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死んで生まれ変わったわけですが、神様はちょっとうっかりが過ぎる。  作者: 石動なつめ


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10 ニコロ・ヴァイツという人間


 その日、ニコロ・ヴァイツは国から依頼を受けて、オルトノス教の教会でピアノを演奏する事になった。

 本音を言えばニコロはあまり乗り気ではなかった。けれども国から頼まれれば、今後の付き合いを考えても断る事は難しい。

 それに悲劇のピアニストだ何だと持ち上げられている事も、ニコロにとってはとんでもなく不愉快だった。

 しかし、そんな心の内などおくびも出さずに、ニコロは自分に向けられた声援に応える。


「ニコロさん、素敵ー!」

「ニコロくん、こっち向いてー!」


 甲高い声援がまるで悲鳴のように教会のあちこちから上がる。

 その光景にニコロはうんざりした。アーネンコールの教会は、いつから劇場になったのか。神へ祈りを捧げる神聖な場所でこんな騒ぎを起こされては、神官達はさぞかし不快な気持ちになっている事だろう。

 そう思って教会内を観察したら案の定、離れた場所でこちらを見ている神官の一人が憮然とした顔をしていた。


(俺だってやりたくないんだけどね、こんな事)


 ニコロは有名にこそなりたかったが、別にきゃあきゃあ言われたいわけではない。

 何故ならニコロは人間というものが嫌いだからだ。他人を騙し、陥れ、そして自分の欲望のままに擦り寄って来る。汚くて、気持ち悪い。

 それをニコロは何年も前に嫌と言うほど理解した。




 ◇ ◇ ◇




 ニコロは幼い頃に両親を病で失くした。

 親戚もいなかったため、そのまま孤児院に入れられたが、そこがまぁ酷かった。孤児を集めて、子供が欲しい金持ちに大金で売っているのだ。

 この国は人身売買が禁止されているため、お金に関しては寄付という名目だったが、あの孤児院の孤児は誰もが知っている。自分達は商品だったと。

 ニコロもそうだった。なまじ見目が良いニコロは高く売れると大事にされていた。

 ほどよく肉を付けるようにと栄養のあるものを食べさせられ、髪や肌に艶が出るように手入れされ。気分はまるで、喰われるために育てられる家畜だった。


 さて、そう言う意味で大事にされていたニコロだが、そこから分かる通り孤児達には序列があった。

 高く売れるか、売れないかだ。そして後者になるにつれて待遇は悪くなる。

 平等ではない環境の中で暮らす内に、待遇の悪い孤児達が、待遇の良い孤児達に「ずるい」と言い出すまでは、そう時間は掛らなかった。

 孤児にとっての楽しみは食事くらいだ。そこに明確な差が産まれれば、そういう感情を抱かれても仕方がない。

 ニコロは陰湿な嫌がらせを受けた。その犯人は待遇の悪い――とりわけ引き取られたばかりの孤児達だ。

 それなりに長くいる孤児達はそれに加わったりはしない。いくら孤児院内で待遇が良くても、孤児院を出た後で必ずしも良い生活が送れるとは限らないと知っていたからだ。

 そしてニコロはその中で『最悪』を引いた。

 だから売られる前にニコロは孤児院から逃げ出す事にしたのだ。

 けれどその前日に、今まで嫌がらせをしてきた孤児達に捕まってしまった。そいつらは何を勘違いしたのか、


「そんなに引き取られるのが嫌なら、その綺麗な顔をダメにしてやるよ」


 なんて言って、火のついた松明をニコロの顔に押し付けようとしたのだ。

 ふざけるなとニコロは必死で暴れた。すると孤児の手から松明が床に落ち、辺りに燃え広がり始めたのだ。

 ニコロを押さえつけていた孤児達は、悲鳴を上げてその場から逃げ出した。ニコロもここで死んでなるものかと炎の中を必死で逃げて、逃げて――顔の半分に酷い火傷を負ったが何とか生き延びる事が出来た。


 しかしその後が悪かった。孤児院を出たとしても行く当てがなかったのだ。

 火傷の痛みと高熱に苛まれながら蹲っていたニコロは、その時、人生を変える人物と出会った。

 フィガロ・ヴァイツだ。

 見るからにお人好しそうなその女は、ニコロを見つけるなり駆け寄って来て「大丈夫?」と声をかけてきたのだ。そして持っていたパンやソーセージ、ミルクをニコロに食べさせてくれた。

 どれも安い味がした。孤児院で食べていたモノより数段味は落ちている。

 

 ――なのに、それなのに、何だかとても美味しく感じて。


 気が付いたらニコロは泣きながらそれを食べていた。今考えても、あの時どうして涙が出たのかニコロには分からない。

 そうして食べながら、フィガロはニコロに事情を聞いて来たので、当たり障りのない部分だけを彼女に話しておいた。

 すると彼女は何を思ったのか涙ぐみながら、ニコロに「うちに来る?」と聞いて来たのだ。

 それを聞いてニコロは警戒心を強めた。けれども逃げる体力や気力はニコロにはない。こんな場所で野垂れ死ぬくらいならば、せめてまともに動けるようになるまでは利用してやろうと考え、ニコロは殊勝なフリをして頷いた。


 そうしてフィガロの家で暮らす事になったのだが、待てと暮らせどフィガロが自分に何かしてくる様子はない。

 一カ月、二カ月、三カ月……あっと言う間に一年が過ぎてもフィガロはニコロに何もして来ない。それどころか彼女はニコロにとても優しくしてくれるのだ。

 困惑した。不気味だった。何だこいつはとニコロは思った。だってこれまでにニコロが接した事のある人間とまるでタイプが違ったからだ。


 無条件で優しい人間など存在しないはずだ。絶対にこいつは何かを企んでいる。

 その化けの皮を剥いでやろうと思ったニコロは、フィガロが大事にしているピアノを乱暴に、めちゃくちゃに弾いてやった。そうすればさすがに怒り出し、本性を現すだろうと思ったのだ。

 しかし、


「すごいすごい! ニコロ! 君にはピアノの才能があるよ!」


 何故かフィガロは手を叩いて喜んだのである。

 ニコロは再び何だこいつはと思った。

 そして、その姿を見てニコロはようやく理解した。こいつはただのお人好しだと。


 それからフィガロはニコロにピアノを教えてくれた。

 最初は音楽なんて何の役に立つのかと思ったが、やってみるとこれが意外と面白い。鍵盤を押せば音が出る。そんな当たり前の事が楽しくて仕方なかった。

 ピアノを弾くたびにフィガロが喜ぶのも、悪くないなと思ったからかもしれない。


 そうして習っていると、ニコロも音楽の事がだんだん分かるようになってきた。それと同時にフィガロが売れない音楽家だという事にも疑問を抱くようになった。

 だって彼女のピアノの腕は素晴らしいのだ。特に作り出す曲は、どれも純粋に音楽への愛が感じられて、ニコロは好きだった。

 けれどもなぜかフィガロの音楽が評価される事はない。


 人前でピアノの演奏を披露していないからかと思えば、そうでもない。フィガロはコンクールにも出ているし、お金を稼ぐために夜の酒場でピアノを弾いていたりもする。

 彼女の演奏が人の耳に届く機会は十分あったのだ。

 しかし評価をされる事がない。ニコロにはその理由が分からなかった。

 疑問を抱えたまま、ニコロは王都にある音楽学校へ通う事となった。フィガロが勧めてくれたからだ。生活費だって厳しいだろうに、


「ニコロには才能がある。だからその才能を伸ばして欲しい。ニコロの音楽は素晴らしいものだよ」


 と言ったのだ。断ろうと思ったのに、そこまで言われてしまってはどうしようもない。ニコロは承諾し音楽学校へ入学した。

 そこでの生活も意外と悪くなかった。通っている人間も、まぁまぁどうしようもないのもいたが、孤児院の頃と比べるとかわいいものである。笑顔でやり過ごし、味方を作り、ほどほどに人間関係を構築しながらニコロは音楽を学んだ。


 そんなある日の事だ。ニコロが図書館で本を探していたら、ふと、神について書かれた本を見つけた。

 そう言えば次の試験範囲に入っていたなと、ニコロは興味本位でその本を手に取った。読み始めてみると、どうやらその本は神の加護について書かれた本のようだ。

 その中でニコロはあるページに目を留めた。そこにはリュセイノスという神について書かれている。

 知識の神リュセイノス。物静かで引っ込み思案ではあるが、主神オルトノスに頼られるくらいに賢い神の名前だ。

 ただその反面、人付き合いがあまり得意ではないようで、神々の中では少し浮いているらしい。そして、それは自身の信者に対してもそうだった。

 良く言って不器用。悪く言って距離感の詰め方が最悪。熱心に祈りを捧げられると「何かお返しをしなくては」と考えるような神らしく、そのせいで過去に何度も問題を起こしているらしい。


 その一つが加護だ。

 リュセイノスは自身の信者を大事に思うあまり、加護を多めに与えてしまう事があるそうなのだ。

 神の加護というものは純粋な神の力の塊だ。強すぎるために、この世に生きる者達の身体では耐えられない。だから神が加護を与える時は、彼らにとってはほんの少しでないとならないのである。

 だがしかし、リュセイノスはその加減を間違えた。このくらいならば問題ないと自身の知識を信じて、これまでに他の神々が与えていた加護よりも多めに与えてしまったのだ。

 その結果、加護を与えられた人間の身体はそれに耐えられず弾けて死んだ。

 しかもそれだけでは終わらず、加護が魂にも影響を及ぼし、生まれ変わった時に悪い方で出てしまった例がある、と本に書かれていた。

 読んでニコロは「あれ?」と思った。何となく、フィガロの顔が浮かんだからだ。


(もしかしてセンセイ、これじゃないよな……)


 この本が出版されたのはだいぶ前で、フィガロはまだ生まれていない。だから本に記載されている例は違う人物なのだろうが、もしかしたらフィガロもそう(・・)ではないかとニコロは思うようになった。

 フィガロの音楽がなぜか評価されないのもそうだが彼女は運も悪い。一緒に暮らしていて「どうしてそうなる?」と思ったのは何度もある。

 もしもそれが、神の加護によるものだったら?


(これ、何とか出来ないのか?)


 そう思ってニコロは他の本も探してみた。

 けれども、見つかったのは、


「そうやって生まれてしまった者をどうにか出来る手段はない」

「ただし神が干渉した時だけは加護が中和されるため、悪い影響が緩和される」


 という二点だけだった。

 本によっては「今の人生は諦めるしかない」と無情な言葉が記されているものもあった。


「…………」


 ああ、とニコロは思った。


「あの人はこれからずっと……報われない人生を歩むのか」


 唯一、自分に優しくしてくれたあの人が、ニコロの好きなフィガロの音楽が、ただただ埋もれて行くだけなのか。

 そう考えたらニコロは無性に悲しくなった。はは、と乾いた笑いが口から漏れる。


(あの人だから無理だと言うなら。それならば……あの人以外ならどうだ?)


 フィガロは自分で自分の音楽を認めさせる事が出来ないなら、他人がフィガロの音楽を広めればどうだろうかとニコロは考えたのだ。

 フィガロの手を離れれば、きっと、加護とやらが影響しないはず。

 それじゃあ、誰に任せれば最適だ?

 そう考えてニコロは誰かがフィガロの音楽を演奏している姿を思い浮かべ、強い嫌悪感を感じた。


(……嫌だ)


 フィガロの音楽が誰かのモノになるのは。

 それだけは嫌だ。

 それならばいっそ、自分が。

 パチン、とニコロは頭の中で何か糸のようなものが切れた音が聞こえた気がした。口の端が吊り上がる。


(ああ――俺のモノにしてしまおう)


 そうすれば、こんな嫌な気持ちにはならない。

 フィガロの音楽を、フィガロが褒めてくれた自分のピアノで奏でて広める。それは素晴らしい事のようにニコロには思えた。

 そして同時にこうも思った。

 フィガロが今世で報われないのならば、来世に送ってあげようと。

 自分を救ってくれた恩人を今度は自分が救うのだ。最悪な人生を歩んできたニコロが、誰かの最善を選択してあげられる。しかもその相手はニコロが唯一信じられた恩人。

 自分が、あの人の力になれる。それはとても甘美な響きだった。


「…………センセイ」


 ただ、別れを想像すると、それはそれで寂しいとも感じるけれど。

 そんな事を思いながらニコロは図書館を出た。彼自身にとって人生で最高の計画を練るために。


 その計画が実行されたのは、それから一年後の事だった。


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