第24話 房八 1450年頃、京都
「あほかいな」
書信をためつすがめつ、無精ひげなど引き抜きつ。
「近ごろ玉梓からよう来るとは思っとったけど、まさか」
玉梓のお方さま、婚姻まわりの憂鬱を一蹴するや精力的に活動を開始した。
地元に疎けりゃ他所当たれとばかりみやこの時事政局を熱心に仕入れている。
その情報源こそが冒頭の無精ひげ、名を山林房八と言う。
武士かのように聞こえるが、その生業は……やまとことばによるならば「これみつ(惟光)」とでも申しますか。玉梓の仕事を接遇と言うならばその仲介にして後援とでも申しますか。
飛躍のきっかけからして玉梓のヒモ、もとい食客というなかなかにうらやま、もといけしからん人物であった。
「けったいな男につかまったもんやで、玉梓ほどの妓ぉが」
言うほどの名妓であったかは微妙なところだ、若くして都落ちしたのだから。
いや、その見切りと決断を讃えるべきところでもあろうか。
ともあれ山林房八において玉梓は特別な妓であった。
金策に詰まって青柳小路に行き倒れたところを拾って食わせてくれたのだから。
再造の恩に報いるべく炊事に洗濯、送り迎えと甲斐甲斐しく立ち働いた食客の日々も今となっては甘く懐かしい思い出だ。
……などと言えば多少は聞こえも良いが、口にしているのが山林房八である。
とにもかくにも世間を眺める目からしてひん曲がった小物なのである。
その房八がなぜ玉梓を讃えるかといって、「自分を無視しなかった」「小物扱いしなかった」ただそれだけの理由に過ぎぬ。必死で働いたのも捨てられてはたまらぬとしがみついていただけのこと。
それでも年を経て界隈での顔も売れ、生活に多少の余裕が出れば丸くもなる。
どこぞの豪族に身請けされたとの手紙をもらった時には房八嬉しくも誇らしくもあり、幸を願って寺に詣ってみたりもした。
「妾身分に決まっとぉけど、そこを正妻と見栄張るぐらい可愛いもんやで」
目を宙に向けつぶやいて、さて次は何の話を聞きたがっとるものやらと紙を手繰ったところで差出人に面食らう。
「神余長狭介って、おま」
昔の男と文を交わしていると知ったらやめさせるのが旦那であろう。せいぜい妬心を抑えて知らぬふり、それが男とちゃうんかいと。ようもまあ挨拶など、武士のくせして腰抜けにもほどがあるでと嘲り倒したところで文面にまた目を剝いた。
まことに北の方として迎えていたとは。それも関東管領世子の肝煎りで。
「よほどのあほか、大物か……いや、何かのいたずらやでこれはさすがに」
つぶやいたところに三度目の衝撃が訪れた。
呼び声に戸を潜れば見たこともない強面に腕をつかまれ同道を強要され、そのまま上がったお屋敷が関東管領の京館とのこと。公家まわりの出入りはあるが武家には疎い山林、見えぬところで虎の尾でも踏んでしまったかと打ち震えたところにあにはからんや、銭がじゃらじゃら降って来た。
「結納を届けてもらいたいとのこと、房州の神余家より依頼があった」
界隈慣れしているだけに、これは即座に理解した。
玉梓の身分を捏造してくれと、そうした趣で間違いない。
これはほんまの大あほや大物やと理解したその顔が、しかしよほどだらしなかったに違いない。対面した武士の眉間には縦皺が生まれていた。
「上杉家を通じての依頼であること、肝に銘じおくよう」
胡乱げに見下している。
武家の媒介に見えぬ以前にそも金を預けて良いものかと言わぬばかり。
風体から物腰から実際の信用に至るまで事実ゆえ仕方ないところだが、そうは思わぬのが山林房八。虚仮にされるが何より許せぬ小物にして押しも押されぬ下郎であれば。
ともあれ眼前にはこれ見よがしに積み上がった銭、その向こうから軽蔑の眼。かわるがわる眺めるうち腹立ちやら喜びやら、何からかにまでが房八の胸中にふつふつと沸き上がってきた。
それでこそ玉梓、わての惚れた女やで。神余だろうが上杉だろうが負けてられるかぃ、山林房八が男を見せたろうやないの……というわけで。
「確かに勤めて見せましょうず」と怒鳴り返して房八、傲然屋敷を後にした。
じっさいあてが無いわけでもない。
玉梓の母もかつて浮き名をほしいままにした売れっ妓にして嫖客の語り種であったから。
界隈の人脈を手繰りつ房八、あちらこちらと昔話を聞き回り数人の客を列べ記したところで一人の名前に目を付けた。
その人物、該当の時期に玉梓の母を贔屓にしていた事実もあれば、かつて玉梓を避けていたげな覚えもある。「可能性」を忌んだものでもあろうかと、今思えば。
「どうしようもないすけべえやけど、そういう潔癖がええんよ御前は」と房八にんまり独り言。
と言うて、いくらなんでも妓女の父と名乗りを上げさせるのは至難の業。
だが蛇の道はヘビ、積み上げられた永楽銭と来ればそこは腕の見せ所である。
まずは祐筆に酒銭女をあてがう買収からの脅迫により一筆書かせたところで、御本尊を座敷に誘い散々に歓待した。
「どないしたんや忘八、素寒貧のおまはんが驕りだなんて雨降るで」
忘八ちゃいます房八ですがな……と、毎度おなじみのやり取りも怱々、ええことあったんどすと切り出した。
「そりゃもうほんまにうれしいてうれしいて。なにもかも御前のおかげやさけ」
ぽんと手を打てば現れる綺麗どころに御前なる男の眉も下がる。
「ほな遠慮なくお相伴にあずかろかい」
かくのごとく威厳も矜持もあったもんではないすけべえ御前だからこそつけ入る隙もあろうというもの。
愉快な酒に酔いつぶしたところで狩衣剥いで、「にわかのことゆえ証の品とて間に合わず、取り急ぎ」だのとさらに一行したためて。
「後から付け足す、これが肝やねん」と笑みを浮かべた房八、裃着込んで上杉に銘酒佳肴を送りつける意趣返しまで決め込んだ。
房八の好調はなおも続く。
神余家より折り返しの篤い礼金、もとい篤実なる礼状を受け後始末。
「こないだはえらい目におうたわぁ。風邪ひいてもうたやないの」
「せやさけ、こうして一席設けさせていただいたんどす」
「あての名を騙っといて、それで済むと思うてか? お代は安ないで?」
床に頭をこすりつけておけばそのうち酔いに忘れてくれる、そのはずの御前がこの日はやけにしつこかった。いつまでも房八をにらんでいる気配がある。
「で、どこの妓ぉや。あての息女になったんは」
仮にも宮中お出入り、酒と女には果てしなくだらしなくとも、彼また魑魅魍魎狐狸妖怪の一角なれば一切きれいにお見通しという次第。
受けて房八ここはすなおに降参し、玉梓が夫の依頼で身元をこさえた経緯から手管に至るまで、洗いざらいを吐き出した。
「あほやで。坂東の山猿のくせしておもろい話聞かせよって。よし、許したる!」
狒々のくせして他人を山猿呼ばわりとはふてえ話ではある……けれど、晴れて岳父と婿の間柄なれば共にお猿で構うまい。
「せやさけ贈るに事欠いて衣っておま、そのへんあてがちゃあんとしとるのは知っとるやろ」
なるほど衣は愛人に贈るものだが、房八としては他に無かったわけで。ま、そのあたりは御前にあっても承知の上。
「まったくどうしようもない忘八やけど悪させんさけ許してまう。身ぐるみ剥いだりこの扇やらを盗った日には……」
指でくるくる、筆回しの要領で――懐かしい仕草であった。無聊の折など玉梓もよく見せていたものだと眺めおれば御前さま、その扇をぽんと投げ出していた。
間違いなく形見と分かる逸品に山林房八、今度こそ心の底から深々と頭を下げれば、降り来たるお声もどこか照れくさげな色を帯びていた。
「おまはんを許す言うてるん違うで。そこまでの大あほや、よっぽど張り込んだに決まっとる。いくら懐に入れたんや、あぁん? 粋人の山林卿が坂東の山猿に引けを取るなぞ、これは聞かん話やで」
「へへえぇ。せやさけこうして、そのお銭にて……」
痛い出費だがそう気分の悪いものでもないわなと、房八見えぬところで苦笑い。
「ええ妓紹介してぇな。それで許したる」
せっかく見直したったのに、ほんま残念な御前やでと伏せた面を上げたところに待っていたのがしたり顔。
「三人やで。若ぅてきれいなの」
「ほんましょうもないすけべぇ御前やで」
口滑らすや顔見合わせて大笑い、二人そのまま大いに酒を過ごしたのであった。
山林房八:八犬士、犬江親兵衛仁の父。原作では下総市川の人。
忘八:くるわ言葉としていつ頃から通用していたかは存じませんが、忘八/忘八蛋の謂いは当時の日本に間違いなく渡来していたということでお許しくだちい




