第28話 交差 1455年6月 武蔵川越
大角の耳が剣戟の響きを捉えた。
武蔵にありがちな小規模古墳など踏み越えれば、眼下にはこれも見慣れた殺傷沙汰。
厭世感に煩わされるもかたえに白の兜巾とあらば同業の誼…………と、これは後付けの言い訳であろう。勇んで飛び出す大角坊主さっそく横合いより打ち掛かる。
不意の援軍に息吹き返した荒法師どもがここを先途と薙刀連ねて押し出せば、寄せ手の武者も戦場ずれの機敏を見せた。鉦の響きもあざやかに足並み揃えて引き上げる。
「対面を許すとの仰せである」
申しようから「えらいさん」、重ね重ねの煩わしさに肩を落としつ歩み入ればあにはからんや、一行の主はずいぶんな若者であった。
あちらの側でも同じき興を大角に覚えたところへ戦場のざっかけなさも相俟って、あんがい弾み始めた話のはずが意想の他に沈み入る。互いのもたらす情報がいちいち貴重であったから。
鎌倉殿の異母兄・成潤門主が敵方上杉へ走ったと聞かされ若き貴人は天を仰いだ。
己のことで精いっぱいの悩み多き荒法師も鎌倉失陥の報せには驚いた。
「なれど、浮世を離れた法師など襲ったところで」
対面の定尊法師、鶴岡八幡宮の若宮別当すなわち鎌倉公方の実弟であるが、これがなんともあいまいな、苦しくも悲しげな微笑を浮かべていた。
ああ、彼また濁世の汚泥に戯れんとするものかと小さな失望を覚えた大角であったが、それでも熱弁奮って同志を募った成潤法師とはずいぶんと様が違っていて、ならばいま少し聞いてみるかと首を垂れる……そうした心の動きは定尊法師の側にも通ずるものがあったらしい。
「兄弟の情もだし難く……み仏の教えに背き、業火に身を焼こうとも」
情。
大角が求める答えを、いや答えに至る問いから掴めずにいたのだが、覆うならば確かにその一言であろう。
岳父赤岩一角に問うべきであった。訊ねておきたかった。だがそれも詮無き事と、坊主のくせして今さら命の儚さを思い知らされた大角であった……いや待てしかし、眼前の若者は確かに生きている。間一髪であれ生を繋いでいる。
ならば聞き出さずにはおかぬと思い極めた大角、ひと時の戦友その腹中に信を置き己が抱えたその罪の洗いざらいを吐き出していた。
「出家とは然あるべきもの、大角どのが正しい……」
大角にすればつまらぬ答えであった。
悟り澄ました説教で晴れる悩みならばここまで苦しむわけもない。
「……この春までならば、それで切り上げたに違いない、が、いまは」
先ほどと同じ、苦しげな悲しげな微笑を見せられた。
定尊法師、いや眼前の似たような年の男も、礼で割り切れぬものを抱えているのだと、それを悟って大角、何やら胸が熱くなるような心地を覚え話に聞き入っていた。
「親子兄弟の『情』なるもの。かように悩ましいとは」
武家において、同母兄弟とはどうにもややこしいものであった。
幼き折から血で血を洗う跡目争いを運命づけられ、ほんの拍子で殴り合い殺し合い。いっぽう強大な外敵など現れようものならまさに血盟、鉄血の絆を結び渡り合う。
父子また同じ。身を投げ出してかばい合い、かと思えば地所を家督を奪い合う。
その愛憎を知り尽くし厭い尽くせばこそ出家して――まさしく家を出て――煩悩を断つはずが、どうしても割り切れない。
「父と娘、夫と妻、男と女。また趣の異なる『情』が存すると。聞き、学び、知ったつもりでも……」
「拙僧においても、多少なりと、掴めた、ような。心地にござる」
いま少し語り合い掘り下げたいと思ったところにしかし、がちゃがちゃと。
具足の高鳴りに振り向く暇もあらばこそ、転がり込んだ血達磨が大音声に呼びかける。
「雪ノ下殿、ご無事で」
「よくぞ、左馬助。こちらにある大角どのの助けを得て……」
変わり果てた姿に大角法師目を丸くして眺めるも、間違いなく里見義実その人であった。
凝視の熱に応じたものか、ややあって精悍なまなざしが、勝寿門院で見合わせたものが返って来た。
「やはり奇縁。鎌倉を失おうとも我らが武運いまだ尽きず」
しょぼくれていた体躯がみるみる膨らんだと見るや途端に飯など求めだす。一別以来の話を強請る。情報交換を再びするのも煩わしいと思った大角だが、その認識は改めた。
同じ情報でも返してくる所見というもの、これは人ごとに違うのだから。
「成潤門主が管領がたへ……海野尽右衛門の邪推が正見であったとは忌々しい」
殺しておけばよかった旨をさらりと言われてしまっては。
それでもいちおう不殺生と、礼に生きる大角坊主そっと話柄を滑らせる。
「お隣においでであった禅法師は」
「鎌倉で散り散りとなった。生きてはおるまい」
大角坊主、どうした次第かとても黙っていられなかった。
「なにゆえ然様たやすく切り捨てる。情はござらぬのか」
勝寿門院で出会ったふたりは大角の目に何とも珍妙なものと映っていた。
主従とも朋友とも見えぬが、何やら確かな縁あっての結びつきであると。
「あるに決まっておろうが。執着を捨てた坊主に何がわかる」
血達磨からぬうっと伸びてきた腕が大角の襟首を捉え引き寄せた。互いの鼻を叩き合わせんばかりまで。
「さっさと落ち延び巻き返し、仇の首なり墓に放るが何よりの供養」
分かりたくもない付き合いだが、つまりはこれまた情であろうと。
いちおうの理解にそろそろ気鬱も晴れ始めたか大角坊、義実が右耳を弓手に掴んで引き絞り左の耳にがなり込む。
「拙僧、これより勝寿門院に参るところ。消息など得られれば」
頼み参らせると大角の襟首放すや改めて両手を掴み締める義実が腕の力、到底まともな怪我人のものではなかった。




