第16話 功徳 1455年1月
UIの都合でノベルデイズを使っていたのですが、やっぱやめてなろうにします。
とりあえず神余滅亡・房州統一・伏姫の死までは書いてみようかと。
のたのたペースになろうかとは思いますが。
いろいろ言われる前に、いちおう、その。
第16話から第23話までは、2025年4月までに公表したものを転載したものとなっております。
「金碗どのはあれよ、ナムアミダブツであったか、ミョーホーレンゲキョーか」
問われた八郎としてはため息を禁じ得ないのである。
若き日に実家を失い逃亡に明け暮れた里見義実、おかしなところで知識が抜けているのだ。そこは浄土や法華が出てこなくともせめて「念仏であったか、題目か」ぐらいであれば恰好もつくのだが。
まあ悪い男ではないしウマも合う。なにより坊主の側で仏の教えを閉ざしてもならぬというわけで金碗八郎「ソモサンセッパにござるよ」と答えたところが、「なんだそれは」という顔を返されるのではたまらない。
そこで仕方なく「カーツ!」と叫んで手振りなどしてみたところが「禅宗であったか、それならそうと言えば良い」。
この場に警策無きことを金碗八郎心底恨んだものである。
「ならば話が早い、参禅しようと思い立ったが作法が分からぬゆえ気後れしていた。同道願えるか」
何があったか知る由もないが発心はけっこうなことと、連れ立ち歩んだその先が問題であった。
いや、そこは鎌倉殿の最側近・奉公衆である。名門里見の当主である。下手に小さな寺など選ばれても先方で迷惑するに違いない。
だが勝寿門院(勝長寿院)とは。源氏の菩提寺鎌倉三名刹ではないかと。乞食坊主の我ではそれこそ門前払いであろうと。仏の道には貴賤も貧富もありはしないとわかっていても、金碗八郎なんとも言えぬ理不尽を感じずにはいられなかった。
さておき義実であるが、これが案の定どうしようもなかった。
作法を知らぬのは構わぬ。寺とて鎌倉殿の側近を厳しく叱りつけて機嫌を損ねるわけにもいかぬし……いやいや寺域で濁世の理屈を振り回すものでもない……義実も知らぬなり神妙に振舞っているのだ問題ない。
しかし肝心の座禅がどうにもいけない。二間を隔てて人が動けば刮目する。風がそよげば耳を動かす。鳥など飛び立とうものなら肩が波打つ。警策で打たれようが警戒を解こうとしない。
庭や廊下の掃除などしている姿は悪くないところを見るに、どうやらすぐに動けぬ体勢が不安で仕方ないようだ。
さてあれ指導に当たった副門主、そこはさすがの禅智識。人見て法を説いていた。
「座るばかりが禅ではない」、「行住坐臥その全てが仏道の修行」、「時に歩みつつ、あるいは槍を振るうにおいても、仏を思い邪念を払えば良うござる」とのありがたきお説教。
じっさい館に帰り試みに立禅などさせてみたところが、しろうと目に見ても――いや我も坊主である。何も高僧ばかりが僧でもないと思い返して――立派なものと、八郎声を励ました。
「上々よ里見どの、自然の姿にござる」
受けて出かける上機嫌な背中を眺めるにつけ、それにしても何に悩んでいたものかと坊主頭を捻ったものであった。
そうして暮れも押し詰まった朝のこと。
格別に晴れやかな顔を見せる義実に「懸念は去ったような」と申し向けたところが「さすがに金碗どの、目が高い」とのご託宣。
なんでも鎌倉殿より仕物を命ぜられたのだが、支度をするうち奉公衆に止められたのだとか。
「殺気が駄々漏れに漏れ出しておる。それでは会った途端に逃げられるわ」
「使者に出る際の、あの伸びやかな面がなぜできぬ」
仕物と言えば防ぐもの、仕掛けたためしが無いものでと頭を抱えるうち、かつて斃した手練れ連中を思い返してみたのだとか。
「どこか金碗どのに似ておったゆえ、ここは仏に縋ろうと」
坊主を見て殺し屋を思い出すとはご挨拶だが金碗八郎、これも屈託の無い笑顔を浮かべていた。
「良きところに目をつけたもの、参禅の功徳もあらたかで何より」
「ほとけ心も考え物よ、結城の一党に頼み込まれて手柄首を譲ってしもうた。長尾の輩は仕留めたが」
関東管領上杉憲忠、鎌倉公方足利成氏に呼び出されその奉公衆に暗殺される。
家宰長尾実景ならびにその息景住もあるじ憲忠と運命を共にした。
享徳三年十二月十七日(1455年1月15日)のできごとである。
「管領屋敷が燃えておるのもそれか。さっそく打ち滅ぼしてござると」
「それがよ、そこはさすがの長尾景仲。自ら火をかけ糟屋館に逃げおった」
和気藹々と交わしつつ、そのままふたり戦支度にいそしんだのであった。




