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第3話 安房へ  1444年初秋

金碗かなまり八郎孝吉(たかよし):超有能な(原作準拠)ク〇坊主(改変)

堀内ほりうち蔵人くらんど貞行さだゆき:原作では里見家の老臣おとな

武田信長:一方の梟雄(史実)

浦河:いまの浦賀

「予期していた以上に堅いな、武相の境」

 空より照りつけ海より跳ね返る陽光にうんざりしつつ、義実は旅の道連れ、神余かなまり氏から分かれて金碗かなまり八郎孝吉(たかよし)を名乗る男に語りかけた。

「それにしても、哀れなことをした」

 海野尽右衛門の矢を肩に受けた水手は治療のかい無くあい果てた。当人の望みで内海に沈めたが、これでまことに良かったものか。

「死すれば無、諸行無常よ。首を引っ込めておらねば里見どのが死んでおった」

 受けて金碗八郎、この日ばかりは仏僧めいたことを口にする。

「さてしかし、船頭が不在では強盗を働こうにもなかなか」

 かと思えば念仏唱えたその口で物騒を説き始める。

「任せてくれろ、おらが代わるだ」

 襲った敵方の船手は可能な限り生かすようにしていた。帰属を望めば受け入れてもいる。

 名乗り出た男もその口だが、亡くなった船頭とは同郷とのこと。その扱いに感ずるところがあったらしい。

「これは里見どのの慈悲心がみ仏に通じたものか」

 頭を下げて八郎、再び仏僧に返り数珠を揉んでいる。融通無碍とか言うらしいが、さすがに都合が過ぎはせぬかと義実もげんなり頭を垂れたものだった。


 ともあれ、じっさい武州沿岸における里見義実の評判は上々であった。

 曰く、あの武士は水手に無理をさせぬ、怪我死人など出れば坊様を寄越す、そして何よりくれる分け前の割が良い。管領がたの武士どもは我らをこき使うばかりでろくな手当ても出さぬというに。

 ……すべて義実に言わせれば当然のことではあったのだが。

 水練の心得ぐらいはあるものの、操船はまだまだとても。そのざまで海賊など働いたところで、船手に怪我をされては逃げるもままならぬ。だいたい接舷してより後の仕事、仏作りは武士われ坊主かなまりの本分であるからして、無理をさせても足手まとい。つまりは各々ところを得せしめてこその侍大将と、これは名門里見家の当主ならば――他に誰も残っておらぬのだから文句を言われる筋合いもない――わきまえおくべきところである。

 それより何より沿岸と内海に盤踞する彼ら船手――沿岸住民とも漁撈の民とも言い換えられるが――の支持を失えば、今度こそこの坂東に居所もない。


 だがこの明け暮れもいつまで保つか。

 近ごろ輸送にあたる二形ふたなり船の艤装がやけにいかめしい。沿岸を歩む武士の影が増えた。

 そうこうするうち義実が寄越す押領の分け前と管領からの賞罰と、船手から見た損益分岐が過ぎてしまえばどうなるかは自明である。武者すら華を去り実に就くもの、まして武士に恨みこそあれ義理など皆無の民においてをや。恩も礼もひとえに風の前の塵に同じ。


 そう思っていたのだが、秋に入ってまた少し警戒が緩み始めた、ような、気配があった。逃亡生活の長い義実、この感覚にだけは自信がある。

「まことなれば、夏過ぎて飽き来たるらし墨染の衣ほすてふ安房の富山とみさん……を見る日も再び来るものか」

「そこはせめて、慣らす扇の飽きの果つ風ぐらい言えぬものかよ」


 金碗八郎と顔見合わせて馬鹿笑いしたところでにわかに空がかき曇る。

 土砂降りの名に恥じぬ大音が響き、しかしたちまち消えたその不思議に両者思わず軒をくぐれば、広がる蒼天に一筆が掃かれていた。


「虹、か」

「ずいぶんと色の濃い」

 相模と安房をつなぐ橋のようにも、伝説に聞く竜のようにも目に映る。

 だが天を見上げても空しきばかり。地に足つけてと武相境に目を転じたところで駆け過ぎる騎馬があった。馬蹄の響きがさらに続く。

 さて何事かと小手をかざす八郎の耳に弦鳴りが響く。後続がひとりふたりと馬から転げ落ちていた。

「討手は管領がた、相違あるまいが」

「粗忽の限り、手を出すならば平らげねばなるまいに」

 

 助けた騎乗の士は堀内ほりうち蔵人くらんど貞行さだゆきと名乗った。あるじ武田信長に命ぜられて使者に立ったと。

 何を告げにと尋ねれば、そこは主命とあってしばし躊躇を見せたのち「いずれ知れることでもあるか」と、一言だけを口にした。


 艱難に親しみすぎて心が擦り切れぎみの義実だが、その一報にはさすがに驚いた。

 関東管領上杉清方が亡くなっていたのである。


「今しばしの休息を許されたい。のち、夜陰を突いて北方へ」

 無益なことと吐き捨てたところを堀内蔵人にうるさく噛み付かれ、里見義実も己が身を、その境遇を明かした。

「地生えの武士は甘くない。闇の中でも道を辿れる。どこまでも追い縋り息の根を止めにかかる」

 暗く苦いその顔に蔵人の紅潮した頬からも血の気が去ったところに金碗八郎もうまいことを言い出した。

「いっそ堂々渡るがよろしかろう。武田公より上杉実定公へ、お悔やみの使者とでも称して……そう慌てなさるな、他にどこへ使者を立てると? ご両所の懇意は広く知られておるところ」

 それが密使の体など取ったらこれ陰謀にしか見えぬではないかというわけ。なかなかに人が悪い。

「ま、露見したならそれはそれ」

 仏僧めいた八郎はともかく、義実も義実で慎重なわりに放下めいたところもあるらしい。

 ともあれ一行は堀内蔵人の突出により開いた警戒網の穴を潜り街道に出、正面から浦河に乗り込んだのであった。


「安宅の関でもまねて見しょうか」

 浦河湊の役人がいちおう見せた厳しい顔に堀内蔵人は微笑を以て答えていた。

 討手を逃れた直後とて泡食っていた前日とは違い、そこはさすが他国の使者に立つだけの老練ぶりを見せている。


 役人の側でもふっと息を抜き頬を緩めた。

 関東管領の代替わりなどと、面倒が多発する時期に武田信長を――かつて甲斐国守護を争った実力者にして、今は鎌倉もほど近い相模西部に地所を持つ豪族である――相手に悶着を起こしたい被官つとめにんなどあるはずもなく。

 申告内容にせよ、まずもって船出の目的は明確にして正当。堀内蔵人の身元に間違いはなく脇の若侍もそれらしければ、旅の坊主と小者のやり取りにせよ聞かぬでもない房州弁。全てにわたって嘘が感じられない。この人数では何ができるでもなし、それも鎌倉に入るならともかく出ていくわけで。

「ヨシッ! 通られい!」


 そうしたわけで苦労の割に最後ばかりはあっさりと、里見義実一行は相模を後にしたのであった。

「やはりあの虹は安房への架け橋、龍神の奇瑞でしたかなあ」などとさまざま縁起に景勝、思い出話などしていたところにどこか懐かしいような声も混じった、ような気がした。


「やあ待て、その船返せ……怪しい者ではござらぬ。わが名は海野尽右衛門、大逆の徒を追い信州より……」

 

 鈍い音が響いたような気もしたが、聞かぬこととした義実の視界に鈍色の岩塊が広がってゆく。

 安房の境、鋸山が近づいていた。

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