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余吟抄  作者: 森川めだか
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エイユウ

エイユウ

    


上 あめつち


 天地がまだ大天地だった頃。

光る。

あめとつちに分かれた。

蝉の一生も七日。天地創造も七日。

鳴かない蝉が一人いた。

かわいそうは好きの始まりだから。

涙がほれ薬になることを、ナユタはよく知っていた。

だから泣かない。

蝉人。

天上天下唯我独尊と言った人は東に飛んで行った。

それなら僕は西に行こう。

京。

夜店の並ぶ道なりを歩いていた。

カーン、・・と高い音がした。

神社の境内に上る。

それはそれは美しい少年がいた。

「誰だ」

「私はナユタ。蝉の末裔だ」

「狐狸の類か」

土使(つちつか)い」

手にはわら人形を持っている。

「ほかすなんて無理なんだ」

少年の袂では店屋物の凍み豆腐を仔猫ががっついている。

鈴の音のような声。

「そっとしておいてくれるなら、取り立ててやらんでもない」

ナユタは肯いた。

「君は?」

(もり)(らん)(まる)

城中の暮らしは安泰だった。

何でも下働きがしてくれる。

「こんな椅子欲しかったんだ」

「いい気なもんじゃない、ニイニイ」

念話が聞こえた。

庭先に栗毛のかわいらしい娘が座っていた。

「ナイスな椅子だね」

「駄洒落が出て来たら終わりね」

ナユタはしばらく無視していた。

「鳴くのが仕事じゃない」

「テレコか」ナユタは起き上がった。

「お前はどうなんだ」

「私? 鳴いてるよ。ほら、ニイニイ、ニイニイって」

「あー、うるさい奴!」

「ナマケモノ!」

「何を、庭で遊んでおる」

「あれ?」

蘭丸にはテレコが見えないらしい。

「町に出るぞ」

ナユタは蘭丸の従者として町に下りた。

「蘭丸様」

「キャー、蘭丸様」

誰もがこの瞠目の美少年の行方を見守っていた。

「どこへ行くの?」

「黙って歩け」

蘭丸は茶屋に腰かけた。

「蘭丸様、いつもので。お供の方は?」

「小湯でいい」

角から、一人で壁を相手に蹴鞠をしている女の子がいた。

「誰? あの子」

独楽子(こまこ)。かぎやの娘だ。私の、許嫁だ」

「君、だって男娼でしょ?」

稚気のないナユタの言葉に蘭丸は苦笑いをした。

「召し抱えられる前のな」

「かぎや? 向かいはたまや」

「そんなことも知らんのか」

「坊ちゃん、たまやとかぎやというのはね、花火」

「花火」

「旦那と旦那の話し合いでな、かぎやもたまやになる」

「あの看板も今年限りでしょうな」

「かぎや、最後の夏」フッと蘭丸の顔が哀愁を増した。

「不憫でな」

「あの娘はどうなるの?」

「奉公に出されるらしいがな」

蘭丸は独楽子を目に焼き付けるようにして見ていた。

「困った子だね」

「幸せになってもらいたくて」

「それだけ?」

「たわけ」


「ご機嫌ななめね、ニイニイ」

「ここの城主は人たらしだから」

「ちゃんと鳴くかどうか、見張りよ」

「強情だなあ」

「強つくばり!」

「・・」

「ねえニイニイ、オーク使えば?」

「土鬼を? それほどのものかな」

「違うのよ、ニイニイをもう一人作ってここを出るの」

「土鬼を・・、そうか、その手があったか」

「早く、こんなとこいないで夏に帰ろうよお」


「何するの?」

夜露に湿った土でナユタは泥人形を作っていた。

「土鬼で独楽子を作るんだ」

「誰、その子」

「いや、待てよ」

「どうしたの?」

「花火ってなんだろう」


それから何度か蘭丸は独楽子を見に出かけた。

ナユタも町で何となく見かけた。

雑踏の中で独楽子はいつも一人だった。

お手玉の縫い目が破けて、小豆が転がった。

蘭丸はいつも独楽子を遠目に見ているだけだった。

「蘭丸、花火はいつ?」

「一緒に来るか?」

「うん」

「はしだてで待ってる」

「曲い物だけどね」

「え?」蘭丸は振り向いた。

聞かずとも花火の話でもちきりであった。


「地の神様」大地に両手を当てた。

ナユタは土を集めて泥人形を作った。

「ナマトマトポテト」

呪文を唱えた。

命を吹き込む。

独楽子の姿になった。


はしだて。

貴族しか許されない場所。

ナユタとテレコで手を引いて独楽子を連れて来た。

「君を待ってる」

ナユタは背を押した。

蘭丸は一人背の高い木に寄りかかっていた。

独楽子がその隣に寄る。

「独、・・どうして」

蘭丸は独楽子の冷たい髪を触った。

蘭丸は身を隠すように自分の着物で独楽子を覆った。

肩を抱いた手をすぐに下ろした。

蘭丸は頬を染める。

花火がもうすぐ始まる。

団扇を手に皆、空を見上げる。

月が出ていた。

パーン、と大玉が上がった。

蘭丸は歯を噛みしめて何も言わない。

独楽子はぴったりと寄り添っている。

六尺が上がった。

全てが赤くなる。

「かぎやー」蘭丸がかけ声をかけた。

独楽子が蘭丸と腕を組んだ。

「大胆な・・」

思わず、蘭丸は独楽子を見た。

目を合わした瞬間、独楽子は泥人形に戻った。

慌てて抱き寄せる蘭丸。

何が起こったのか、声が出ない。

「こまこ」

蘭丸は身も世もなく泣いた。

手にはかんざしを持っていた。


見守っていたナユタとテレコは下を向いた。

「悪い事しちゃったかな」


蝉が鳴いている。

「時季外れな・・」

蘭丸は風鈴を取り外した。

ナユタは足をブラブラさせている。

「何故?」

「生きることに意味があるの?」蘭丸はプイと横を向いてしまった。

「僕と間違えてる」不満げにナユタは呟いた。

渡り蝉は夏から夏へ。

涙が口から零れてしまう。

上を向いて歩こう。


テレコの目から逃れるようにして、回れ右をした。

「イガグリ頭!」


奇人村。

非売品ばかりが並ぶ商店街。

バオバブの木の下で休んでいる女がいた。

「私が行き遅れたからこんな子を生んじまったよ」

女が抱く赤ん坊は老人だった。

「老子じゃ、老子を産んだぞ!」

心ない若者達が囃し立てる。

「ろうし・・」

歯が生え揃っている。頭髪は禿頭。

目は雪のように白かった。

「僕にも抱かせてくれませんか?」

ナユタがあやすと、老子は手を伸ばした。

「いないいないばあ」

「相思相愛じゃ」

そう言うと、老子はナユタの耳たぶを噛んだ。

「んなあほな、ほな」

テレコがナユタの耳を引っ張った。


西暦。

ドンレミ。

洞窟で火をたいている女と会った。

「バフンウニってひどい名前よね」

すきっ歯なその女は歯を舐めながらしきりに煙草を吸っていた。

「私、過去のことは振り返らない主義なの。だから変な事があってもすぐ忘れちゃうの」

アンサンブルの脚を崩すと、吸っていた煙草をナユタに渡した。

「煙草はフルーツだ」

ナユタがそれを口に挟むと、吸い口は少し濡れていた。

「私、圧勝したのよ。百年戦争で。煙草、美味しい?」

「美味しいかな?」

「上手いよ」女はまたそれを渡すように手招きした。

「煙草が美味しいのは束の間、夕焼け」

女はこめかみを指で揉んだ。

「それなのにジャンクとか言われちゃってさ」

「メーデーメーデー、ニイニイ」

「Gメンに捕まってさ」

女は腰を反らした。

「テレコ?」

「何一人でブツブツ言ってんのよ。それでさ・・」

また新しい煙草に火をつけた。

「万引き補導。私ゃ何にもしちゃいないのに」

天草四郎(あまくさしろう)時貞(ときさだ)って変な奴が一揆起こしちゃったのよ! ニイニイ、どこにいるの?」

「北風と太陽って嫌な話だよね。意地悪され続けて、結局服を脱がされちまうんだ。ボッティチェリのヴィーナスの誕生だよね」

「あの、ここはどこですか?」

「まあ、聞きなよ。桜の樹の下には屍体が埋まっている」女は洞窟の外を見やる。

「檸檬ね」

なかなか返事をしてくれない。

「誰があんなアングラで万引きなんかするもんか。もうネ申待ちだよね」

女は激しく咳き込んだ。

「ところが私のクラッチから睡眠薬が五万と出てきたのさ」

女は手を広げる。

「ドボン!」

猿のように手を叩いて笑った。

「私のお母様によく言われたよ。言葉にすると夢が嘘になる。他人様には・・、って文句たらたらでね。だから、私の夢は秘密」

女は口にチャックをした。

ナユタは案外、女は自分と年が近いんじゃないかと思った。

女は下を向くと、またすぐに話し始めた。

「私、知ってんだ。ヴィーナスにほくろがあること。大人にならないのが無現在のマリアなら、愛と降水、海に命はなくても・・」

ナユタは煙草を渡してやった。

「ダンケシェーン」

「名前は?」

「あいつにもよく聞かれたよ。あんたは?」

「ナユタ」

「ナイタ? 変な名前ね」

見上げる。

「昔ここに時計があったから」

女は立ち上がって奥から何か持って来た。

「まだ捨ててなかったんだね」

「え?」

女は箒にまたがった。

「万引きしたのが夢だったってわけ。おあとがよろしいようで」

下げ。

「マイケル」呟いた。

「フォロウミー」

魔女はマンションの十二階から飛び降りた。

たきびだたきびだおちばたき

あたろうかあたろうよ

きたかぜぴいぷうふいている

「最悪」

ジャンヌ・ダルクはナユタと共に大穴へ落ちて行った。


海を見ていた午後。

テレコは喫茶店で暇を潰していた。

クシャクシャにしたストローの袋がグラスの汗で伸びていった。

「まじめポテト」

喫茶店の外は騒がしかった。

男たちが斬り合っている。

「パライソは燃えているか」

その先陣を切っているのが天草四郎だった。

女子供は逃げ惑うばかり。

幾重にも芥子の花が重なる城跡で。

二沢(にさわ)がやられた」

「ソワカソワカ」

「オラショなど唄うな」

「まろびバテレンじゃー」

「転覆じゃ」

喫茶店に天草が駆け込んできた。

「テレコ殿」

天草はイコンに口づけをした。

「もののふの最期、介錯を」

天草はあっけなく自刃した。

テレコはばっさりと首をはねた。

黄昏で栗毛がまぶしすぎて。

野夏至。

今はもうだれも。

テレコは蛇の穴に呑み込まれた。


中 かくりよ


ナユタはバスに乗っていた。

目を覚ますと、奥の席でテレコが窓に頭をぶつけて寝ていた。

「テレコ、テレコ」

「間もなくー、シャンゼリゼーシャンゼリゼー」

「ここは地獄みたいだぞ」

「地獄?」

「ほら」

凱旋門のてっぺんには考える人が座っている。

バスはそこで降りた。

「なぜ神の声を聞いた人が地獄に落ちるんですか?」

考える人は考えたままだった。

とても寒い。

「あの人なら詳しそうよ」

コロッセオみたいなものを前にスケッチをしている男に声をかけた。

「地獄は、ハハハ、初めてですか?」

吃音がひどい。音程の外れた蓄音機みたいだ。

「あたぼうよ」

そこら中に妊婦のように腹だけ膨れている子供が臥せって動かない。

そばに椎茸が生えている。

「ごはん」

「地獄で物を食べたら地獄の住人になっちゃうよ」

「飲まず食わずか」

「あのいけ好かない人は?」

「ラララ、ラファエル様でございます。地獄の、モモ、門番でございます」

テレコは男のスケッチブックを覗いた。

「全然違うじゃない」

「あの、あれは?」

コロッセオの真上に牛の被り物をした男が玉座でふんぞり返っている。

「ご案内ししししましょう」

コロッセオに近づくにつれて男は急に饒舌になった。

「申し遅れましたが、私、ミルトン博士です」

「ハクシ?」

「あそこにおりますは、タンの王。あなおそろしや」

「タン? 舌? 塩こしょうが似合いそうね」

「地獄はラビリンスでございます」

何か聞こえてくるような。

出入口には頭をちぎられたジャンヌ、その横には、「天草よ」、天草四郎が凭れ合うようにして横たわっていた。

「えげつな」

「アーサー! アーサー!」

今度はちゃんと聞こえた。

狂った女の泣き叫ぶ声。

「王子と一緒に閉じ込められた王妃です。女隠しでございます」

「地獄を出るには?」

「創牛するしかないですね」

「創牛?」

「子牛の牡牛、子牛の牡牛」気の狂った子供が笑いもしないで駆け回っている。

「子牛の牡牛でございます」

「子牛でもないし牡牛でもないし」

「では駄目です。一生、土の中です」

「カーさん、カーさん」鴉が鳴いている。

ナユタとテレコはジャンヌと天草の横に腰かけて一日千秋の思いで待ち続けた。

何かを。

雪が降る。

ミルトンは子供たちを追い払ってスケッチを描き続けている。

青い糸がタラリと空から垂れ下がった。

ナユタはそれを引っ張ってみた。

「昇れそうだ」

「待って、オークを作れば見つからない」

「言いだしっぺ」

「分かったわよ」

テレコは大地に両手を下ろした。

「地の神様」

土を集めて泥人形を作った。

「河童と天狗」

呪文を唱える。

命を吹き込む。

「ナマトマトポテト!」

テレコの作ったナユタは一目散にラビリンスの中へ走って行った。

「これで誰も怪しまないね、ニイニイ、あれっ」

ナユタはもう青い糸を上り始めていた。

「テレコも上がって来いよ」

「ここでは飛べないのよ、ニイニイ!」

「掴まればいいだろ」

「私、女の子よ」

「お先に」

「団子っ鼻!」

登って行くと頭上からラファエルの背中が見えた。

翼が溶けていた。

下ではまだテレコが騒いでいる。

「油蝉!」


下 さがし物


 登り終えた。

ネバーランド。

傘がおシャカになった。

プロメテウスが待っていた。

「君を待ってる」

森の外だった。


ただの一人のおじいさんがベンチの片側に座っていた。

「おじいさんは大人になった僕?」

ナユタはおじいさんの片側に座った。

「もう800年生きたよ」

眼前には真っ赤な花が咲いている。

「プロメアの花だ。プロメテウスも花火が好きだったのかな」

火のような花。

「瑞々しい感性で語って聴かせてくれないか。何を信じ、何を求め、何を思い生きてきたのか」

何だか気恥ずかしくてまちまちに喋った。

「花火大会はどうだった?」

「綺麗だった」

「悲しみの大雨が降っても、手の平一杯の幸せが残る。そういうものじゃないかね?」

おじいさんは手を握って開いた。

瞬きが多くなった。

鼻がつまる。

「手に入らなくてもいい」

「泣かないで」

「SORRY」

肩を抱いて耳元で囁く。

「わざと傷付けたね」

「人生は、苦痛です」

万感。

「もっと強くなりたい」

声が泣いている。

声が鳴いている。

言葉はいらない。

「悲しまなくていい」

ナユタは人目を憚らず泣いた。

こんな美しい顔は初めてだ。

「あーやっと鳴いてくれた」

ナユタは泣いていた。

おじいさんは笑っていた。

涙のストリキニーネが全身に回ってナユタはのたうち回って喀血した。

「一生のお願い」

ナユタはおじいさんを振り返った。

鳴かぬなら。

「佑けて」

おじいさんは泥人形になっていた。

「クスリ・・」

心臓が痛い。

呼吸困難になってつひる。

「ジジ・・」ひっそりと亡骸を、プロメテウスが抱く。

小さな木漏り唄を唄って。

そこには丸太と切り株だけが残された。

テレコが泣いていた。

「おおきに」テレコも血を吐いて倒れた。

空に消えてゆく夏。

空が続く。

ナユタとテレコは生還した。


現代。

new eraの帽子。

ガムを噛んで。

ひねもす、「サイドはポテトはいかが?」

「ザラメ、何しに行くんだ?」

「蝉捕りに行くんだ」

「早く帰って来いよ」

「カレー作った」


「まだ温かい」

タイ米。

「人ん家の晩飯、勝手に覗くなよ」

「にいにい、私も連れてってよ」

「後ろ、乗れるか?」


「ヒューヒュー」冷やかされる。

「ナツいね」

「いいなずけだー、いいなずけだー」

「どういうご関係?」

「友達」

「えがおえがお」ニッキが頬をつっつく。


古里山村。

「ノドアカが鳴いてるぞ」

(よし)のまにまに浮かぶ(しぎ)

きつね色に日焼けした夏だった少年。

「ほれ、肉まん」

「いただきます」

緋色の夏。


蝉しぐれ。

SAYONARAを。

なんか、エビチリ食べたい。

家族の匂いがした。

「ミーンミンミンミンミン」


あなたも山彦を唱えてみて下さい。

きっとナユタが答えてくれます。


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