第10話 長尾景仲の憂鬱 1449年前後
上杉憲忠:山内上杉家の当主、関東管領
長尾景仲:その家宰
上杉顕房:扇谷上杉家の当主
太田道真:その家宰。道灌の父
この人たちだけはオミットできないとおもいました(日本史門外漢並みの感想)
山内上杉家の家宰・長尾景仲は激怒していた。
敬愛する我が君(上杉憲実)はいつまでも引き籠り表舞台に立とうとしない。めっきり老け込んでしまわれた。
主筋にあたる鎌倉殿を、足利持氏公を死なせたことに引け目を感ずるその忠節は美しいが、何もご子息まで出家させずとも。後継者に指名した弟君の清方公が亡くなった現状、このままでは山内上杉家が断絶してしまうではないか。ただでさえ公方がたの諸将が利根の東で暴れまわって収まらぬと言うに。
「これは太田どの……なに、扇谷上杉のご当主、持朝公まで出家されたと? ご後嗣の顕房公は十五歳?」
もう良い、分かった。古き良き坂東秩序を取り戻せばご主君も跳ねっ返りもみな収まろう。十六歳の万寿王さまを鎌倉殿とし、十七歳の憲忠さまを関東管領とするのだ。「上」が一切存在せぬ現今、いやこれからも、関東を回せるのは家宰の我ら長尾景仲と太田道真どのだけよ。
「なに、ご先代(憲実)がお世継ぎ(憲忠)を義絶しただと? 我も?」
いつまで拗ねておいでなのだ、伊豆の雲洞庵(憲実)さまは。
万寿王改め足利成氏公の我を見る目も厳しい。話をまるで聞こうとせぬのはどうしたことか。鎌倉府復活の恩を着せるつもりはないが逆恨みもほどほどにしていただかぬことには。そもそもが永享の乱はご先代の持氏公に責任があるのだから。
それでいかがされた、太田どの。
「鎌倉殿の奉公衆が、結城合戦で失った所領を返せと」
「あれは我らに従った上州武州の一揆、中小武士団に分け与えてしまったではないか太田どの」
「さようさ。謀反を起こし戦に負けたことは事実、これを認めぬとは見苦しき限り。鎌倉も新体制となったのだ、過去のことは水に流してもらわねば」
武士は戦に勝てば良い、事実だがそう声高に吹聴するものでもない。
公方の奉公衆に言い訳を与えてどうするのだ。連中、旧所領へと「強入部」あるいは「押領」、侵略・強奪に励みだしたではないか。
急に権力を得た者はこれだ。旧来の当局者は良き思いをしていたに違いないと思い込み、ほしいままに振舞いだす。権力とはまさに権衡、政治とは妥協と忍耐であるというのに。鎌倉殿におかれては、このことよくよくご理解いただかなくては。
なに、話の筋が逸れている? それは済まなんだな一揆の衆よ。
「わかった、関東管領の名を借りて私から鎌倉殿へ申し入れる」
まったく、鎌倉殿の半ばでも憲忠さまに英気があれば。我がここまで仕事に追われることもないのに。
「しかし一揆の衆よ、お前たちもだらしのない。武士ならば己が地所は己が力で守り抜き勝ち取るべきであろう」
政治とは妥協と忍耐……を誰に押し付けるか、その技術よ。
上武一揆衆にも多少は泣いてもらおうさ。結城合戦では良き思いをしたのだし。
「申し上げます、鎌倉殿の奏者、簗田持助が! 相模は長尾荘を押領しております!」
長尾荘……長尾荘? 我ら長尾家の本貫、祖廟の地ではないか。
忍耐と妥協を我に押し付けようとは片腹痛し。泣くべきは鎌倉殿と奉公衆に決まったか。
「奉公の秋ぞ、一揆の衆!」
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