第15話 里見義実の閑日 1450年~1455年
江ノ島合戦が果てたところで、鎌倉府に利益がもたらされたわけでもない。むしろ足利成氏の安全を確保し政治基盤を固めるべく、先に掲げた方針に従い室町幕府との交渉に大忙しであった。
その窓口となる幕府管領・畠山持国は鎌倉府に対して同情的であったが、代替わりした細川勝元には悩まされた。
関東に対する姿勢の違いならばまだ納得もいくのだが細川勝元、関東を畠山持国との政争の具に用いていた。あちらが鎌倉殿を贔屓するからこちらは関東管領を持ち上げると、それだけの理屈で動いている。
一例を挙げれば、鎌倉府の決定そのいちいちに関東管領の副状すなわち認可を要求してきた。足利成氏としてはおもしろくないし、上杉憲忠も反発するしで何をするにもはかどらぬ。
そうしたわけで武田信長を中心に鎌倉府では苦闘の日々が続く中、里見義実に任された仕事だが…………これが特になかった。
三十までを流浪のうちに、また侍衛として過ごした義実には折衝をするにはコネが無く、吏務をするには経験が無かったのである。だいたい足利成氏からして義実にそちらの働きを期待してはいなかった。
手持ち無沙汰に庭などうろつく義実を金碗八郎、殊の外うるさがった。
「落ち着け鬱陶しい。仕事で腹が膨れるものかよ。せずに済むならそれに越したこともなかろう」
それはそうだが何か間違っているような気もするのである。
「ならばこの機に航路を押さえてはいかが。水運とはそのまま金の流れ、金脈にござるぞ」
粟飯原胤度の献策にしたがい義実はこの時期、相模近海の海流やら風向き、また水深から停泊地に至るまでを散々に調べ尽くしてしまったのであった。調べたところで言うほどの利益は生まなかったが、後々これが百年の財産となるのだから分からない。
なお、金碗八郎の勧めにしたがいサボることにも意味はあった。航路警備の口実で里見義実ちょいちょい安房に立ち寄っていたのだ。奉公衆は江戸時代の参勤交代と異なり、なかなか地元に帰れない。それは統治を任された家臣による下剋上も起こるわけだが、義実に限っては地固めになかなか余念もないのであった。
それでもたまに鎌倉殿から仕事を頼まれた。使者である。
名門里見の当主ゆえ押出しが効き、いっぽうで知恵が回らぬゆえ余計なたくらみ事をせぬ。と、そうしたわけで役目にはうってつけ。江ノ島合戦の功労者・小山下野守持政なども毎度にこやかな顔を見せたものである。
「里見どのなら気が楽よ。奉公衆と来た日には我ら八屋形を仕物討ちかのような目で見る。まったく番犬でもあるまいに……」
小山家の過去を、裏切りの歴史を思えば仕方あるまいとも思うのだが眼前の小山持政、足利成氏から格別の信用を得ているらしい。
「なんだと思っておるのだ。鎌倉殿の義弟ぞ、我は」
信用はけっこう、だが義兄弟は無い。それが義実の感想であった。なぜと言って小山持政、義実よりも年上で不惑をとうに超えている。それが二十歳にも満たぬ鎌倉殿の弟は、さすがに。
「それよ、そのおかしくてたまらぬと言わぬばかりの目。疑念や妬心の曇り無きところがまことに良い。先の戦でも世話になったことだ、ひとつ教えて進ぜよう」
そう言われては義実としても膝進めざるを得ない。
「里見どの、お主は鎌倉殿をいかなる目で見ておる。鎌倉殿とはいかなるお人か」
鎌倉殿は鎌倉殿である。義実としては代々仕えてきた主君としか言いようがないのであった。
「それよ。鎌倉殿は鎌倉殿。あるいはご先代(持氏)の忘れ形見。そうした目で見上げぬ者はおらぬ」
だがわしだけは違うと小山持政ふんぞり返る。将として武士として、一個の男としての足利成氏を認めていると、そういうことを言い出した。
「人物と認めるからこそ主と仰ぐ気にもなる。生き死にを懸ける武士、それが本来であろうが…………鎌倉殿は聡明よ、わしの敬意を過つことなく受け止めたわ」
驚愕に言葉を失う義実に、小山持政また得意げな口を歪めた。
「奉公衆には言うてくれるなよ? 不遜だ何だと噛みつかれてはかなわぬ」
馬に揺られて帰り道、義実も義実なりに己を省みた。
やはりどこか、庇護者の気分が抜けていなかったことは確かだ。成氏も煙たかったか知れぬ。
そのあたりの認識を改め奉公するに及んで、近ごろ少し不機嫌だった足利成氏の眉宇も晴れゆくように見受けられた。もう少し大きな仕事を頼まれるようにもなったのである。
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