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第5話 白浜 1445年

簗田やなだ持助:足利万寿王の叔父、義実とは後に相婿となる(史実?)

杉倉木曾介(きそのすけ)氏元:里見家の老臣(原作準拠)


 白浜砦はいわゆる山城であった。

 南の海岸から北へわずか四町ほど平地が続いた先にいきなり丘が聳えていて、その丘じたいが天然の防ぎにあたっている。

「まともに攻めるのではどうしようもない。北から忍び入ることもかなわぬ」

 北の神余郷と南の白浜砦は谷川一つを挟んで互いに「裏山」の関係にあたる。つまり金碗八郎は砦を眺めて育ったわけで、その言は信ずるほかない。

「丘の上に常日頃から住むものか?」

「麓の館を拙速に陥とし木曾一党の身柄を押さえる、考えは悪くありませぬが」

 速攻を仕掛けるとあれば、白浜砦の見張り台がまた厄介なのだ。南の海は眼下一望、天気次第で八丈島まで見えるほど。

 したがって船で寄せればすぐ見つかるし、かといって夜の航海は岸伝いでも危険が伴う。つまり里見が得手の盗人いくさ、もとい神速の進退が封じられるとあって、どうしたものかと義実の顔は晴れぬのであった。


 ひとつ幸いであったのは西に洲崎すのさきを扼しつつ東に白浜を睨む伊戸いと郷を治める簗田やなだ一党の協力が得られたこと。

 この簗田氏だが、下総関宿(せきやど)に本拠を置く鎌倉公方足利氏の準・一門衆である。

 今なお下総水海(みずみ)城で抵抗を続ける当主の持助もちすけも万寿王の叔父にしてその危機を救った人物であり、したがって里見家の義実とは盟友とも言える間柄であった。

 その簗田持助からは房州に着いて間もなく書信が届いていた。早さに義実は驚いたもので、そこには理由もあるのだが……今はしばらく措く。

 ともかく伊戸簗田党の協力に地元船手の加勢、こうした利点をどう活かすかと、この日も義実は眉間に皺を寄せつつ庭を眺めていた。


「戦ですか、殿」

 驚いて振り返れば、杉倉すぎくら木曾介きそのすけ氏元うじもとが柱の陰から姿を見せた。佐久と美濃と、万寿王兄弟の連絡に当たっていた里見家の重臣である。

 お顔を見れば分かりますよとその氏元が目尻に皺を作る。この男ならば軍機を漏らすはずもなしと、ようやく義実も愁眉を開いたものであった。


「『用兵の道は心を攻むるを上となし、城を攻むるを下となす』と申します」

「なるほど山を目がけたところで利は見込めぬが」

 小さな不快を軽口に逃がす、義実にせよそれぐらいには気を使うべき相手ではある。だが老臣の側であるじを逃がす気は無かったらしい。

「老いた者どもの心をご存じで? 良い年して落ち武者旅を重ねてまで帰参した我らの心」

「武士の務めとは家を繋ぐこと、突き詰めれば利だ。だからここ房州に地所を、お前たちにも」 

「お若い」

 さすがに叱声を放ちかけた義実を手で制した杉倉氏元、その声はどこまでも低くその目はどこまでも沈んでいた。

「簗田の助力を得て速攻とのお考え、正しきものと。里見の戦をご覧に入れます」

 

 月影を利し夜の海を冒し伊戸から白浜に上陸した頃合いは未明も間遠、それでも白浜の木曾がたに感づかれている気配があった。

 進言に沿い先鋒の指揮には杉倉を当てた。さぞ老練の手腕を見せることかと思いきや、これがまさかの力押し。

 防備が固まりきる前にと麓の館に押し寄せるや瞬く間に矢石を浴びて五人が討たれ、だがその屍を梯子代わりに次々塀を乗り越える。まっさき現れた敵の豪勇には一番乗りが槍を投げ捨て抱き着いた。かと見れば二番乗りが躊躇いもなく敵もろともに突き倒す。みな同様に死んでゆく。


 誉も功名も投げ捨てた里見一党の戦ぶりに敵も味方も目を奪われたその隙を狙われた。簗田の首に矢が突き立つ。

「曲者、西だ!」

 北の崖から舌の如く伸びるわだかまり、その森に翻る影にはしかし構うべきでない。

「簗田どのの近侍に任せよ。残りは我に従え、館を陥とす」

 逃走に海戦、幾度となく切所を経た身の義実が時誤たず極め付ける。 

「弔い戦ぞ」


 勢いのまま館を破り木曾一党を一室に取り籠め終えて、さて眺めた庭は凄惨を極めていた。

 抱きつき諸共に貫かれた骸の山。背疵が無いと思えば敵の頸に歯を立てた白髪首。「殿お手ずからの介錯、冥利の限り」などと厚かましきおねだりに義実が一通り応えたあたりで待ち人も帰ってきた。


「仇は討ち果たされてござる。しかし近侍の皆さまも、簗田どのに忠義を尽くし」

 相果てたとのこと、よほど手強いうえに地の利を得た男ででもあったのだろう。金碗八郎が言うのだから間違いはない。

「武家の習い、双方いずれ見事なもの。簗田本家のご当主にも良い報せができた」

 息まく伊戸簗田一党には笑顔を見せるだけで良い、配下がすさまじき武威を示した義実としては。

「もはや無用の殺戮は控えたいと仰せか。里見どのの尊きお志、あちらにもお分かりいただけよう」

 消沈する白浜木曾一党は地元育ちの仏僧に任せておけば良いのであった。


「二度の敗け戦は時の運、里見は弱くござらぬ。殿にはどうかお見知りおきを」

「先君にお詫び申し上げる」 

「死ぬべき時に死なぬことの無様、身に沁み申した。再機を賜り恐悦至極」

「ただ一度のご奉公、これにてお許しを」

 さまざま書かれた板切れを義実から返されるや杉倉氏元、力任せにへし折った。

「武士の務めとは家を繋ぐこと。妻女は奪われ子は殺され家を繋ぐことかなわぬとなれば、あとは何のために生きるものか」

 火に照らされた赤い目が義実を見据えていた。

「年寄りどもに殿のおもりを頼まれました。老臣おとなの務めであろうと」

 そして笑顔に開いたその口までもが赤かった。

「おお、金碗どの。伊戸の簗田と白浜の木曾、残った若君を殿に引き合わせるまでの段取りはつけ申したが、なにぶん我ら安房には不案内ゆえ」

 片や討死に片や切腹。その孤児を後見し、彼ら亡父の武勇を讃え、そして両者を反目させるのは義実の仕事である。

「助かりますぞ杉倉どの。残党につき取りこぼせぬはこの五名、うち三名は例によって利を啖わせば足る。ひとりは自惚れ強き名誇りゆえ、里見どの御自らの会釈で済む。残った堅物には拙僧が当たりましょうぞ」

 功労一等と言うべき八郎も笑っていた。見慣れた数珠を袖の裡より覗かせて。

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