第4話 寄寓 1444年~1445年
安西三郎大夫景連
里見義実の後ろ盾(『北条五代記』)となった、好人物(改変)。原作では奸智に長けており、義実の房州統一事業におけるラスボスの位置づけ
役に立たない豆知識
滝田:読みは「たきだ」。平板アクセント、「だ」に強勢
里見義実が逃れた南総は房州につき少しばかり述べようと思う。
いったいこの国は鎌倉府の所領が広く、すなわちそのおおかたが公方がたの「持ち物」である。しかし公方の補佐にあたる関東管領もそこは実務を知るだけに、港湾に人を配し交易のうまみを握るなどその勢力は盛んなものがあった。
つまり安房もまた禅秀の乱に永享の乱また結城合戦とうち続く戦乱の波に乗り、公方がた管領がたに分かれながら(そのはるか以前からとは、安房に限らずこの日の本では言わぬ約束なのである)いがみ合っていたというわけ。
「ゆえに拙僧も神余郷に帰れぬのよ」
神余が金碗を名乗る、もって賢察されたいとのこと。
つまりは家中を分けていたのだろう。何かあるたび管領がたと公方がたと、出す担当を変え折衝に当たるべく。
「しかし禅秀の乱に始まり結城合戦と、公方がたの負けが込んだゆえ」
鎌倉公方を担当していた金碗八郎は神余家の方針として追放された。以て「このとおり当家は管領に忠誠を誓っております」と、まあそうした次第。
「殺されも廃絶もされぬだけ有情……のどかで良い国にござろう?」
一族挙げて闘死した里見家の義実に気を使ったか、ひと言加えた金碗八郎声を低めて話題を変えた。
「しかし落ち武者旅はさんざんでしたな里見どの、土くれなど投げられて」
「晋文の故事を思えば辛抱もなろう」
「して安西の殿は斉の桓公たりえましょうや」
八郎が口にしたその人とは、房州は北の入口・平群郡に勢力を張る安西氏の長、三郎大夫景連がこと。
金碗八郎の名に喜んで逗留を受け入れた後で里見義実の名を聞くや梅干しでも噛んだような顔を見せ……ともかくいちおう「恩人」ではある。そうしたわけで慎ましく口を噤んだ義実だったが、八郎は畳みかける。
「貴種流離譚と申しますがなぜ流離するものか」
「貴種はその『名』で領地を奪う、ゆえにこそ」
里見もそれなりの名族ではあり、つまり安西氏や神余氏、少し離れて丸氏に東条氏などの房州諸豪を追い出して領主となっても違和感は小さいのである。
話に出てきた斉の桓公にせよ晋の文公ほか亡命公子を優遇したのは、彼らが乗っ取りを思ったところで叩き潰せる覇者だから。
つまるところ養うだけの度量に財力、下克上を防ぐ武力権力、すべてを持ち合わせぬ者は亡命者を追い出すほかになく、したがって貴種は流離うほかにないのである……乗っ取りを果たすか野垂れ死ぬまで。
「その点、安西の殿は力に欠けておりますなあ」
八郎が言うほど安西一党も馬鹿ではない。客人の里見がいつ牙を剥くかと警戒し、なろうことなら厄介払いしたいものとちょっかいを仕掛けてくる。その力を削ぎにかかる。
それでも安西氏が、その家臣団が義実を追い出さないのは結城合戦を生き延びた――と、いつの間にやらそういうことになっていた――彼の名望武勇知略統率を憚っているからで、港を仕切る管領がたほか隣地との小競り合いに、時として領民の鎮圧にと欠かせぬ駒であるからだった。
もとは三人で安房に流れてきた里見の一党、当然ながら土地無し金無し縁も無し。それが力を得た理由であるが……無いなら奪う、それが武士の理屈であって。そして奪い方なら先だってより腕に覚えがあるわけで。
里見義実、武相また房州で縁を結んだ船手の衆に礼を弾んで海賊行為もとい、いつか再び降臨する鎌倉公方の御ために管領がたの船を叩きに叩くという後方支援に精出していたのである。
おかげで金はどうにかなったが武士と言えば「一所懸命」、褒美と言えば何を措いても土地である。この頃には噂を聞きつけ常陸ほか各地から遺臣が集まりだしたこともあり、義実の仮寓も何かと手狭になっていた。
だが日本のどんづまり・房州といえど無主の土地などあるわけもなく。ならば流浪の豺狼を拾って食わせる好人物安西景連の地盤を乗っ取ってみたくもなるのだが、こうしたあるじの下にはその徳を良しとする家臣団が固く結束している、それが相場というもので。坂東の武士団は頭をつぶすと連枝一同が数を頼みに押してくることも思えば、現状勝てる見込みも立たぬのであった。
「里見どのにおいで願いたいと、あるじより」
その安西景連から勝山城に招きを受けるや、義実は即座に席を立った。
仕物討ちなどあり得ぬ男だ、ならばこちらも信を示すべきなのである。後で安西の家臣団がうるさいから。
「我ら安西、南隣の神余とは険悪なところ。これはご存じかと」
にこやかに語る景連が金碗八郎を受け入れた理由である。
神余の一党は南部山中の神余郷より北に出で、稲村のあたりまで――安房においては最も生産力の高い、豊かな地域であるが――勢力を張っていた。このまま滝田まで北進されたくはない。
「そこでだ、ここに一石を打とうと思う」
広げた地図の向こう側、神余を挟む位置に黒石をぱちりと置いて景連がひとのよい笑顔を見せる。覗き込めばそれは房州最南端、この日の本でも最果ての白浜であった。
「白浜湊の代官は管領方の木曾氏ゆえ遠慮はご無用。このこと成れば、白浜は里見どの一党のご随意ということで」
体の良い厄介払いではあるが、暗殺などしかけてくるよりはよほど好意的。猫の額ほどでも土地あってこその武士なれば、そこは里見義実も快く話を受けたものだった。
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