたいイメージを持っていた。この世界において神とは、土地を守り、そして自分達を見守ってくれている存在だからである。祈りや感謝を捧げる対象であって、友達感覚で話が出来る相手ではない。
……はずなのだが、トバリは出会った時からフィガロに親切にしてくれた。
もちろん神であるため、フィガロ達の感覚とは違う部分はある。
ただフィガロが想像していた神とはトバリは良い意味で違った。
音楽の神ルクスフェンや夜の神モントシュテルの方がずっと、思い浮かべていた神らしい――いわゆる傲慢さという奴を持っている。あの二柱と比べると、トバリはフィガロの感覚に近い見方をしているように思えた。
この世界で最も大きく支持されるオルトノス教の教えでは「神を身近に感じながら生きなさい」という言葉がある。
どのような行いをしているか神は見ているから罪を犯さず正しく生きなさい、という意味の言葉だ。
この世界には神が存在する。偶像ではなく確かに在る。一部の神官は神からの言葉を受けとる事が出来るし、実際に神に救われた者達もいた。
困っている時に助けてくれる、神とはそんな存在だ。
けれどもその「困っている」という状況は人と神の間では相違があるように思えた。
人間であった頃のフィガロは色々と不幸に見舞われた。
けれども神は助けてくれないし、日々の生活だって大変だった。自分は確かに困っていたけれど、神が助けてくれる事はなく、それがあったのは死んでからだ。
神は困れば助けてくれるのではない。
自分が「助けようかな」と思った時に助けてくれるだけだ。
しかしトバリは助けを求めたら助けてくれた。モントシュテルに頼まれた仕事だとしても、助けて欲しいと頼んだら助けてくれたのだ。
ならば自分もその分、助けてもらった恩を返したい。
そう考えて直ぐに出来るのはやはり祈りを捧げる事と音楽だ。
眠りの神トバリへ捧げる曲を作ろうとフィガロが決意していると、
「さて、それじゃあ魔法に関してだけどね。お嬢さんは自分の今の状態はどう考えているかな?」
トバリはそう聞いて来た。
状態と言われても妖精人生二日目である。妖精どころか魔族についてさほど詳しくないフィガロは、今の自分については、恐らく誰よりも分からない。
なので、うーん、と腕を組んで考えた後、
「……魔法が勝手に使えてしまう事でしょうか?」
と答えてみた。
昨日、頭の中で音楽を想像しながら指を動かしたところ、魔法の鍵盤が勝手に出てしまったあれだ。
確かトバリはルクスフェンの影響で、無意識に使えてしまったんじゃないかと言っていた気がする。それを思い出しながらトバリを見上げると、彼は「ご名答!」と笑顔で頷いてくれた。
「妖精ってのは見た目によらず、体内に保有できる魔力の量が多くてね。そこにルクスフェン様の加護が加わった事で、意識せずに魔法が使えるようになってしまったんだろう。ま、呼吸と一緒だね」
「何かこう、ある意味で夢のような話ですね」
「ハハ。そうだね~。だけど、ちゃんと悪夢もあるよ」
「悪夢?」
「昨日は音楽の魔法だったから良かったけど、あれが炎を出したり、氷を出したりする魔法だったらどうなっていたと思う?」
「犯罪者ですね!?」
想像してフィガロはぎょっと目を剥いた。
無意識に炎を出せばあちこち火事になってしまうし、氷を出したら転んで怪我をしてしまう。フィガロの想像力ではこのくらいだが、もっと酷い事になってしまう可能性だってあるのだ。それこそ歩く危険物である。
フィガロが、ひい、と青褪めているのを見て、トバリはくすくす笑った。
「言葉のチョイスがなかなか愉快だね、お嬢さんは」
「犯罪者にさせられそうになった事がありまして、つい……」
「あ~、何か大変だったみたいだねぇ。ま、だけどね、そうなりかねないので、意識して魔法を使える状態に変えねばならないというわけです。お分かり?」
「はい!」
「良いお返事だね」
うん、とトバリは頷くと、右の手のひらを上に向けた。するとそこに光の粒がキラキラと集まり始め、やがて小さなブレスレットのようなものへ変化する。透明な石がついた綺麗なブレスレットだ。
「そこでこれだ。これはね、魔法制御の練習で使われるブレスレットを僕が改良したものだ。はい、つけてみて」
トバリはそう言ってフィガロに腕輪を差し出してくれた。
フィガロは「失礼します」と断って、それを受け取り左手側につけてみる。とたんに、ぐん、と身体が重くなったように感じた。
「何か……重石をつけたような感じにですね」
「そうだね。お嬢さんの場合は魔力を発散させなくてはいけないから、ブレスレットに魔力を吸い取る機能もつけてある」
「吸い取った魔力はどうなるんですか?」
「一定量が貯まったら神に奉納されるね。誰に奉納したいか希望はある? その神へ届くようにするよ」
それはまた不思議なブレスレットである。フィガロは「へ~」と口を開けてそれを眺めた後、
「なら、トバリ様で」
と言った。特に難しく考えた結果ではない。誰に魔力を奉納するか選べと言われたら、フィガロの中ではルクスフェンかトバリの二択だっただけである。昨日助けてもらったし、これからちゃんと祈ると決めたので、ならばトバリだろうと選んだのだ。
すると彼は驚いた様子で首を傾げた。
「僕?」
「はい。しばらくお世話になるので」
「なるほど? ……それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
トバリの声から考えると不思議そうにしていたが、彼はそれ以上には追及せず頷いて、軽く指を動かした。その動きに合わせてブレスレットの石が黒色に変化した。
その色はトバリの髪の色と同じ色合いの黒だった。
おおー、と思いながらフィガロがブレスレットを見ていると「それじゃ、始めようか」とトバリが言う。フィガロは居住まいを正して「はい!」と返事をした。
トバリは満足そうに頷くと、
「いいね。では最初に……ちょっとお嬢さんの中の魔力、全部放出してもらおっか」
「はい……はい?」
フィガロは一度頷いて、直ぐに「あれ?」と思って聞き返す。
今、なんかとんでもない事を言われた気がする。
フィガロはトバリを見上げながら、
「ぜ、全部……?」
と確認するように聞き返した。トバリは笑顔で頷く。
「全部。魔力が少ないと勝手に魔法が出ないでしょ? それにその方が魔法を使おうと意識しやすいからね。というわけで……」
そう言いながら、パチン、とトバリは指を鳴らす。とたんにフィガロのつけたブレスレットが光はじめ、ぐんぐん魔力が吸われて行くのが分かった。
「ちょー!? トバリ様ー!? 魔力がゼロになるとどうなるんですかー!?」
「大丈夫大丈夫。気絶するくらいだから!」
「大丈夫ではないですね!?」
ひい、とフィガロは悲鳴を上げる。
しかし、だからと言って、それが止まるわけもなく。
結局フィガロは程なくして、ほとんどの魔力を吸い取られ、目を回し倒れてしまったのだった。




