第3話 カナデ
「オレはカナデ!お前にパン粥の恩を返しに来た!」
「ん?うーん…………。あっ!あなた!昨日の!?」
私は目の前の彼女が、昨日運悪く食事にありつけず空腹に悶えていた女性であることに気付く。昨日の幽霊のような雰囲気とは違い、堂々とした出で立ちで、気付かなかった。
「というわけで早速、ほらっ」
「え?おっ!ととっ!」
彼女……カナデは私に向かって何かを投げた。
私は慌てつつもなんとかキャッチする。手の中のそれを見ると、革袋だった。
「これは?」
「パン粥の代金が入ってる。受け取ってくれ」
私は革袋の口を少し開けて中身を覗く。中にはちょっと高いお店で十回はお腹いっぱいになれるくらいのお金が入っていた。お椀一杯のパン粥の代金ではない。
「これが?昨日のパン粥の代金?」
「そうだ」
「いやいやいや、多すぎる!」
「そうか?誤差だろ誤差」
「誤差を越えてるわよ!あなたパン粥の値段分からないの!?こんなの受け取れないわよ!」
私はカナデに革袋を返そうとするが、彼女は手のひらをこちらに向けて返却を拒否する。
「パン粥の値段ならちゃーんと分かってるぜ。でも、受け取れないってのはいただけないなぁ」
「だって、こんな大金……」
「まあ、あのパン粥をお前が作ったんなら受け取らなくても良いと思うが、お前の家族とかが作ってるんなら受け取っておいた方が良いんじゃないか?」
「!!」
カナデの言葉に、私は昨日のパン粥を母さんが作ったことを思い出す。
「(母さんがあのパン粥を作ったのだから、これを受け取るのも母さんよね。少なくとも私が勝手に拒否しちゃだめよね)ごめんなさい。ありがたく受け取らせてもらうわ」
「そうするといい」
私はカナデからのお礼を受け取ることにした。
「ありがとね。まさかパン粥がこんな大金になって返ってくるとは思わなかったわ。母さんも喜ぶわ」
「いやいや、礼はそれだけじゃないぞ?」
「え?」
「今渡したのはパン粥を作ってくれたやつへの礼だ。お前の母さんが作ったんなら、お前の母さん宛の礼だ。つまり、まだお前への礼を返してない」
「私への礼?特に何もしてないわよ?」
「そんなわけあるか。お前はオレを見つけて、話しかけて、親切にも色々と案内して、最期にはメシを持ってきてくれた。お前がいなかったら、オレは……死んでたな」
「死!?お腹が空いてただけで!?」
「いや、あの時はただの空腹じゃなかった。七日間何も食べてない餓死寸前だったんだ」
「な!?七日!?餓死寸前というか、もう死んでんじゃないの!?」
どうやら昨日のカナデはとんでもない状況にいたようだ。
「いや~、昨日は食べずに動ける限界の日だったからな。何も食わずに今日になっちまったらそのまま動けなくなっちまうからってんで、なんとかハイノラ町まで辿り着いたってのに、どこもかしこも休みと来たもんだ。久しぶりに参っちまいそうだったぜ!ハハハッ!」
「(七日も何も食べずに動けるって、どういうことよ。でも、それが本当だとしたら……)」
私は大笑いするカナデ、とその身体や服装を観察する。
「ハハハハッ!……って、まあオレのことはこれくらいにしとこう。そういうわけで、お前にも礼をさせてほしい。どうだ?」
「……一つ。聞いてもいい?」
「おう、いいぞ!」
「カナデは、"ハンター"なの?」
「そうだぜ」
ハンター。世界をまたにかけ、凶悪な害獣や魔物を討伐し、国や世界を救うことさえある者たち。かつての英雄の多くはハンターでもあったという。
カナデもどうやらハンターのようだ。
そして、彼女の服装や身体、これまでの立ち振る舞いを見るに……
「それも、かなり上級のハンターなんじゃないの?」
「……さあ、どうだろうな?」
カナデはからかうように答えをはぐらかした。
「……そう」
私はカナデの正体を深くは追及しなかった。
「それで、礼をさせてほしんだが、どうだ?なにか欲しい物とかあるか?オレとしては、なるべくなんでも応えてやりたいから、かなり高いモンでもいいぞ」
「……じゃあ、ひとつ」
「おう!なんだ?」
「私に稽古をつけてほしいっ!」
「…………稽古か」
カナデは私の願いを聞くと、腕組みをして私のことを見つめた。
「物ではないんだけど……どうかしら?」
「……どうして稽古をつけてほしんだ?」
「それは、カナデがハンターだから戦い方とか鍛え方とか……」
「(スッ)」
カナデは私の顔の前に手を突き出して、私の言葉を遮る。
「一言だ。一言でいい。もう一度聞く。お前はなんでオレに稽古をつけてほしい?」
「わ、わたしは……」
数瞬、思考を巡らせる。
しかし、すぐに考えることをやめる。
私は拳を握り直して、ゴクンと唾を飲み、胸を張った。
そして……
「私は英雄になるからだ」
重く深く告げた。
「ふっ……そうか」
カナデは一瞬小さく微笑むと……
「お前、名前は?」
「ユメ」
「……よし!いいだろう!ユメ!つけてやるぞ稽古を!」
大きく笑って承諾した。