表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

ヘラクレスオオカブト#2

「いよっし、んじゃあ競争な。ルールはいつも通り、どっちがレアなのを取って来れるか!」


 何年も確認したルールを確認し直すと、かっつぁんが目当ての木の方向へと体制を向ける。俺もそれに倣って背中合わせになるように体の向きを変えた。「よーいドン!」かっつぁんの力強い掛け声が山の中に響く。それと同時に俺たちは走り出した。樹液が多い木も、やけに虫が集まっている木もお互い知り尽くしている。背の低い草を蹴り飛ばしていけば、案の定、カナブンやセミが固まっていた。人間の気配を察知したのか、ピタリと近くのセミが合唱を止める。しかし、他の大多数が大声で歌い続けているので、煩さが変わることはない。よくよく木を見上げてみるが、どうやら狙いのカブトムシは居ない。チェッと舌打ちをこぼして別の木へと回る。次へ、また次へと回るが顔ぶれは変わらない。セミやカナブンや、たまにハチ、カミキリムシといった具合。夏休みの初めに来たときはカブトムシや小さいクワガタだって見つけたのに。あまりの暑さにみんな隠れてしまったのか、それとも住処を変えたのか。とかく、このままではかっつぁんに負けてしまうかもしれない。夏休みの初めはかっつぁんがでかいカブトムシを捕まえてかっつぁんに負けてしまった。だからこそ、今回は俺が勝ちたいのだが。

 その時だ。木の幹に黒いものが太陽の光に反射して光っているのが見えた。一瞬、家の中に現れてはいけないアレかと思ってゾッとしたが、どうやら違う。長い触覚ではなく、かといって一本の角ではない。二股に分かれた角に俺の内側から何かが上がってきたのがわかる。クワガタのオスだ!逆光でうまく見えないが結構大きいんじゃないだろうか。こいつを捕まえられればきっと勝てる。これだけレアな虫がいないのだからかっつぁんの方だって捕まえられていないはずだ。そう思うと、網を持つ手に自然と力がこもった。大きく息を吐き出して、気持ちを落ち着かせる。チャンスは一度きりだ。ゆっくりと音を立てないように近づいて、そして、一瞬のうちに虫網を振り翳した。クワガタは羽を羽ばたかせたが遅い、既に網の中のクワガタは白く濁った世界から出られないだろう。ばたついている虫網をゆっくりと手繰り寄せて、その虫を掴んだ。


「ん?」


 手繰り寄せたクワガタは普段捕まえるものよりも大きかった。手のひらサイズ、とでもいいのか手のひらに丁度乗っかるほどのサイズ。やけにデカい。俺の中で何かがゾクリと走っていく。艶めいた鎧のような体、頭がやけに平かった。くるりと裏返せば抵抗するように動く六本の足がよく見えた。幾つか棘の生えた足、腹に粘土みたいな色の毛が生えている。まさか、まさか。確かめるようにまた返すと同時に木が風に揺れて光が差し込んできた。光によって黒かった背中が金色まじりに輝き始める。嘘だ、だって、いるはずが、でも、本当に…。


「ミヤマ、クワガタ…?え!?嘘だろこれ!!」


 思わず声が出る。喜びが体を駆け巡り、全身に力が入る。手にも力が入ってしまいそうになったが、その力を逃し、飛び上がることでその力を分散させる。口角が上がる、目がミヤマクワガタから離れない。かっつぁんと一緒に過ごした幼少期、虫図鑑で見た憧れの虫。日本全土に生息しているらしいが、一度としてこの山で見つけたことがなかった。この山には生息していなんじゃなかろうか、見つけることができないんじゃないだろうか。そう思って諦めかけていたのに。まさか、かっつぁんに連れ出された今年二回目の虫取りで見つけることが出来るなんて。かっつぁんに感謝しなければ。光に照らされた金色の光のミヤマクワガタをうっとりとして見つめる。やっぱりかっこいい。俺が憧れ続けたそれがこの手の中にある。鎧、というか甲冑を着たようなフォルム、何より二本の角っていうのが男心をくすぐる。こう、グッと来るものがある。本能に訴えかけてくるのだ。これはきっと俺の勝ちだ。かっつぁんがこれ以上を捕まえることは多分ないだろう。くっそー!!とアニメか漫画のように大袈裟な動きで悔しがるかっつぁんの姿を想像してほくそ笑んだ。

[newpage]

「おーっすこうちん!遅かったな!!」


「かっつぁんは早いじゃねーの。それにテンションも高ぇ。期待して良いみたいだな」


「おーよ!それじゃあ、結果発表と行こうぜ!!」


 先に集合場所についていたかっつぁんの表情は自信に満ち溢れていた。どうやらこの反応は坊主ではないらしい。かっつぁんが行った方向に虫が集まっていたのか?と思いながら、俺はミヤマクワガタが入ったカゴを掲げた。


「見ろよこのカゴの中身を!この角に形に色に!聞いて驚け、ミヤマクワガタだ!!」


 俺の手に持つ虫籠をかっつぁんは受け取り、様々な角度から見る。その忙しない動きが面白くてクスクスと笑っていれば、ギョッと目を見開いてかっつぁんが叫んだ。


「えー!?マジじゃん!ミヤマクワガタなんてこの山に居たのかよ!!」


「それがいたんだよかっつぁん!マジで俺もびっくりしたんだって。でもさ、コレは間違いねぇだろ!?」


 目を輝かせてカゴの中を見るかっつぁんに俺も自慢げに胸を張った。顎を動かしてこちらを見つめているミヤマクワガタにかっつぁんも釘付けだ。


「ミヤマとったとか聞いてねぇぞ!こうちん!!」


「ふははっ、どーだかっつぁん!今回は俺の勝ちだろ!」


「くっそー!今回は俺が勝ったと思ったんだけどなぁ…」


 かっつぁんが首から下げているカゴを見る。中には一匹の小さなカブトムシとカミキリムシが入っていた。ガックリとアニメさながらに肩を下げるかっつぁんに、俺はケラケラと笑った。ミヤマクワガタはせっかくなので飼おうと思い、俺はミヤマの入ったカゴを大切に抱え、二人で他の虫を逃した。山の外から燃えるようなオレンジ色の光が差し込む。山が燃えているかのように赤く染まっていく。「随分時間かかったなぁ」とかっつぁんがつぶやいた。そろそろ帰ろうと、帰り道に向かって歩き始めた時だ。かっつぁんがぴたりと止まった。ジッと一点を見つめ、一言も発さなくなる。いつもは動きも声もうるさくて、よく女子や先生に怒られているぐらいなのに。かっつぁんの視線を追って上を見る。かっつぁんが見ているのはどうやら一本の木のようだった。丁度木の真後ろにオレンジ色の太陽が見え、木が逆光で真っ黒に染まっていた。その木の幹に、何かがいた。随分と大きい虫。俺が捕まえたミヤマクワガタよりもずっと大きいだろう。かっつぁんは手に持っていた虫網をゆっくりと慎重に高くへと上げた。試合の時のような真剣な目、俺も思わず息を飲む。かっつぁんは素早く網を振り翳し、その虫へと被せた。パシンと木の幹と網がぶつかった音がする。続いて網の中を飛ぶ重い羽音が聞こえてきた。かっつぁんはいつもよりゆっくりとした動きで網を慎重に手繰り寄せた。手を網の中に伸ばし、かっつぁんの手が中の虫を掴む。取り出されたそれは俺たちの手より大きく見えた。


「嘘、だろ……?」


 ポツリとそんな言葉が溢れる。長いツノが頭から剣のように生えている。その下から挟むようにもう一本短いツノが生えていた。オレンジ色に近い黄色の背中をしたそいつは、足の太さもミヤマとだ段違いだ。日本にはありえないような力強さ。背中に広がる黒い斑点、剣のような角には黄色の毛が生えていた。嘘だ、あってあの原産国はもっと熱いところだ。日本なんかにいるわけがない。置物かと思ったが違う。確かにそいつは網の中で羽ばたいていたし、今現在も足を、角を動かして力強く、生きていることを主張する。


「ヘラクレス、オオカブト……」


 かっつぁんが静かに呟く。俺は圧倒されて声すら出なかった。手の中に捕まっているのは確かに、確かに。


「嘘ぉ!?!?!?!?」


「現実だろ…かっつぁん」


 未だに大きな声が出ない。唖然としている俺に対してかっつぁんはすぐに正気を取り戻したらしく、大きな声をあげて、その丸い目をさらに見開いた。その言葉を言いたいのはこっちだ。この反応、かっつぁんのやらせとかではないらしい。普段のかっつぁんからして隠し事をしている訳でもなさそうだ。でも、日本にはいるわけがない。だが、それは確かに生きていて、かっつぁんんはそれに釘付けだった。


「俺、コレ持って帰るわ」


「は!?んな、得体の知れないやつを!?誰かのペットかも知んねーじゃん!!」


「だったら保護すれば良いじゃねーか!こうちんのミヤマだって同じかもしれねーじゃん!!大丈夫だって、生き物だし。なんかあったらその時だろ!」


 快活な笑顔で笑うかっつぁんは相変わらず能天気だ。「コレは俺の勝ちだなー」なんてヘラヘラと笑っているかっつぁんに「はぁ!?俺だってミヤマ捕まえたし!!」と張り合った。この男はほんと警戒心が無い。不安感をぶつけるように沈んていくオレンジの太陽を帰りながら見つめる。今日は8月33日、未だ夏休みは終わる気配を見せない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ