第1話 襲撃 1444年夏
10日ぐらいの間(江ノ島合戦あたりまで)は、毎日投稿いたします。
9月15日頃より投稿ペースを落とします。
人物紹介
里見義実:(物語前半の)主人公。鎌倉公方の遺児に仕える。数え29歳。
足利万寿王:後の鎌倉公方足利成氏。父の持氏が永享の乱で敗死したため逃亡生活中。11歳。
その夜、里見義実が目を覚ましたのは六月の暑熱によるものではなかった。
風の通りが変わった。草の香が腥みを帯びた。庭の砂利にも確かに聞いた。
暗闇に目を慣らしつつ太刀を佩き槍を取り、立て膝に構えたところで戸が開く。
覚えたか、などと無駄声立てる輩は仕物に慣れぬ楽な敵。立て膝のまま槍を突き出し二人を斃して飛び退る。ひと呼吸に大音で呼ばわった。
「万寿王さまを狙う慮外者ぞ。みな出会え、出会え出会え」
永享の乱果ててより五年、眠れぬ夜をいくたび越えてきたことか。例のごとく四人も斃せば事は済む、はずがこの日はやけに執拗だった。主の元にたどり着くまでの遠いこと焦れること、数えで十一になる小柄な影をようやく認めて呼ばわった。
「万寿王さま」
「里見よ、無事か」
同じく亡命の明け暮れに馴染んだ幼主の声には震えも無い。
力を得た義実が振り返れば、白々明けも間近にあって敵影はなお絶える気配を見せなかった。舌打ちして槍を振る。
おかしい。
万寿王を庇護した大井持光は警戒を怠ることがなかった。その所領・佐久平にこの人数が近づけば日のあるうちに気づくはず。
疑問を胸に囲みを破り主から敵を遠ざけるべく駆け抜けて、前に立つ武士を槍の穂にかけたところで背後の気配に気がついた。間に合わぬと悟りつつ振り向けばしかしそこには影も無く、代わりにしゃんと軽い音。足払いをかけた錫杖に会釈をほどこし左右の敵を薙ぎ払う。
「助太刀感謝、だが万寿王さまが危ない。なお頼む」
「おかしいとは思いませぬか、この人数」
必死の頼みに答えもせずと、数珠など握った拳を義実に向け突き出してくる。
「貴殿を目掛けているとしか思えませぬよ、里見どの」
ゆえにご安心めされよ、などとぬけぬけ言い放つ。
「たわけたことを。家柄ばかりで天涯孤独、我の首など何の手柄になるものか」
「考えてもみなされ。将軍足利義教公薨じてより万寿王さまの値は騰がるばかり、潮目変わりに坂東諸将も争って人を出し警固は万全。仕物などかけたところで」
なるほど近ごろ襲撃が減っていた。それは義実も感じていたところとあって男の言葉を噛みしめる。
「いや、やはり分からぬ。お側に侍る我を退治してのち万寿王さまに迫る、以外に何が」
俯いた目を上げたところで答えは得られなかった。今さら仏僧らしく亡骸の群に掌を合わせる厚かましさには呆れるほかない。
「気負いが虚仮にならぬあたり、さすが近侍にその人ありと知られた里見どの……なれど」
義実が築いたその骸の道を辿って近づく気配があっては、そう悠長にもしていられない。
「まことに、万寿王さまを狙うと見せて我を?」
つぶやきに僧形が頷き背を見せる。後に続かざるを得なかった。
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