表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/28

第17話 勝寿門院騒動 1455年1月上旬

 戦端が切られるまで十日もないと予感した義実は再び勝寿門院に赴いた。

 説法の御礼言上がてら改めて戦勝の功徳を求めたものである。


 その義実が案内に出てきた僧にまで顔をほころばせたのは、何も寺との相性(げん)の良さばかりによるものでもない。先日はいかにも柔和な中年であったものがこの日はまるきり門前に立つ仁王像とあっては、その落差もとい名刹らしき懐の広さに感じ入らざるを得なかったのだ。

 それにしてもいかつい体躯は修行の賜物として、牙を現すその面相から正しく弊衣破帽の身なりまで一貫せずとも良かろうと。

 「拙僧を見て驚き騒ぐ善男もあるに、笑いかける御仁は初めてにござる」

 「なに、連れが騙り坊主でないと今さら確信を得ただけのこと」


 大角と名乗るその荒法師、門主とは同じ宗派の誼とて軒を借りているとのこと。なんでも下野から回峰修行を重ね富士に至り丹沢を抜けてきたそうな。

 若き日に同じく行脚を重ねた金碗八郎また甲信を逃げ回った里見義実、文字通りの四方山話に花を咲かせ「やはり貴山とは良き縁があるような」などと上機嫌で嘯いたところがいきなり武者に襲われた。


 開戦間近の緊張が幸いしたものか、転倒がてらに数珠など投げた八郎の機転によるものか、ともかく義実かろうじて抜き合わすを得た。鍔迫り合いに睨みあう。

「客人に何をいたすか狼藉者」と大喝くれた大角も「里見は敵ぞ大角どの」と投げ返されて困惑しきり。その間にも義実と武士は火花を散らしあっている。


「敵とは何を言うものか。説法に御礼言上仕るべく参詣せしのみ」

「仏の前で不妄語戒を破るかよ(ウソつくかぁ)。参禅に事寄せ門主さまを仕物にかけんとの魂胆、見え透いておるわ」

「妄言はどちらだ、門主の成潤さまは鎌倉殿の兄君ぞ。主筋に刃を向けるなど」

 言い返して義実、無益に気がついた。

 眼前の武者は義実を大逆の不忠者と信じて止まぬ大莫迦者、海野尽右衛門幸漏であった。これが莫迦のくせして腕だけは立つのだから始末に負えぬ。加えて誰の入れ知恵か、この日は似合わぬ理論武装も終えていた。

「父子兄弟の相克は武家の習い、里見が当主にして覚え無しとは言わせぬぞ」


 理を掲げつつ撃ち合うふたりに混乱しきりの大角であったが「武家の理も俗世の法も何あらん。寺域の狼藉、べて仏敵」と、そこは仏僧らしく己が言行の不一致には目をつぶり手水の柄杓を双手にとって海野里見に打ちかかる。

 そうして乱闘となれば歴戦の里見義実も頑牢の海野幸漏も若法師に劣りはせぬが、やはり寺での刃傷沙汰は気が引ける。翻って大角坊主は仏敵調伏の志に元気百倍とあって勝敗の行方も見えず、やがて鼎立の均衡に十、二十と重ね撃ちの合数だけが増えてゆく。

 埒が明かぬと金碗八郎ついに薙刀を投げ入れた。かくては最早致し方なしと手に取り義実、それでも逃竄の機会しおひとつは許すべく「いざ」と気合を浴びせたところに再び濁世の呼び声が。


「誰かおるなら案内を頼む。我ら関東管領のご下命により門主足利成潤さまをお迎えに上がったもの」

 その名を出されてしまっては義実が仏の顔も失せ果てざるを得ぬところ。

「失念しておった。成潤さまを偽の公方に担ぎ上げ鎌倉殿に盾突こうとはいかにも長尾景仲らしき陰険なる策謀、その先棒を担ぐとは見下げ果てたぞ海野幸漏」

「何を申すか里見義実、我ら鎌倉殿の御味方ぞ。担がれる前に成潤さまを害し奉らんとする貴様こそ下劣の極み、友に言われてまさかと思い来てみれば案の定」

「やかましいわご両所、今や敵は明らか。門主さまを拉し去らんとする管領こそ」


 言い終えぬうちから巴をほどいた三英雄肩を並べて躍りかかれば、さっそく七人しちたりほどの管領武者が抜きも合わせで吹き飛んだ。そのまま一党を山門の外へ押し出すべく三様に得物を奮い駆け回る。

 管領がたの武者どもにせよなかなか見下げたものでもない。朋輩が斃れ伏す中それでも抗い押し返す。義実めらを押し包まんと多勢を恃み互いに声かけ手を配る。


 そこへ騒動を聞きつけた公方がた管領がた各々が勢を増し上を下への大騒ぎ、だが仇と見ればとたんに視野を狭窄せばめるのが武家の習いというわけで、双方いつの間にやら成潤門主を忘れ果て怒声を上げては血刀振り下ろす生業に励み出す始末。

 寺域法灯を守護せんと持ち場に散って奮闘していた荒法師どももこうなっては多勢に無勢、ならばせめて門主の御身ひとつはと再集結。

「上越武相は管領が持ち物、甲房常総は公方が縄張り。如かず、ここは下野に」

 成潤門主が日光二荒山の門主を兼任する旨聞き及び、まさに仏のお導きと北東ねうしのかたへ駆け去ったのであった。


成潤:真言宗の僧侶。足利成氏の兄、勝寿門院(勝長寿院)の門主(史実)。


勝長寿院:浄土系?

 このお寺、いくつもお堂があってそれぞれ別の宗派っぽく見えるような……というわけで、話の都合により「禅寺部門が併設されていた」という設定で回しております。

 過去に門主が東大寺(華厳)の別当になったり、成潤自身が真言なのに天台系の門主を兼任したりもしているので、そのあたりゆるかったのかもなあと、そういうことで許してくだちいお願いします。


大角坊主:八犬士・礼珠の犬村大角。原作では1460年生まれのインテリキャラ。本作現時点では1430年代後半生まれの真言系荒法師。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ