第5話 一発当ててやるわ
カナデとの稽古が始まってから一週間後。
「よく来たな!ユメ!」
町はずれにある大木。一週間前と同じようにその木の下にランは立っていた。
「一週間も来ねえから、てっきり諦めたのかと思ったが、また性懲りもなく来たってわけか!」
「相変わらずお喋りね、ラン。一週間ぶりにあんたとやりに来たのは勝つためよ」
「へぇ。あたしに勝つため、なー?」
「そのにやけ顔、すぐにできないようにしてあげるわっ!」
私は、即座に駆けだし、ランへと殴りかかる。
「おりゃっ!!」
「おっとと!今日はいつにも増して威勢がいいな。そらっ!!」
「うっ!」
ランは私の攻撃を軽くいなし、反撃する。
「オラッ!オラオラオラッ!!」
「くっ!」
ランの攻撃を躱すか防御するかで対処する。
「(……ここじゃないわね。カナデに教えてもらったのは)」
私はランの猛攻に耐えながら、カナデに教えてもらったことを思い出す。
『いいかユメ。身体強化を使う前に、お前の拳を当てる方法を教えてやる』
『格上の相手、お前の場合はランだな。挑発以外でそいつには下手に攻撃をするな。当たるはずも無い。かといって距離を取ったり逃げたりもするな。すぐに追いつかれる。基本的にはその場で躱すか防御し続けろ』
「オラオラ!どうした?威勢がいいのは最初だけか!?(グッ!)」
「(来たっ!)」
ランが右腕を大きく後ろに引いた。
『だが、相手が大ぶりの一撃を出そうとしてきたら、相手の間合いを越えて懐に踏み込め』
「(ダンッ!)」
私は足を大きく前に踏み出し、ランに急接近した。
『そしたら、身体強化の出番だ』
私は、踏み出すと同時に引き絞った右腕に意識を向ける。
『身体強化の方法は、身体中の魔力を……』
「(右腕に集める)」
『次に集めた魔力を……』
「(燃やす様に巡らせる)」
私は右拳を力強く握りしめる。
『そして最後は一気に……』
「爆発させるっ!!」
「あがっっ!!」
私はランの胸に右拳を思い切り振り抜いた。
ランは私の全力の右ストレートを食らい、後ろへ吹き飛ばされる。
「で、できた……。初めてランに一撃当てられた」
「う、くぅ……」
今の攻撃によって、ランは5メートルほど後方へと吹き飛ばされていた。
彼女は拳を受けた胸の部分をおさえている。
「うぅ…………。ハハ、アーハッハッハッ!!」
しかし、ランはすぐに体勢を立て直し、胸を張って笑い始めた。
「アッハッハッハ!!いいねえ!ユメ!お前にしてはやるじゃねえか!あたしに勝つため、ってのは嘘じゃなかったわけだ!じゃあ……(スッ)"本気"でやっても良いわけだ!!」
「え……?あぎゃッ!!」
ランが私に向かって構えを取ったと思ったら、いつのまにか私は顔面をぶん殴られていた。
「さあ!お前が強くなった分、あたしも本気でやってやるぞ!!」
そして、ランの一方的な猛攻が始まった。
◆◇◆◇
「カナデー!一撃入れられたよー!」
「ユメ!そうかそうか!」
ランとの喧嘩を終え、私はカナデとの稽古場になった空き地へと戻ってきた。
「やったな!……って、どうした?そのあざ?」
カナデは私の頬を指さす。
「ああ、これは一撃入れたあとに本気になったランに殴られたせいよ。……ランのやつ、その後もボコスカやってきたのよね。そのせいで私の『自己回復』じゃ完全に治らなかったのよ」
「なるほど。でも、今まで手を抜いてた相手の本気を引き出したわけだ。そこは成長だろう。だけど一撃入れただけじゃ、まだまだだな」
「うぐぅ」
「そのケガは自己回復の訓練だと思って自分で治せ。自己回復も身体強化と同じで誰でも使える力だからな。"普通"に使える程度じゃ、やってけないぞ」
自己回復。魔力を使って自身の身体にできた負傷や疲労を治す力。カナデの言うように身体強化と同じく誰にでも使える力である。
「分かってるわ。でも自己回復の稽古はほとんどつけてくれなかったじゃない」
「自分を治す力よりも相手を打ち倒す力。ユメにはそれが先だったからな。分かってると思うが、今もほんの少し強くなっただけで、それは変わらん」
「う……まあそうね。悔しいけどその通りだわ」
「分かればよし」
「でも!身体強化がもっとできるようになったら自己回復の稽古もしっかりとつけてよね!だから、そのためにも、もっともっと身体強化の稽古をつけてよね!」
「……いや、それはできない」
カナデは急に真面目な顔になった。
「え?何言ってるの?できないってどういうこと?」
「ユメ。オレもお前に強くなって欲しい。そのためにもっと稽古をつけてやりたい。だけど、できない」
「……なんでよ」
「オレはこの町に長居できない。オレは同じ場所にはとどまらないんだ」
「どういうこと?……それは、カナデがハンターだから?」
「いや。オレがオレだからだ」
「……言ってる意味が分からないわ」
「別に分かんなくても大丈夫だ。……(オレも、よく分かんねえしな)」
「ん?何か言った?」
「いや、何も言ってねえよ。それに、ユメにやらなきゃいけねえことがあるように、オレにもやらなきゃいけねえことがある、ってことでもある」
「…………」
「ユメは英雄になるんだろ?」
「なるわ」
「だったら、人に教えてもらうことは大事だが、人に頼りっきりというのは最悪だぜ。一流や一角の人物になるだけならそれでもいいが、ユメの目指すものはユメにしか掴めないぞ。お前の夢はデカすぎて教えられる奴がいないからな。まあ、教えられる奴がいるにはいるが、そいつらは歴史の中だしな」
「そうね」
私は歴史に名を残した英雄たちに想いを馳せる。
「じゃ、早速でなんだが、オレはもう行くわ」
「え、もう出て行くの?」
「ああ」
「そう…………(バッ!)」
私はカナデに向かって腰を曲げて頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいってことよ。これはユメへの礼だったんだからな。それじゃあな」
カナデは背を向けて歩き始めた。
「(…………チラ)」
カナデの去る背を見ていると、私は不意に視界端の鐘に目が行ってしまった。
「……カナデ!」
「ん?なんだ?」
私は歩き去るカナデを思わず呼び止めてしまった。
「カナデは……天醒を持ってる?」
「あ?呼び止めたかと思えば、まったく……。天醒には頼るなって言っただろ。忘れたのか?」
「もちろん覚えてるわよ。でも、その……」
問いかけてしまった理由を上手く言葉にできない。
「……オレが天醒を持ってるかどうか、だったか?」
「え、ええ」
「はあ……。どうなんだろうな……わかんね」
「"わからない"?」
カナデは答えてはくれたが、その答えは答えになっていなかった。
「もういいか?」
「……ええ。呼び止めてしまって悪かったわ。ごめんなさい」
「そうか。じゃあ今度こそ、じゃあな」
「……カナデ!またね!」
「ああ。"またな"」
そうしてカナデの背は私から遠ざかっていく。
「…………」
私はカナデの背を名残惜しそうに見ていた。
だがその実、別のところに目が行っていた。
「(……この鐘、一週間前よりも明らかに"傾いてる")」