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第6話 愚者 1445年

山下柵左衛門(さくざえもん)定包(さだかね)

素朴で純真な野人(改変)。原作では(おそらく悪来をモデルとした)佞臣。

この山下、神余、玉梓まわりを大きく改変しております。

 砦の眺めは噂通りの絶景であった。

 遠く一面に広がる海、眼下を望めば横へ伸びる浜。波が寄せては砕けていく。

 その白線の不規則と単調な波音が義実の胸にさまざま想いを呼び起こした。


 白浜は内房と外房を繋ぐ要衝だ。

 西の伊戸も押さえたことで南西端、洲崎周りの船手にも声をかけやすくなった。

 その前から内房北部、竜島に勝山あたりの船手とは安西氏の庇護のもと縁を紡いでいる。

 

 つまるところ、まずは湊であるらしい。

 新参の余所者である里見には豊かな地所を、いわば「面」を制圧する力がない。

 だが田畑に乏しき小さな集落、「点」を押さえる分には周囲の警戒を呼び難い。

 だから海岸線を勝山から南へ、洲崎から東へ。その中央には古来名高き平久里へぐり湊、鏡ヶ浦、高之島湊。だがこれら大規模港湾に手を出せば土着の豪族と衝突することになる。

 いつになることか、どこまでいけるか、常陸の旧領を取り戻す日も来ようかと、義実のふくらむ希望はしかし麓の大声に破られた。


「結城合戦に名高き勇者里見どのに一手を仕らん」

 また来たと苦笑しながら義実の上げる腰はこれが案外軽かった。

「我が名は山下やました柵左衛門さくざえもん定包さだかね。房州一の槍なり」

 毎度律儀に名乗りを上げてくるあたりがまたいかにも若い、などと思うあたり自分も年を取ったものかと義実の苦笑はなお深く、しかして脚はなお弾むのだった。


 勢いのまま撃ち出で三合、視界の隅で兎が跳ねた。

 馳せ違い所を変えてまた五合、樹上の鳥が逃げ出した。

 二十合を交わすころには互いの身に刃風が迫り、頸の柔毛が削げ落ちる。

 さあここからが正念場……であるところ、甘い時間はつねに儚く現実はつねに無粋なのである。


「いいかげんにするだよ若、ではぇった殿、またぞろ叔父御が参ったわでよ」

「いいかげんにしてくだされ里見どの。御身に何かあったらこの金碗八郎、留守にしている杉倉どのに申し訳が立たぬ」


 なるほど今のところは良い汗出し、だが若い柵左衛門が技を身につければ危うい。そうしたわけで八郎に言われるがまま引き分かれた義実、ひとりの若者を引見していた。


 いっぽうの柵左衛門も側仕えの乳兄弟によって領村へと――位置的には神余の西隣、白浜の北西にあたるのだが――引き戻されていた。

「若、ではねぇった殿。そこまで武芸が好きだかよ? 香取だ鹿島だ行ってみてぇだか?」

「あいさ、目指すは日の本一の槍だわで」

 深刻な顔で見返す乳兄弟に館を任せ柵左衛門、みずから叔父を迎え撃つ。

「やい叔父御、こん地所はおらのもんだと何度言えば分かるだ。勝負の邪魔をしくさって」

 柵左衛門に言わせれば「親父の地所もんを子が受ける」のは当たり前なのである。そったら道理も弁えずと「こいつを見るだ、『かまくらどの』のお墨付きだっぺ」などと訳分からぬことをぬかす叔父をいつものように脅かし追い立て帰ってみれば、あにはからんや。館の門は閉ざされ石など投げられたのであった。

「間違うな、おらだ、柵左衛門だ」

 必死の呼び声にようやく乳兄弟が姿を現すもその手に取るは遠慮がちな小石どころか弓だった。すくむ足元に征矢が立つ。寄せ手の群れも取って返し遠間より矢石を飛ばし迫り来る。

 豪勇柵左衛門、弱腰の叔父など恐れはせぬが年来の近習乳兄弟に裏切られた衝撃は大きかった。日ごろ自慢の強力もどこへ消えたか為す術もなく逃げ奔る。宵闇を迎えてなお追跡はやまず松明の火など見え隠れするさまに柵左衛門、獣のごとく狩りたてられてはかなわぬと地所が裏手の山を駆け惑ううち足を滑らせ崖に落ち、「ならばいっそ見つけてみるがえ」と開き直りに不逞寝を決め込むこととした。

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