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終わらない夏休み

明日で夏休みが終わる。開きっぱなしのワークに書きかけのノート。終わっていない宿題を放置して、机の上のライトを消し、ベッドの中に潜り込んだ。宿題の提出が少し遅れたところで怒られるだけだ。それに「忘れました」の魔法の言葉で、もう一日猶予ができる。「サーセン」なんて馴染みの先生に、心の無い謝罪をしているイメージを浮かべながら目を閉じる。海に行って、山に行って、祭りに行って、花火をやって、寝て、食べて、遊んで、野球して…。そればかりやっていた夏休みに比べたらやはり、学校なんてものは退屈だ。高校が想像以上につまらないところだというのは入学して一ヶ月で学んだ。知らない奴らと騒ぐのも、交友関係を広げるのも楽しいが、友達になってしまえば夏休みの方が遊び放題だ。つまらない授業も、寝ていたことによる説教も、あの授業中のバカみたいな空腹も無い。夏休みは何もかもが自由だ。


「終わりたくねー……」


ポツリ呟いても時間は止まらない。暗い部屋の中で光るスマホの画面には変わらず「8月31日」の文字。恨めしげに睨めつけようが、変わることは無い。目を閉じれば睡魔が襲ってきた。スマホの電源を消して、目を閉じる。明日なんて来なきゃいい。そんなことを思いながら睡魔に身を任せた。

ジリリリリ!!けたたましく鳴り響く目覚ましの音で目を覚ます。耳を塞げばもう一度夢の中に旅立てるなんて考えはとっくの昔に捨てた。枕元に置いてある小学校から俺を叩き起こす目覚まし時計は優秀で、枕で耳を塞いだところで音がすり抜けて耳に入ってくる。その五月蠅さに二度寝を諦めたのは二度や三度のことではない。仕方なく目を開けて目覚ましを止める。途端にあれだけやかましかった目覚ましは音を止め、部屋には小鳥の囀りが聞こえるだけとなった。腕でベッドを押し、上半身をゆっくりと起こす。久しぶりの早起きだからか、頭がやけに重かった。ベッドの上で膝立ちになり思いっきり伸びをする。パキパキと骨のなる音、固まっていた体もスイッチが入って仕舞えば、学校に行く気も多少は湧いてくる。これ以上時間をかければ母ちゃんが怒鳴り込んでくる。一ヶ月間無かったそれが、久しぶりに来れば普段のうるささの三倍はあるに違いない。いや、五倍かもしれない。慣れたように枕の横で充電しているスマホの充電器を抜いた。光が灯った画面、そこに目をやれば6:01の文字、そして日付は…8月32日…


「…え、バグった?」


俺が生まれて17年。つまり、俺は夏を17回経験しているが、8月は31日までのはずだ。そもそも日数が変動する月なんて、俺の知識では4年に一度の2月だけ。なんなら、どの月でも31日を超える月は無い。…これはあれだな。この茹だるような暑さにスマホがぶっ壊れたに違いない。実際俺だってパンイチで寝ているのに、全身汗みずくで身体中ベタベタだ。坊主頭すら水を被ったように濡れているのだからよほど暑かったのだろう。


「学校終わったらケータイ屋行かないとなぁ」


ケータイの更新ミスって、やっぱりスマホ本体の問題なのだろうなぁ、とか思いながらベタつく体を汗拭きシートで拭う。シトラスのいい匂いが体から漂うのを感じながら、Yシャツに袖を通す。いくら半袖のシャツだとはいえ、こんなに暑いのに服を着るなんて、人間も面倒な進化をしたものだ。いや、夏でもあの毛むくじゃらだと今度こそ死んでしまいそうだし、この進化で良かったのかも知れない。黒いスラックスを履いて、比較的薄手の白い靴下を履く。机の上に散乱したワークやノートを乱雑に鞄の中に詰め込んで部屋を出た。朝日の差し込む廊下を少し歩いて、階段へ。階段を降りていけば、母ちゃんとだいぶおませになってきた小学生の妹の会話が聞こえるのが日常だ。父ちゃんが新聞を読んで、時間ギリギリに起きてきた俺が、急いで飯を口に入れる。だが、どうしたことか、階下からは声が聞こえてこない。俺には似ずに、しっかりした妹だ。夏休み明けとはいえ、起きてこなかったことなんて今まで一度もなかったのだが。階段を降り切った先に広がっているリビングには、トーストを齧りコーヒーの湯気をゆらめかせながら新聞を読む父ちゃん…の姿は無く、仕事着でのんびりとコーヒーを飲んでいる母ちゃんの姿だった。化粧はしているので仕事には行くようだが、いつもはテーブルいっぱいに広がっている朝飯が、そこには無い。


「あら、珍しい。アンタ起きてきたの?」


「あ…あぁ。うん。…な、あ、母ちゃん、飯は?」


「え?作ってないけど?まさかアンタがこんな時間に起きて来るなんて思わなかったんだもの。いっつも休みは昼過ぎまで寝てるくせに。誰かと遊ぶ予定でもあったの?勝明くんとか?」


妙だ、話が一切噛み合わない。まるで母ちゃんは今日がまだ休みだと思っているようだ。ドッキリかなんか?そう、問いただしたかったが、母ちゃんはマジで分かっていないらしく、俺の行動に対して本気で驚いている。休み明け、母ちゃんが登校日を間違うわけがない。だが、確実に今日は9月1日なのだ。昨日、あれだけ憂鬱な気持ちで、親友と嫌だ嫌だと電話口で喚きながら宿題をやって。明日が登校日だなんて夢なんじゃないかと、何度もスマホの日付を確認したのだ。


「そういえばアンタ制服じゃないの。学校に行く用事でもあんの?」


「え?あ、うん。そんなとこ、だけど。なぁ母ちゃん。スマホ、ぶっ壊れたみたいだからさ、ケータイ屋、帰ったら連れてってよ」


「今日父ちゃん休みだからそっちに頼みな。あ、もう行く時間だわ。家出るんなら鍵閉めてってね、学校行くなら気をつけて」


カバンを持って母ちゃんは出て行った。バタンと扉の閉まる音の後に静寂。ぞわりと背筋に嫌なものが走る感覚。ゾワゾワとしたそれを掻き消すようにスクールバックを投げ捨てて玄関に走る。一刻も早く、この気持ち悪い感触をどうにかして取り去ってしまいたかった。

母ちゃんが出て行った扉を荒々しく開いて外に出る。一気にむわりと体にまとわりついてくる暑苦しい空気、遅れてバタンと大きな音がした。家にエアコンが効いているから尚更暑い。一気に額に浮かび上がる汗を腕で拭う。背中にピッタリとくっついてくるシャツが気持ち悪い。空を見上げる。どこまでも広がる真っ青な空、山の向こうでモクモクと高く、大きく聳え立っている入道雲、そして朝早くだというのに高く、白く、ギラギラジリジリと地球を焼く太陽。地球温暖化が進んでいるせいか、ここ最近は昔に比べて暑くなっている気がする。落ち着くために鼻から大きく息を吸い込む。青い植物の匂いとコンクリートに撒かれた水が蒸発していく嫌な匂い。何も変わらない、いつも通りの日常がそこにはあった。だよな、やっぱり何も変わらない。世界中の人が今日も8月31日だって勘違いしているんだって。そう心に言い聞かせる。夏休みが合法的に1日増えたんだって。そう、納得させようとした。


「お!こうちんじゃんか!!朝早くに珍しいな!!」


夏の太陽だって負けちまいそうな暑苦しい声が響く。玄関前には、赤いタンクトップに学校指定の青い短パンとかいう絶望的にファッションセンスのない格好で汗みずくになっている日焼けした少年が立っていた。犬のように毬栗頭を振って汗をその辺に撒き散らすと、「大型犬のようだ」とよく言われている人懐っこい犬みたいな笑顔で片手をあげて「よっ!」と白い歯を見せる。


「かっつぁん……」


かっつぁん、信田勝明しだ かつあきは俺の幼馴染であり、大親友であり、悪友である。遊びに行く時はいつも一緒、バカをやるのも、イタズラをするのもこの男はいつだって一緒だった。お互い両親は共働き、小さな保育園に預けられる限界年齢の0歳から一緒の、The幼馴染。それがこの男だった。俺と同じく勉強は下の中、勉強なんかよりずっと運動が好きで、小学生の時に一緒に始めた野球じゃ、バッテリーを組んで久しい。野球に全力な熱血漢で、嘘をつくのが極端に苦手。それを自覚してか何事にも正直すぎる清々しい男。俺は、そんなかっつぁんに絶対の信頼を寄せていて、こいつの言っていることであればなんでも信じることが出来た。だからだろうか、願いを込めて、縋るように、かっつぁんの日に焼けた肩を掴んだ。


「かっつぁん…なぁ、今日は、何月、何日だ?」


「は?お前早起きしすぎて馬鹿に磨きかかってんでねーの?…なんか顔も白いし、熱中症か?」


「いいから、なぁ」


「お、おう…。今日は…」


頼む否定してくれ!今日は9月1日だって!珍しくこんな時間まで走っているのもウチの学校が結局のところ9月1日まで休みだったんだって。俺の勘違いだったんだって!いつもの素直さで、この夏の暑さでも消せやしない、言いようのない寒気を消しとばしてくれ!!


「8月32日だろーが、スマホ見りゃわかんだろ」


「は……………」


母ちゃんと同じだ。母ちゃんと同じような「何を変なことを」と言いたげな表情でかっつぁんは俺の願いをあっけなく切り捨てる。重力に従ってかっつぁんの肩を滑り落ちていく俺の腕。だらりと地面に向かっていった腕が酷く重く感じられた。かっつぁんの表情は一つとして変なところがない。嘘をついた時に目を逸らす癖も、毬栗頭を掻いて誤魔化そうとする癖も、嘘の次に紡がれる言葉がやけに早口になる癖も、何一つとして出ていない。


「なぁ、本当にどうしたよ、こうちん。まじで体調悪いんじゃねぇの?」


眉を顰めたかっつぁんが俺の肩を叩く。かっつぁんの茶色の目の奥には酷く憔悴している俺の表情が見えた。これはどうなっているのだろうか。おかしいのは世界か?俺はまだ夢の中か?それとも知らない、よく似た世界に来てしまったか?それとも…。


「いや…なんでもないよ、かっつぁん。ただちょっと、外の暑さに、嫌気、さしちまってさ…」






俺がおかしくなってしまっているのだろうか?

初めまして桐鹿と申します。初めての作品となっています『ラスト・サマー・バケヰシヨン』

これから主人公がどんな風に終わらない夏休みを過ごすのか。なんの意味があったのか、楽しんでいただければ幸いです。

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