第8話 魔蟻
集会所の中はパニックになった。
皆はどよめき叫び、巨大な蟲達が頭を出した扉から少しでも離れようと集会所の奥へ逃げた。
「うぐッ!アイ!」
「お!お姉ちゃん!」
先に集会所の奥にいた私とアイは、逃げてきた人たちによってぎゅうぎゅうと壁に押し付けられてしまう。私はアイが潰されないように、彼女を強く抱き締めつつ、彼女の周りに空間ができるようにした。
そんなパニックの中、集会所の扉が倒れた。それによって扉に張り付いていた巨大な蟲達が集会所の中に侵入してきた。
「え?ギャァァァ!!」
「や!やめてッ!あぎゃッ!?」
「キャァァァ!い"だい"ッ!い"だい"よぉッ!」
蟲達は扉の近くにいた人へと襲い掛かった。
さらに、その奥にいた人たちにも次々と襲い掛かる。
すさまじい悲鳴がそこかしこから溢れてくる。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!!」
アイも完全にパニックになってしまった。
「キャァァァ……うぎゃッ!」
「やだやだやだっ!こっちこないで!こないでよ!!イヤァァァ!!」
「ママ!ママ!ママッ!!」
徐々に悲鳴がこちらに近づいてくる。すると集会所の奥につめていた人の混みがゆるくなってきた。
どうやら、皆集会所の奥ではなく、色んな方向に逃げ出し始めたようだ。
「アイッ!(ズイッ)」
私はアイを壁に押し当て、自分の背と壁で挟むようにして、来たる脅威に備える。
そして……
「アギャッッ!!」
目の前にいた婦人の頭に何かが張り付いた。
彼女は一瞬悲鳴をあげたが、すぐに聞こえなくなった。彼女の頭から大量の血と脳漿が噴き出していた。
そして、彼女の頭に覆いかぶさる、巨大なアリがいた。
「……魔蟻」
魔蟻。全長1メートルの巨大なアリの魔物。森の浅層にいる魔物だ。浅層とはいえ魔物、戦闘手段の無い人間であれば一方的に殺される。それは目の前の惨状が物語っている。
キシシッ!
魔蟻は私に飛び掛かってきた。
「っ!?ふんっ!!」
私はとっさに魔蟻の腹を蹴り上げた。すると、魔蟻はその場で体を半回転させられ、地面に仰向けに墜落した。
「(身体中の魔力を右腕に集めて、集めた魔力を燃やすように巡らせ、一気に爆発させる!)うりゃっ!!」
私は仰向けになった魔蟻の上で拳を構えると、身体強化を使って魔蟻の頭を上から叩き潰した。
なんとか迎撃に成功したのも束の間、すぐに別の魔蟻が一匹私に飛び掛かってくる。
「っ!!……うりゃぁッ!!」
飛び掛かってきた魔蟻を寸前でかわし、がら空きになった腹部を拳で突き破った。
しかし、一息つく間もなく今度は三匹の魔蟻が同時に向かってきた。
「あんたはどっかいってないさいっ!!(……ガシッ!)」
私は一番先に近づいてきた一匹を遠くへ蹴とばして距離を取ってから、少し遅れてやってきた残り二匹の内、片方の頭を掴んだ。
「そぉぉれっ!!おりゃっ!!」
私は掴んだ魔蟻の体を振り回して、もう一匹へと叩きつけた。私は、重なり合って一瞬動けなくなった二匹をまとめて拳で叩き潰した。
すると、先ほど蹴とばした魔蟻が別の四匹を引き連れて、私の方へ向かってきた。
「何余計に連れてきてんの、よッ!!(ガシッ!)」
私は引き連れてきた魔蟻の首根っこをつかんだ。
「(ギュッ!)そぉぉ……れッ!!」
両手でしっかりとその首をつかみ、その体を振りかぶる。そして、やってきた他の四匹へ向けてフルスイングした。
魔蟻バッティングで三匹に命中して吹き飛び、バットに使った魔蟻は首がちぎれそうになっていた。
「あがっ!?」
すると、私は横に3メートルほど吹き飛ばされた。
うまくスイングを当てられなかった残りの一匹にタックルをされたようだ。
「うぐッ!!」
魔蟻は床に倒した私の体に馬乗りになった。奴は私に噛みつこうとするが、私は奴の頭を掴んで耐える。
「あがっ!!ぐっ!くぅっ」
噛みつけない代わりになのか、奴は私の体中に尖った脚の先を突き刺し、奴の頭を抑えている私の手には顎を突き刺してきた。
……ブッ!
「え……?うがぁぁぁぁぁぁ!!(熱い熱い熱い熱い!!)」
さらに奴は口から唾液を吐き出してきた。唾液のかかった手が燃えるように熱い。
「なに、すんのよ!!」
私は奴に膝蹴りを食らわせて体から離すと、奴を私の頭の上の方へ投げ飛ばした。
そして、私はすぐに立ち上がり、投げ飛ばされて仰向けになった奴の頭を叩き潰した。
「はぁはぁはぁ……」
私は浅く早く息をする。体中に刺された場所がズキズキと痛む。魔蟻の顎に貫通された手がジンジンと痛む。酸の唾液で負ったやけどがジュクジュクと熱い。傷に沁みる酸の痛みで叫び出したい。
私は思考も体の動きも一瞬止めてしまった。
「キャァァァァァ!!!」
後ろから聞こえきた悲鳴に振り向く。
「お姉ちゃんッ!お姉ちゃんッ!」
振り返ると、一匹の魔蟻がアイに馬乗りになっていた。
「(しまった!!アイから離れてしまった!)」
私は即座にアイのもとへ駆けだした。
アイのもとにすぐに辿り着き、彼女に馬乗りになった魔蟻を蹴とばす……
ブッ!
その直前、奴は唾液を吹き出した。
「このッ!!」
唾液が吐き出された直後、私を奴を蹴とばした。
蹴とばされた奴は後ろの壁にぶつかる。私は足に力を入れて奴の頭を思い切り踏みつけた。私の足と壁に頭を挟まれて潰されて、奴は即死した。
「あぎゃぁぁぁ!!があぁぁぁ!!」
「アイッ!!」
私はすぐにアイにかけよった。
「あ゛ぁぁぁぁぁ!!!あづい゛!あ゛づい゛よぉ!!!」
「アイ!アイ!アイ!」
アイは熱い熱いと叫び、その顔を手で押さえていた。
私は、まさか、と思いながら彼女の指の隙間からその顔……瞳を覗く。
「あ…………」
しかし、そこに星空の瞳は無かった。爛れた肉しか見えなかった。
「あづいあづいあづいあづい!!!」
「え……あ……あ…………」
アイの痛ましく泣き叫ぶ声と、私の声にならない声。
しかし、魔物は人間が悲しみや絶望に浸る時間を許さない。
四方八方から魔蟻の這う音が聞こえてくる。いつの間にか集会所には私とアイ以外いなくなっていった。私達以外は全員死体となっていた。いや、死体どころではなく食糧になっていた。彼らはその身を魔蟻に食い荒らされていた。集会所の中には数百匹の魔蟻が床や壁、天井、柱をうごめき食事をしていた。
そして、その中の五十匹ほどの魔蟻がこちらへ近づいてくる。
私はこちらに向かってくる魔蟻を、膝をついたまま眺める。やつらは絶望の波となって向かってくる。
……ドガァァンッ!!!
すると突然、集会所の入り口から衝撃音が響く。
既に破壊された入り口の扉。その枠となっていた壁が破壊された。壁の破片や集会所の入り口とその周りにたむろしていた数十匹の魔蟻が吹き飛ばされた。
ズシンッ!
地鳴りがする。
破壊された入り口のところには、体は熊、頭は狼の、巨大な怪物が悠々と立ちふさがっていた。
熊狼。熊の体と狼の頭を持つ、体長6メートル超の魔物だ。
蜘蛛の子を散らすように魔蟻が熊狼から離れ、壁や天井に逃げていく。すると自然と熊狼と私を繋ぐ一本の道のようなものができた。
熊狼はズシズシと一歩ずつ、私の方へ向かってくる。